DepartureⅠ 「人生100年時代」の経営モデルを探す旅に出よう!/ライフシフト・ジャパン代表取締役CEO 大野誠一

「人生100年時代」

人生100年時代。
『LIFE SHIFT』(リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット共著:東洋経済新報社刊、2016)が提示したこの言葉は、もはや社会全体に定着したと言ってもいいでしょう。
世界最先端の超高齢社会であり、平均寿命も世界一を誇る日本では、定年制こそ未だに60歳とする企業が多いものの、65歳までの雇用延長は義務化され、2020年春には「70歳就業法」が国会で成立し、2021年4月から努力義務として施行されるなど、高齢者の雇用機会の拡充が進められています。
働く個人側の就業意欲も高く、65歳以上の就業率は世界でもトップクラスです。今や60歳で引退し、悠々自適の老後生活を送ろうと考えているシニア世代は、少数派と言ってもいい状況になっています。

しかし、こうした傾向は、年金制度に対する不安などから来る経済的な理由による側面も強く、『LIFE SHIFT』の著者達が提唱した“人生戦略”として、若い世代を含む全ての世代に浸透しているとは言えないのではないでしょうか?
若い世代や働き盛りのミドル世代にとって、70歳代〜80歳代まで働き続ける自分自身の姿を想像するのは、なかなか難しいことかもしれません。未だに「老後」を心配する若い世代は沢山いるし、働き盛りのミドル層の多くが定年後に向けて不安はあるものの具体的な行動を起こせていないのが現状です。65歳以上の就業率が高くなっているとは言え、若い世代が参考にできるロールモデルはまだまだ少なく、一般的な職場や生活の中で、定年以降のキャリアを具体的にイメージする機会がほとんどないでしょう。こうした状況が続いているひとつの要因として、働く個人が日々を過ごしている企業において、「人生100年時代」への対応が議論されていないことがあると思われます。

『LIFE SHIFT』の著者たちは、「人生100年時代」に対応するために、個人の変化を促すだけでなく、企業や教育機関、国などの行政機関に対しても変化を求めています。
教育機関は、まだまだ大胆な改革が行われているとは言えないものの、リカレント教育や社会人向けプログラムの拡充などに取り組み始めています。国などの行政機関でも「70歳就業法」の制定や年金制度改革の議論が行われています。
その一方で、企業が「人生100年時代」の到来を明確に意識した変革を行なったというニュースは、残念ながらほとんど耳にすることはありません。

 

日本企業の現在地点

20世紀の工業化社会において、企業は高密度に集積し、より巨大化することで、そのパワーを向上して来ました。「工場」の人事管理からスタートした工業化社会の働き方のモデルは、業務の標準化、マニュアル化を推進し、徹底的に画一化することを追求するモデルでした。そして、そうしたモデルがホワイトカラーを含む全ての仕事に適応されて来ました。今や仕事は、複雑に細分化され高度に専門化しています。
戦後の高度成長期において、急速な工業化を成し遂げた日本は、こうした「工業化モデル」の優等生でした。そして、この成功を支えたのが日本型雇用システムでした。
「新卒一括採用」「年功序列賃金」「終身雇用」をセットとした日本型雇用システムは、工業化を強力に推進するエンジンとなり、日本を世界第二位の経済大国に押し上げたのです。

しかし、21世紀の情報化社会を迎え、こうしたモデルは終焉を迎えようとしています。
2019年には、経団連や日本を代表する大企業のトップが、終身雇用制度の終焉を宣言するかの様なコメントを発表し話題になりました。このニュースは、グローバルにビジネスを展開する大企業と日本型雇用システムの間に大きなギャップが生まれて来ていることを象徴するものでした。しかし、こうした企業側の動きも、主に大企業におけるグローバル市場での生き残り策として議論されているテーマであり、「人生100年時代」に対応する企業のあり方を考えたものではないでしょう。

 

COVID-19が加速する変化

COVID-19は、日本の働き方の変化を10年前倒ししたと言われます。
そして、その変化は、政府主導の「働き方改革」よりもより本質的な変化だという指摘も耳にします。それは、政府が旗を振って来た「働き方改革」が、個人の働き方の抜本的な改革ではなく、カイシャの「働かせ方改革」に過ぎなかったことを露呈した様にも思います。

政府主導の「働き方改革」の最大のポイントとなった長時間労働の撲滅は、「会社に居る時間の削減」でした。確かに職場での残業は減り、長時間労働は改善された様に見えます。しかし一方で、職場の外で仕事をする人は急増し、残業代の減少による家計収支の悪化に苦しむ人や残業が減って生まれた時間の使い方が見つからない“フラリーマン”の発生など、むしろ本質的な問題を覆い隠してしまう様な現象が頻発する状況でした。

COVID-19によって強制的に広がったテレワークは、「働き方改革」のより本質的な側面を浮かび上がらせました。そのひとつの側面は、日本の労働管理の基本である「時間管理」の限界が浮かび上がったことでしょう。テレワークを導入した企業では、「働き方改革」で徹底されていた「勤務時間管理」から「アウトプット」や「成果」を重視する人事評価への急速な変化が始まっていると言われています。
また、テレワークの導入によって、職場に居ることで存在感を発揮していた「中間管理職」の必要性を見直す動きが起きているという指摘もあります。
いずれも、政府主導の「働き方改革」では議論されなかった本質的なテーマと言えるでしょう。

