総合商社に入社後、経理部門でキャリアをスタートした中村克さん。31歳のときに、お父様が定年退職後すぐに他界し、「人間はやりがいがなくなると気が弱くなってしまう」と考えるように。生涯やりがいが得られる「個人でできる仕事」への準備として、不動産投資を行うようになりました。一方、業務で1on1をするようになってからコーチングに興味を持ち、学校に通って資格を取得。副業で始めたコーチングでクライアントから感謝されることに喜びとやりがいを見出しました。経済的な柱となる不動産投資と、ライフワークとして続けるコーチングの2本柱で独立を決意し、53歳で早期退職。退職後は高齢のお母様と旅行に行くなど、家族と過ごす時間も増えました。社外での勉強とチャレンジを続けて独立できた中村さんのライフシフトの過程をうかがいます。

PROFILE

中村克(まさる)さん(NO.142)

■1972年生まれ。父親の仕事の関係で10歳までブラジルで過ごす。一橋大学法学部卒業後、総合商社に就職。経理部門に配属となり、ロンドン、ニューヨークの駐在も経験。在職中から株式投資や不動産投資の勉強を行い、米国公認会計士資格も取得。45歳のときに不動産投資塾に参加し、投資用不動産を運用するように。一方、業務で行った1on1からコーチングの魅力を知り、ライフワークとして取り組む。53歳で退職し、不動産投資とコーチングの2本柱で独立。キャリアコンサルタントの資格を取得予定。

■家族:妻、長男

■座右の銘:足るを知る

幼少期をブラジルで過ごし、大学時代はフランスに留学

私は父の海外赴任に伴い、幼少期をブラジルで過ごしました。ブラジルはサッカーが盛んで、帰国してからもひたすらサッカーに励み、大学でもサッカーに打ち込む日々でした。しかし、レギュラーにはなれず、「このままだと大学時代に何も残らない」という焦りが出てきて、交換留学制度に手を挙げたのです。フランスで1年間過ごしましたが、そこで気づいたのは、自分が部活という閉じた世界に縛られていたことです。いろんな国の人と出会って、開放感が得られたことで、知らない場所に飛び込んでいく行動力が身につきました。フットワークが軽くなり、帰国後は幼少期を過ごしたブラジルに約1か月ボランティアにも行きました。興味を持ったセミナーやシンポジウムにはすぐに参加し、それは就職してからも変わりませんでした。

大学時代、ブラジルにボランティアへ。

総合商社に入社し、憧れだった海外駐在も経験

大学卒業後は総合商社へ入社しました。就職活動での志望動機は「海外で暮らしたい」というシンプルなものです。配属先は経理部門で、「ビジネスをするなら財務諸表を扱えた方がいい」と考え、自ら希望しました。当初は数年で営業部門へ異動するつもりでいたのですが、「海外で暮らしたい」という思いが勝ち、経理部門に残ることが前提となるロンドン研修に手を挙げてしまいます。結果的に、退職までCFO部門と呼ばれる財務・経理系の組織でキャリアを歩み続けることになりました。ロンドンの後はニューヨークにも駐在。ニューヨークの業務を行いつつ、メキシコやベネズエラ、コロンビアの現地法人の経理マネジメントを遠隔で行う業務を担当することになり、おかげでスペイン語を習得できました。

振り返ると入社する前から、組織へ依存する生き方は無意識のうちに避ける傾向があり、「いつでも転職できる準備をしておこう」という意識を持っていたと思います。このため、米国公認会計士の資格を取ったり、ロジカルシンキングの講座を受講したり、株式投資を勉強したり、業務以外の分野でも動いていました。

ニューヨーク勤務中の自宅。夏はベランダでBBQを楽しみ、冬は暖炉の前でくつろぐことができたことは良い思い出に。

父の死で”個人でできる仕事“への準備を決意

26歳のときに結婚し、子どもも生まれましたが、業務外のチャレンジは変わらず続けていました。31歳のときに父が66歳で亡くなったのですが、これが大きな転機となりました。父は定年再雇用の満了となる65歳まで真面目に働き続けましたが、退職後1年も経たないうちに癌が発覚し、人生を終えました。そこから私の中で「人間はやりがいを失うと気が弱り、病気になりがちなのでは」という思いが生まれ、自分のスキルに不安を覚えました。

商社の仕事で身につけたスキルは「大企業に雇われている前提でしか使えないもの」です。商店街に行って「デリバティブのリスク管理ができます」と言っても、誰も評価してくれません(笑)。打ち込める趣味のない自分のような人間は、「個人でできる仕事」につながるスキルを身につけなければ、退職後やりがいをなくしてしまうかもしれない。そんな思いが強くなりましたが、臆病な性格なので、すぐに会社を辞めて新たなフィールドに飛び込む勇気はありません。そのため会社員として安定した収入を得ながら、「個人でできる仕事」への準備を始めることにしたのです。

