Captain’s View:代表・青野慶久氏が目指す「法人軽視の経営」とは?

 

基軸は社員のわがまま。人間重視、法人軽視の経営を

グループウェアの開発・販売を行うソフトウェア企業、サイボウズは100人の社員がいたら100通りの働き方が可能、というユニークな人事制度を運用する企業として知られています。
多様な働き方を認める制度の例を挙げると、まず、2006年から最長6年の育児・介護休暇制度、2010年からは在宅勤務制度をスタート。2012年には、退職後6年以内なら元社員がサイボウズに復帰できる「育自分休暇制度」を設け、同年に副(複)業を解禁。そして、2018年からは勤務時間や場所など、一人ひとりが自身の働き方を自由に宣言、実行できる「働き方宣言制度」を始めました。
1997 年に同社を創業した青野慶久氏によれば、それらは社員のわがままに耳を傾けた結果であるとのこと。その青野氏に、ユニークな企業観、経営観を伺いました。

サイボウズ:代表取締役社長 青野慶久氏

聞き手:ライフシフト・ジャパン 代表取締役CEO 大野誠一

 

社員のわがままに応えるといいことづくめ

―― この5月に出版された『「わがまま」がチームを強くする。』(朝日新聞出版)という単行本を興味深く読みました。青野さん監修で、著者はサイボウズチームワーク総研となっています。そんな部署があるんですね。

青野 ちょうど創立してから20年経った2017年にできた組織です。これまで、われわれが試行錯誤しながら蓄積してきた、チームワークに関するノウハウを他の企業や組織などのみなさまにメソッドとして提供しています。

―― それは面白い。本には、チームの成長はメンバー一人ひとりが「わがまま」を言い合うところから始まり、そうした状態を実現するのがリーダーの役割だとありました。そのリーダー像は私たちが打ち出しているヒト・ドリブン経営とみごとに重なります。なぜ、企業経営にわがままが大切なのか、改めて教えてください。

青野 過去、サイボウズは離職率が非常に高い会社でした。2005年は28%、年間4人に1人強の社員が辞めていたのです。
離職者が増えるということは、経営効率が悪くなるということ。何とか食い止めなければなりません。一人ひとりに話を聞いていくと、給料が低いとか忙し過ぎるとか、離職理由はそれこそ千差万別でしたが、一つひとつ潰していけば、離職者が減ると思いました。そうした会社への不満、本人の希望、つまりは、一人ひとりのわがままを聞き、不満を解消して、できる限りわがままを叶えるということをずっと続けてきました。
やがて、わがままを叶えると、離職率が下がるとともに、モチベーションが上がることがわかったんです。働き方の多様化が進み、パフォーマンスが上昇することにも気づいた。はじめは経営効率の悪化を防ぐのが目的でしたが、目に見えて社員が生き生きとするようになって、私自身も社員のわがままを聞くのが面白くなってきたんですよね。従来ならば、採用するのが難しいような高いスキルを持つ人を採用できることも判明しました。

―― イイことづくめですね。でも日本でわがままというと、悪いイメージがあります。

 

いいわがまま、悪いわがまま

青野 そうですね。みんな我慢しているのになぜお前だけ、というイメージがある。でも、違うんです。みんながわがままを言い合い、組織が受け入れればいいんです。わがままを受け入れると、本人の幸福度が向上するので、仕事の生産性も上がるからです。

―― 自分のわがままを聞いてくれたんだから、頑張らない、という気持ちにもなるんでしょうね。でも、わがままをきちんと言ってもらえるような環境をつくるのは、それはそれで難しい気もします。

青野 そうなんですよ。社員に「何でもわがままを言ってください」と伝えても、なかなか言ってくれない。わがままを言い出しにくい環境というものが確かにある。具体的には、わがままを言った途端、攻撃されてしまうような環境です。

―― 最近よくいわれる心理的安全性が欠如しているということですね。

青野 そうですね。でも、その「心理的」という言葉は不要だと思います。心理的安全性が確保されたとしても、給料を減らされたり、身体を小突かれたりするように、物理的安全性が毀損されたら、元も子もありません。それをいうなら安全性だけでいいでしょう。わがままを正直に言うことがシンプルに許される安全な環境が重要ということです。安全というのは私が昨今重視するキーワードですね。