また、「テレワークができる人の生活は、テレワークできない人たちの仕事が支えている」という認識から、「Essential Worker」という言葉も注目を集めました。医療、農林水産業などの一次産業、製造、物流、小売、警備、地域行政などの幅広い「社会にとって必要不可欠な仕事」に携わる人たちを指す言葉です。このEssential Workerとの比較から、元々はCOVID-19とは直接的な関係はなかった「Bullshit Jobs(クソどうでもいい仕事)」という言葉も話題になりました。「Bullshit Jobs」とは、アメリカの人類学者デビッド・グレイバーが提唱した概念で、仕事をしている本人が、自分の仕事がなくなっても何も世の中に影響がないと考えている仕事を指す言葉です。様々な調査によると全体の37〜40%の人がその様に考えており、仕事自体には意味があるが自分が行なっているタスクには意味がないと考えている人を入れると、全体の仕事の50%以上が「Bullshit Jobs」だということになります。日本でも多くの働く人が自分の仕事に「やりがい」を感じていないという指摘があり、国際的な比較でも、日本人の働くことに対するモチベーションの低さが問題となっています。

COVID-19が問いかける仕事の価値や働き方に関する様々な課題は、この未曾有の危機を乗り越えるためというだけではなく、20世紀の成功体験から抜け出せず、長く変わることができなかった日本のカイシャがついに変わり始めるチャンスを与えてくれているのかもしれません。

 

 

「カイシャの未来研究会2025」

私たちライフシフト・ジャパンは、こうした問題意識から「カイシャの未来研究会2025」の活動を通じて、“人生100年時代の経営モデル”の模索を続けて来ました。
「カイシャ」とは、日本型雇用システムから脱却できない一般的な日本企業を指しています。研究会の名称は、そうした「カイシャ」を「昭和100年」にあたる2025年までに変えていきたい、という想いから名付けたものです。
「人生100年時代」には、個人の生き方・働き方が、これまで以上に多様化する事は間違いありません。カイシャは、そうした変化を受け入れ、促し、加速していく存在になる必要があります。そうした想いをベースとして、私たちは、そもそもカイシャとは、そこで働くヒトを「幸せ」にするための装置として生まれたものだ、という認識から始めたいと思います。

企業には、従業員だけではなく、顧客や仕入先、地域社会や株主といった多くのステークホルダーが存在します。最近、ようやく風向きが変わって来ましたが、新自由主義経済の立場から株主を最優先する「株主資本主義」の時代も長く続いて来ました。
しかし、株主の利益のために、従業員や仕入先を犠牲にしたり、顧客に不利益を与える様な経営モデルが望ましいとは思えません。それに対して、そこで働くヒトの「幸せ」を優先することで、彼らの自発的・主体的・創造的な行動がイノベーションや生産性の向上を実現し、結果的に顧客や株主の利益につながる。そんな経営モデルを想定したいと思います。

 

“Live Longer, Work Longer”

それでは、「人生100年時代」の到来という変化は、カイシャにどの様なインパクトを与えるのでしょうか?
そこでは、「働く」ということの再定義が必要になるでしょう。

“Live Longer, Work Longer”
長く生きるということは、働く期間が長くなることを意味します。個人は、70歳代〜80歳代まで「働く」時代がやって来るのです。
その時、カイシャは、働く個人に何を提供すべきなのでしょう?
定年廃止や定年延長は、一つの選択肢でしょう。しかし、全てのカイシャが実践できる制度ではないでしょう。「人生100年時代」には、「終身雇用」は過去のものとなるでしょう。
そもそも、個人の働く期間が60年にも及ぶということは、個人は、一般的な「カイシャの寿命」よりも長く働くということです。「雇用を守る」という発想では、カイシャは個人の生涯の幸せを約束できなくなります。むしろ、カイシャが「雇用を守る」という発想は、個々のカイシャによる人材の抱え込みを助長し、人材の流動性を低下させる要因にもなり得るものです。さらに言えば、雇用が安定した「解雇されない社会」とは、個人が自ら主体的に能力開発に取り組む危機感や緊張感が希薄な社会といえるのかもしれません。働く個人の「雇用を守る」ことだけを金科玉条とする凝り固まった発想からの脱却が求められているのです。

 

“Learning & Transitioning”

「人生100年時代」。個人は、「学び続け、変化し続ける」マルチステージ型人生を歩むことになる。『LIFE SHIFT』の著者たちが提唱したコンセプトです。これまでは、20年程度の「学び」のステージ、40年程度の「仕事」のステージ、定年後の20年程度の「引退」のステージという「3ステージ型人生」でした。「人生100年時代」には、こうした固定化したモデルは通用しません。技術革新が激しい現在、知識や技術はすぐに陳腐化します。私たちは常に学び、アップデートし続けていくことが求められます。時には仕事を離れて「学び直す」ことが必要になるでしょう。「働き方」も多様化します。「働く」ということは、必ずしも「雇用される」こととイコールではなくなり、個人事業主やフリーランス、副業や複業が拡大していくでしょう。その結果、私たちは長い人生の中で様々なステージを経験するマルチステージ型人生を歩むことになるのです。

