インタビュー

大企業が変わらねば日本は変わらない。52歳のとき90歳の父を連れて大阪から東京へ。“多様性によるイノベーション推進”の志が転職の決め手に。(津田恵さん/ライフシフト年齢52歳)

さまざまな壁にぶつかりながらも、大阪ガスで女性初の部長になるなど30年間キャリアを積み重ねてきた津田さん。仕事をしながらグロービス経営大学院で学び、自分が社会に貢献できることは何かと考え、“多様性によるイノベーション推進”という志を持つようになりました。その志に合致した仕事ができる場所として日立製作所を選び、52歳で転... 続きを読む

おばあちゃんになるまで働くために、会社員を卒業してフルーツパフェ店を開業。必要なスキルはアルバイトで身に着けた(鈴木瑞穂さん/ライフシフト年齢48歳)

東京・平和島のフルーツパフェ店「Safi」のオーナーである鈴木瑞穂さん。空き家となった元質屋だった古い実家を改装して2022年にオープンし、行列ができる人気店になりました。「Safi」ではアートも楽しむことができ、カフェの2階を使って展覧会も開催しています。もともと美術館や科学館での仕事に長らく携わってきましたが、この... 続きを読む

人生100年時代をどう生きるのか?自分探しの旅の先にあったのは、「社内起業」という意外な選択肢だった(寺尾雄二郎さん/ライフシフト年齢50歳)

精密小型モータを開発する長野の会社・シナノケンシで人事の仕事に携わってきた寺尾雄二郎さん。父親の育児支援や、仮装マラソン大会への参加など仕事以外の場でも精力的に活動し、地域の人たちとのつながりを深めてきました。48歳のときに「人生100年時代」の生き方を考えるワークショップに参加して「笑顔いっぱいで暮らせる社会をつくる... 続きを読む

49歳で役職から外れても腐らず学び続け、58歳で希望の国際業務部門へ。シニアがチャレンジする姿を同世代や若手に見せたい(長井伸之さん/ライフシフト年齢58歳)

製薬会社エーザイでMRとして活躍してきた長井伸之さんが、部長職を外れたのは49歳のときでした。会社員人生初の挫折でしたが、会社に残るという選択をした長井さんに、58歳で再び転機が訪れます。応募者が20代~30代の若手中心だった社内研修「グローバルチャレンジプログラム」に応募し、最年長で合格。9か月間の研修を経て、興味を... 続きを読む

できることより、ワクワクすることを。メーカーを定年退職して挑戦したのは旅行業、原点は学生時代のバックパックの旅だった。(田辺一宏さん/ライフシフト年齢60歳)

「暮らすように旅する」じぶん旅プランナーとして、オーダーメイドな旅を企画している田辺一宏さん。60歳で機械メーカーを定年退職し、起業しました。コロナ禍で旅行業は大打撃を受けましたが、新たに福祉事業をスタート。旅行業も福祉事業もまったくの未経験から始めましたが、黒字経営を続けています。田辺さんがなぜ未経験の分野で起業し、... 続きを読む

子どもと向き合うために、ひとりでできる仕事を、生活コストの安い地方で。選んだのは靴職人、そして尾道だった(藤山なおみさん/ライフシフト年齢48歳)

「子どもと向き合う時間がほしい」という思いから、大阪で12年間友人と共同経営していた人気の東欧雑貨店を退いて靴職人を志した藤山なおみさん。2013年春、48歳の時に家族とともに尾道に引っ越し、翌年には自宅に靴工房兼ショップ「イチリヅカシューズ」をオープンしました。尾道、そして、靴との出合いが藤山さんに運んで来たのは、ど... 続きを読む

電機メーカー役員を退任後、出家して僧侶に。84歳で仏教を学び直すため大学入学。生活に直結した仏教の普及を目指す(柴田文啓さん/ライフシフト年齢65歳)

長野の開眼寺で住職を務める柴田文啓さんは、役職定年後の65歳のときに仏門に入られました。さらに84歳のときに夫婦で大学の仏教科に入学され、88歳で卒業。現在も日々、仏教の勉強を続け、仏教が人々の身近にあるよう普及に努めておられます。アメリカで社長まで務めた柴田さんがなぜ仏門に入ろうと思ったのか、僧侶としてどういった生活... 続きを読む

モノはいらない、人さえいればいい。60代シングルの日々を「シェア家族」とともに暮らす選択(松野美穂さん/ライフシフト年齢55歳)