―― 一方で、すべてのわがままがいいとなると、言ったもん勝ちで組織の体をなさなくなってしまいます。

青野 わがままにもいろいろあります。例えば、「私は牛丼が食べたい」というわがままなら「どうぞ」で済みますが、「あなたも牛丼を食べなさい」というわがままは困ります。相手が何を食べたいのかわからないのに、「これを食べなさい」というのは、相手のわがままを尊重していない迷惑なわがままです。

―― 企業における、いいわがまま、悪いわがままを考えるとしたらどうでしょう。

青野 その場合、その企業は何のために存在するのかを考える必要があります。当社の場合、「チームワークあふれる社会を創る」という企業理念を掲げていますから、そこに合致するわがままはいいわがままだけれども、合致しないわがままは悪いわがまま、ということになります。

 

 

法人ではなく、自然人を重視せよ

―― そういうことですね。本の話に戻ると、もう一つ、「社員を数字で管理しない」という言葉にもなるほどと思いました。ほかの多くの経営者は「そんなことはできない」と言うかもしれません。

青野 社員一人ひとりに対し、数字で測れる部分は限られています。営業の仕事なら測れるはずだ、という人もいるかもしれませんが、たとえば製品をたくさん売る人と、クライアントの難しいクレームにきちんと対応できる人では、どちらが優秀な営業か、を決めるのは難しいですよね。

―― なるほど。では数字で人を評価できないとすると、どうすればいいのでしょう。

青野 評価は無理にしなくてもいいんです。あるいは、逆に評価には誤解がつきものということをあらかじめ、各自に伝えておく必要があるでしょう。
大切なのは、一人ひとりが楽しく働いていること。まずそれが前提にないと、経営はうまくいきません。だって、会社があって人がいるのではなくて、人がいて、その人がもっと幸せになるために会社が作られたわけですから、「働くのが辛い」という会社は本末転倒なわけです。会社は、私たちがもっと楽しい人生を歩むためにある。だから、どんな崇高な理念を掲げていようが、そこで働いている人が不幸を感じるなら、そもそも会社としておかしいわけです。
ところで、ヒト・ドリブン経営ですが、サイボウズがそうであると言っていただいて光栄ですが、そのヒト(人)にも二種類がある。自然人と法人です。サイボウズのヒト・ドリブン経営の「ヒト」は間違いなく前者です。

―― おっしゃる通りで、私たちも自然人だけを念頭においています。

青野 日本においては法人がのさばり過ぎです。その地位をもっと下げる必要がある。法人は自然人のためにあるのに、いつのまにか主従が逆になっている。法人としての会社が儲かっていなくても、そこで働く自然人がたくさんの給料を手にしていたら、そっちのほうがいいでしょう。ヒト・ドリブン経営は法人軽視経営とも言い換えられるのではないでしょうか。

会社とはカッパである

―― 青野さんから以前、「会社はカッパだ」というお話を伺ったことがあります。

青野 会社とは登記上の法人であって、実態は存在しません。法人とは法律が定義した人ということです。会社には実体がないけれど、法律上は人として取り扱うことにしたのです。そのほうが社会にとって都合がいいからです。
そういう意味では、会社は想像上の動物であるカッパと同じです。「会社のために働く」というのは、いわば「カッパのために働く」と言っているのと同じ。カッパのために人が無理をしたり、つらい思いを我慢するのは、おかしなことだと思いますね。

―― ヒト・ドリブン経営を実践している企業として、御社のほかにどんな会社をイメージしますか。

青野 長野県にある伊那食品工業さんですね。伊那食品工業の塚越寛最高顧問に、「利益はうんちだ」という名言があります。身体が健康であるように、企業も健全であれば、毎日自然に出るものだ、ということだそうです。お客様からいただいたお金を仕入先、パートナー、社員、地域社会に還元して、それでも残った搾りカスが会社にとっての利益なのだと。
実はわが社も法人としてのサイボウズに利益、つまり塚越さんいうところのカスが貯まりすぎないように経営しています。

―― 社員への還元を手厚くしていると。

青野 その通りですが、それだけではありません。新たなクラウドサービス製品への開発投資に使っていますし、自社メディア「サイボウズ式」や、ワーキングマザーを応援するための動画「大丈夫」や、働き方改革をテーマにしたアニメ「アリキリ」など、ソフトウェア事業とは一見関係のない、さまざまな情報やメッセージ発信にも力を入れてきました。自分の働き方を筆頭として、今のやり方はちょっと変だ、変わらないといけないのではないだろうか、という意識を皆さんに持っていただきたいからです。