勉強会で実践知を学び不動産投資をスタート

とはいえ30代は仕事が忙しく、本格的に動き始めたのは45歳からです。ちょうど業務での自分の成長にも停滞感が出てきた頃でした。そこで最初に取り組んだのが不動産投資です。理由は、個人の不動産投資は会社からも容認されていたことと、「儲かる」と書いてある本がたくさん出ていたからです(笑)。ただ、投資する金額が大きいこともあり、なかなか実際の購入には踏み切れずに数年が過ぎてしまいました。過去にはニューヨークでアパートの買い付けを入れたこともありましたが、土壇場で怖くなってキャンセルした経験がありました。

しかし、ある不動産投資塾へ入ったことから、教科書的な知識とは違うリアルな現場の実践知を学び、仲間たちを見て「本当にできるんだ」という感覚を持てました。それから1年後に中古マンションを購入し、不動産投資をスタート。その後、別の塾で学んで、新築物件も手がけるように。不動産投資は一つ一つの土地や建物に個性があり、学べば学ぶほど新しい発見があることに面白さを感じました。

コーチングで感じた手ごたえをライフワークに

不動産投資とは別に、もう一つの軸として育てていったのがコーチングです。業務で会社の管理職全員に対して1on1を実施することが義務付けられ、スキルを身につけるためコーチングスクールへ通い始めました。コーチングの資格を取った話を周囲にすると、クライアントを紹介されるようになり、会社にも副業申請を行い、社外でコーチングを行う機会が生まれました。そこで感銘を受けたのは、高い純度の「ありがとう」という言葉をいただけた体験でした。例えば、30歳を過ぎてMBA留学を迷っていた方が、コーチングを通じて一歩を踏み出し、キャリアを劇的に変えていく姿を目の当たりにしたことがありました。会社の仕事でも感謝されることはありますが、お互いに業務の一環という意識で、「ご苦労さん」といった言葉しかもらえません(笑)。しかしコーチングでは、「キャリアに迷っている人が変わるきっかけを作ることができる」という大きな手ごたえがあったのです。

その後、コーチングをビジネスとして成立させようと試行錯誤した時期もあります。しかし、相手の人生に深く向き合うはずの時間なのに、どこかで「継続契約につながるだろうか」と考えてしまうことがありました。こうした感覚に違和感を覚えて、方針を変えました。コーチングはお金を稼ぐための手段ではなく、ライフワークとして続けよう。経済的な基盤は不動産が担い、コーチングはそこに縛られずに純粋に取り組む。そういう形が、自分には合っていると感じています。

まず本で学び、少しでも興味がわいたら「すぐ行動に移す」ことが大切。「金持ち父さん 貧乏父さん」(ロバート・キヨサキ著)に出会ったことが、不動産に興味を持つ最初の入り口に。

お金よりも時間の価値を意識するようになり、早期退職を決意

50歳になると不動産投資で最低限の経済的な目途が立ち、コーチングでのライフワークの形が見えてきました。「いつ退職してもいい」という感覚を持てるようになり、改めて「自分自身のライフ(人生)をど真ん中に置いて、これからの生き方をじっくり考えてみたい」という欲求が芽生えていました。ライフシフト・ジャパンのワークショップ「LIFE SHIFT JOURNEY」に参加したのもその頃です。

その後、退職前に人事関連の経験を積んでおきたいと考え、部門の人事関連部署へ異動して、人材育成関連業務を担当することになりました。そこで数年は在籍するつもりでしたが、『Die with Zero 人生が豊かになりすぎる究極のルール』(ビル・パーキンス著)という話題の本を読んで考えが変わりました。死ぬまでにお金を使い切ろうという内容の本ですが、「その時にしかできないことがある」という趣旨の章があり、ハッとさせられたのです。お金よりも時間のほうが価値が高いと感じるようになったのも、この時です。

会社にいれば自分がやりたいこと以外の仕事も任され、時間の拘束も大きい。その環境で数年間を使うよりも、「今しかできないこと」を自分の意志でできる状態に早くなるべきではないか。そんな思いが生まれました。もともと定年まで勤めるつもりはありませんでしたが、早期退職への意志がこの本をきっかけに一気に固まりました。また、高齢になった母親やもうすぐ社会人になる息子と過ごす時間を増やしたいという思いも、退職を後押ししてくれました。

今年、53歳で30年間勤めた会社を退職しました。退職したとき、解放感や寂しさといった大きな心の変化は驚くほどありませんでした。すでに会社以外のコミュニティを持ち、自分の足で歩き始めていたからかもしれません。退職後、母親と会う機会も増え、昨年は二人で旅行をしました。歩くのが少し辛くなってきている様子で、定年まで勤めていたら旅行は叶わなかったかもしれません。息子は医学生をしていますが、先日、オーストラリアの医療機関へのプログラムに参加した後、現地で合流して家族旅行をしました。急な話でも「よし、行こう」と即決できるのも、会社員でなくなったことのメリットだと感じています。