30代後半にご両親を立て続けに亡くして以来、家族の思い出が詰まった神奈川県横浜市の大きな一軒家をひとりで守り続けてきた松野美穂さん。「家を守ることだけが生きがいだった」という松野さんがその家を手放して55歳で移り住んだのは、ロフト含め8畳のシェアハウスの一室でした。 松野美穂さん(NO.111/シェアハウ... 続きを読む

自分の人生を生きたくて、ビジネスモデルを持たないまま44歳でIBMを退職。46歳で「一生を賭けるに足るビジネス」を見つけた(宇佐神悟さん/ライフシフト年齢45歳)

日本では珍しいスピーキング特化型のオンライン英会話「LAT」を経営する宇佐神悟さんは、元IBM社員。IBMには「定年まで安泰」と思って入社しましたが、営業部長を務めていた44歳の時、ビジネスモデルも持たないまま起業を志して退職したそうです。当時高校生の娘さんの父親でもある宇佐神さんが新たな道を一歩踏み出し、夢をかなえら... 続きを読む

人生でやり残したことはこれかもしれない。60歳で未経験から公立小学校の先生に。教員不足の現状がチャンスをくれた(小川みどりさん/ライフシフト年齢60歳)

60歳で教職に就き、東京都内の公立小学校で時間講師を務める小川みどりさん。50代までのキャリアを全力で走り、「還暦を迎えた時、やりたいことが何も残っていなかった」と振り返る小川さんが「小学校の先生」を始めた理由は何だったのでしょうか。背景となる物語とともにうかがいました。 小川みどりさん(NO.109/小... 続きを読む

会社員生活のかたわら、趣味で続けていたシルバージュエリーの販売を52歳で「本業」に。四六時中自然体の自分でいられることが心地いい(児玉奈緒子さん/ライフシフト年齢52歳)

外資系企業の経理部門で働くかたわら40代でシルバージュエリーの輸入・販売を細々と始め、52歳で会社員生活を卒業、「副業」を「本業」にした児玉奈緒子さん。シルバージュエリーとの出会いは29歳で単身渡り、4年間暮らしたシンガポール時代にさかのぼります。 児玉奈緒子さん(NO.108/Atelier Paner... 続きを読む

75歳で二拠点居住、80歳で仕事の形をシフト。バリアフリー建築の先駆者が実践する、長く自立して暮らしていく戦術(吉田紗栄子さん/ライフシフト年齢75歳、80歳)

1964年の東京パラリンピックに通訳ボランティアとして参加したことをきっかけに、バリアフリー建築の道に進んだ吉田紗栄子さん。障がいや高齢をひとつの個性ととらえ、自立して豊かに暮らせる住まいを50年にわたって作り続けてきました。そんな吉田さんが神奈川県横浜市と、熊本県南阿蘇村で二拠点居住を始めたのは5年前、75歳のときで... 続きを読む

56歳で富士フイルムを退職し、「ひとり写真店」を起業。80歳まで働きたいから、50代のいま「小舟」で漕ぎ出そうと思った(吉村英紀さん/ライフシフト年齢56歳)

33年間勤務した富士フイルムを56歳で退職し、2カ月後に“ひとり写真店”「吉村寫眞商店」を設立した吉村英紀さん。インスタントカメラ「チェキ」の再生プロジェクトで活躍するなど充実した会社生活を送っていた吉村さんが定年の60歳を待たず独立したのはなぜだったのでしょうか。 吉村英紀さん(No.106/合同会社吉... 続きを読む

ほぼ寝たきりの毎日から、82歳でバッグ職人に。85歳の今、朝起きてやらなければならない仕事がある幸せ(斎藤勝さん/ライフシフト年齢82歳)

三重県四日市市で暮らす元電気工事士の斎藤勝さん。2020年に家族とともに自宅で始めた工房「G3sewing」がTwitterで注目を集め、看板商品の「がま口バッグ」の注文が全国から殺到。月100個のバッグ製作に励む日々を送っています。82歳でミシンに出合うまではほぼ寝たきりだった斎藤さんが自分の人生を取り戻せたのはなぜ... 続きを読む

「好きな人とやりたいことだけをして生きていく」は夢物語じゃない。4つの仕事の組み合わせで叶えた理想の生き方(荻原直也さん/ライフシフト年齢38歳)

デザイナーとして会社に勤務しつつ、フリーランスとしても活動する一方で、大好きなクラフトビールの専門店でアルバイトとして働き、地域イベントの企画・運営など町おこしにも尽力している荻原直也さん。その姿からは想像できませんが、20代は「会社と自宅をただ往復する暗黒の日々だった」と言います。荻原さんはいかにしてその日々を抜け出... 続きを読む