「人生100年時代」に対応した経営モデルでは、全ての個人が70歳代〜80歳代まで働くことを想定し、それを可能とするためのマインドセットを醸成し、常に学び続け、変わり続ける働き方を身に付ける事を支援する事が求められます。
私たちは、「人生100年時代」に対応したこうした経営モデルを『ヒト・ドリブン経営』と呼ぼうと思います。

 

 

『ヒト・ドリブン経営』

『ヒト・ドリブン経営』とは、そこで働く「ヒト」を起点に全てを「ドリブン」する経営。「ドリブン=driven」とは、「駆り立てる」「突き動かす」「心から湧き上がってくる」「やる気のある」といった意味を持つ言葉です。一言で言えば「ヒト・ドリブン」とは「ヒト・駆動」型経営。

『ヒト・ドリブン経営』を実践する企業は、働く個人との「共感」を最も大切にします。
企業は、その経営理念(「ビジョン」「ミッション」「バリュー」「パーパス」など)を明確に提示し、その経営理念に共感する人たちが集まることで組織が形成されます。逆に言えば、経営理念に共感できない人や一時的に違う価値感を大切にしたいと考える人を無理やり抱え込むことなく、そうした人たちが自然な形でハッピーに離職できる環境を提供することがとても大切になっていくと考えられます。

『ヒト・ドリブン経営』を実践する企業は、個人が求める多様な働き方に柔軟に対応し、個人が成長するための社内・社外の様々なコミュニティーとの関わりを推進し、卒業生との活発な交流(アルムナイ・ネットワーク)を通じて企業内に閉じないキャリア形成の機会を提供していく事になるでしょう。企業は、こうした取り組みを通じて、個人の人的ネットワークと結び付き、事業展開に活用していこうとするでしょう。
企業は、個人の主体性と能力開発をベースとした人的ネットワークに価値を見出す時代を迎えているのです。そこでは、年齢による一律の対応や処遇はもはや時代遅れとなります。「新卒一括採用」「年功序列賃金」「定年制」などの見直しが求められだけでなく、社内と社外の垣根を取り払い、固定化した雇用関係から、プロジェクト型の「出入り自由」な緩やかな関係を可能とするモデルが求められています。

最近、日本型雇用システムである「メンバーシップ型雇用」から欧米で主流といわれる「ジョブ型雇用」への転換を図ろうとする企業が増えています。この視点は、グローバル企業にとっては避けて通れないポイントですが、単なる人事制度として議論するだけでは、バブル崩壊後の“失われた30年”に繰り返された欧米流人事制度の「つまみ食い」と同じ結果に終わる危険性を孕んでいます。
今、企業に求められているのは、そうした制度設計の前提となる、企業の経営理念を起点とした組織づくりの哲学なのだと思います。

日本には世界に類を見ない超長寿の老舗企業が数多く存在します。それは、日本企業が古来から、「経営理念」に基づいて、「ヒト」に立脚した持続可能性を大切にして来た事を象徴しているのではないでしょうか? 有名な近江商人の「三方よし」や「商売十訓」はその代表といえるでしょう。江戸時代まで続いていたそうしたバックグラウンドが、明治維新に始まる近代化の局面で底力を発揮し、日本は急速な発展を実現しました。そして、戦後の復興期においても、日本は再び世界を驚かす復活を遂げました。1970年代までの高度成長の背景には、こうした日本人と日本企業のバックグラウンドの土壌があったのだと思います。しかし、80年代のバブルとその崩壊、その後の「失われた30年」の間に、ほとんどの日本企業はこうしたバックグラウンドを自ら手放し、日本人の働き方は、その時々に導入された欧米流の“つまみ食い”によって翻弄され続けて来ました。その結果、私たちは、働き方の機軸を失ってしまったのではないでしょうか?

「人生100年時代」の到来をチャンスとして、私たちは21世紀の情報化社会に適応した新しい生き方・働き方を手に入れなければなりません。それは、日本の歴史や文化に根付いた日本企業の本来の姿を取り戻すことなのかもしれません。

「人生100年時代」の到来は、社会全体に革命的な変化を引き起こすと言われます。
働く個人の約9割が何らかの組織で働く日本において、生き方・働き方の変化とは、カイシャのあり方の変化と無関係ではあり得ません。カイシャは、どの様に変わっていくのか? その問いは、日本においては、明治に始まる「近代化」「工業化」時代の終焉であり、日本のオリジナルでユニークな新しい経営モデル(ヒト・ドリブン経営)を具現化する挑戦でもあるはずです。

2020年。私たちは大きな時代の転換点に立っています。
「失われた30年」の間に本当の意味での変化のきっかけを掴めなかった日本企業に、COVID-19が強制的な気付きのチャンスを与えてくれたのかもしれません。
“Learning & Transitioning”。学び続け、変わり続ける。
企業もまた、学び続け、変わり続ける事を求められているのです。