2024年、息子が社会人になる前に行ったことのなかったアフリカへ一緒に。人生は一度しかないので「忙しい」を言い訳にしてはいけないと再認識。

「5年ルール」を意識して新しいことに挑戦

今はコワーキングスペースをオフィスにして、コーチング、キャリア支援、ライフデザインのフィールドでの基盤づくりをしています。具体的には「ライフデザイン」の場づくりとして読書会をしたり、キャリアコンサルタントの資格取得に向けて勉強中です。山口周さんの『人生の経営戦略」を題材にした読書会は、ビジネスモデルという切り口で人生を考えるアプローチのため、会社員の方にも好評です。まだ小さな取り組みですが、試行錯誤しながら広げていきたいと思っています。AIのスキルを高めることにも力を入れています。AIを使いながら、家族旅行のウェブサイトや時間管理アプリなどを作成し、子どもの頃の「ものを作る楽しさ」の感覚が戻ってきました。

私の中には「5年ルール」という考えがあり、「どんなことでも5年やれば形になる」と実感しています。商社では頻繁に異動があり、まったく経験のない仕事を任されることが珍しくありませんでした。最初の1年は苦労しつつも、2年目には慣れ、3年もいれば中心メンバーになり、5年もいれば「主」のようになっています。不動産は始めてから約10年、コーチングは約7年が経ちました。どちらも5年を超えたあたりで、大抵のことには対応できるようになり、これからもこの「5年ルール」を意識して新しいことに挑戦していくつもりです。

試行錯誤しなければ「当たり」は引けない

同世代の友人や元同僚と話すと、セカンドキャリアについて、「やりたいことがわからない」「金銭的に不安」という声もよく聞きます。私自身も、最初から明確な答えがあったわけではありませんでした。ただ振り返ってみると、やりたいことは頭の中で考えているだけではなかなか見えてこないものだと感じています。本で読んだだけの世界と現実の世界には、やはりギャップがあります。好きかどうかは少し触れてみて初めてわかることが多いように思います。だからこそ、少しでも興味を持ったことがあれば、勉強会に参加してみる、経験者の話を聞いてみるなど、小さく体験してみることに意味があると思っています。

また、「いつかやろう」と思っていることほど、実現しないままに時間が過ぎてしまいがちです。以前はそういう経験が多かったため、今はその反省から何かに興味を持った時には、すぐに動いてみるか、少なくとも実行する日を決めてしまうようにしています。日程を決めることで、物事が前に進み始めることがよくあります。振り返ると、ご縁があるところに積極的に顔を出してきたことが、新しい出会いや経験につながっていたように思います。

お金については、「漠とした不安」のまま放置していた時期はなかなか不安が消えませんでした。想定する寿命までの収入・支出項目を網羅してリストアップし、具体的な数字を入れてシミュレーションしてみたことで、だいぶ不安が和らぎました。数字にすることで「これなら生活できるかもしれない」という感覚を持てたことは、自分にとって大きな意味がありました。そうした計算が得意でない方は、ファイナンシャルプランナーなどの専門家に相談するのも一つの方法だと思います。

また、不動産収入や株式配当のように、会社の給与以外の収入源が少しでもあると、新しい一歩を踏み出す際の心の支えになると感じています。そして、やりたいことが見つかった場合も、いきなり会社を辞めるのではなく、会社員をしながらまずは副業として小さく始めてみるのが良いのではないかと考えています。副業の形で実際の経験を積むことで、自分が本当に好きかどうか、自分に適性があるかどうかが見えてくるので、予想と違った場合は撤退して次に進むということができます。私は臆病な性格なので、そのような形で一歩ずつ進んできました。

実際、私自身は30代から20年近くかけて試行錯誤を重ねてきました。うまくいかなかったこともたくさんありますが、試行錯誤しなければ「当たり」に出会うことはできなかったと感じています。また、うまくいかなかった時も、「新しい経験ができた」と思うようにしています。「打率よりも打席数が大事」という言葉がありますが、そうした姿勢を大事にしたいと思っています。今こうして好きなことを仕事にしながら、家族との時間も大切にできているのは、あの頃に怖がりながらも、少しずつ一歩踏み出してきたからかもしれません。これからも、自分の人生のオーナーとして、健康を維持し、知的好奇心を持ち続けながら、自分なりの形で社会に貢献していきたいと思います。

(取材・文/垣内栄)

 

*ライフシフト・ジャパンは、数多くのライフシフターのインタビューを通じて紡ぎだした「ライフシフトの法則」をフレームワークとして、一人ひとりが「100年ライフ」をポジティブに捉え、自分らしさを生かし、ワクワク楽しく生きていくためのワークショップ「LIFE SHIFT JOURNEY」(ライフシフト・ジャーニー)を個人の方及び企業研修として提供しています。詳細はこちらをご覧ください。

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