 

経営者は五感を研ぎ澄ませ

―― 前者はともかく、なぜ直接の売上げにつながらない情報発信に投資するのでしょうか。

青野 売上げにならなくても、やるべきことはやらないと駄目だと思うからです。極端なことをいえば、サイボウズという会社を永続させる必要はないと思っています。それよりも、「チームワークあふれる社会を創る」という私たちの理念を実現するためにベストを尽くしたいからです。

―― 私たちも、事業や利益、売上げに血眼になるのではなく、そこで働く一人ひとりが楽しく、幸せにわくわくしながら生きられる、そんな会社がこれから生き残っていくと考えています。そして、それがヒト・ドリブン経営ということです。

青野 まさしくそうで、社員が幸せに働けているかどうか、というのは、すごく重要だと思います。先ほど、離職率がとても高かったという話をしましたが、今は4%くらいに落ち着いています。ただし肝心なのは、その人たちの辞め方です。たとえ離職率が低いにせよ、不幸な状態で辞めていくのだとしたら問題です。そうではなく、「僕はこんな夢を描いたから、次の舞台に移ります。今までありがとう」と抜けていくなら、本人にとってはもちろん、私にとってもサイボウズにとっても、すごくハッピーです。

―― よい退職、悪い退職、それを見極めるにはどうしたらいいのでしょう。

青野 五感を大切にすることです。数字ばかり見ていると五感が狂ってしまうんです。ヒト・ドリブン経営を実践するには五感が鋭敏でないと難しい。

 

毎年の株主総会で企業理念の中身を議論すべき

―― 先ほどから企業理念の話が出ていますが、それに共感できる人だけを採用したほうがいいのでしょうか。入り口で厳密な選別を行うのは難しいと思いますが。

青野 理念への共感はそれこそ数値で測れるものではないので、共感の度合いによる選考は難しいでしょう。経営者ならある程度わかる人もいるかもしれませんが、五感で測れるものでもないでしょうし。
しかも、入ってから変わりますからね。最初は理念には思い入れがなかったけれど、入って仕事をしていくうち、チームワークの大切さに目覚めた人は結構います。
とはいえ、少なくとも、理念に共感しない、できないという人を採用するのは難しいかなと思います。ミスマッチはお互い不幸になりますから。

―― 一方で、青野さんから「企業理念を石碑に刻むな」という言葉を聞いたことがあるんです。永遠不変なものではなく、必要に応じて変わっていくべきものだから、と。

青野 その通りです。

―― 青野さんはその時、「毎年の株主総会で企業理念の妥当性も議題にするべきだ」とも言っていました。サイボウズでは既にやられているのでしょうか。

青野 今年3月末の株主総会で株主のみなさまと企業理念について話し合う予定だったのですが、新型コロナウイルスの影響で、リアルの会場にたくさんの人を集めることが難しくなってしまいました。急遽のことだったので、当初予定していたプログラムを大幅に縮小のうえ、総会をオンラインで中継する形に切り替え、企業理念については、皆さんと議論する場をつくっていきたい、と伝えるに留まってしまったので来年はぜひともやりたいと思っています。

―― それは画期的なアイデアだと思います。日本中の会社がそれをやり始めたら、世の中が変わるんじゃないかと。

青野 そうですね。それがすべての株主総会における必須議題になるよう、会社法を変えたいと思っています。

―― エクセルで作った事業計画の数字だけ議論しても意味がない。

青野 まったくその通りです。

PROFILE

青野 慶久(あおの よしひさ)

1971年生まれ。愛媛県今治市出身。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年8月愛媛県松山市でサイボウズを設立。2005年4月代表取締役社長に就任。2018年1月代表取締役社長 兼 チームワーク総研所長(現任)
M&Aの失敗・離職率の増加を機に覚悟を決め、「多様性」「公明正大」を大切にしながら、チームワークあふれる社会を創るために真剣に取り組む。離職率を6分の1に低減した実績や、ビジネスのクラウドシフトの他、3児の父として3度の育児休暇取得した育ボス、妻氏婚(つまうじこん)、夫婦別姓などの講演も多数。内閣府、文科省の外部アドバイザーやCSAJ(一般社団法人コンピュータソフトウェア協会)の副会長を歴任。著書に『ちょいデキ!』(文春新書)、『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)、『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない。』(PHP研究所)がある。