Captain’s View : 代表・金柿氏はヒトをどう捉えているのか?

 

すべての絵本にはいいところがある。
すべての社員にもいいところがある。

絵本ナビは2001年10月創業。今世紀になってから子育てをされた方であれば、社名にもなっている、絵本・児童書の総合情報クチコミ通販サイト「絵本ナビ」、絵本を基点とした子育て記事サイト「絵本ナビスタイル」をご存知の方も多いのではないかと思います。
同社は三つの事業を展開しています。上記の2サイトあわせて年間1700万人以上のユーザーが訪れるメディアを運営し、ユーザー対象に絵本の出版社や一般企業のプロモーションやマーケティング支援を行うメディア事業。サイトのユーザーなどに向けて、絵本やグッズなどを販売するコマース事業。オンラインでの絵本読み放題といったサービスを提供するコンテンツ事業。
絵本にフォーカスした事業ゆえに、ユーザーはもちろんのこと、同社の社員にも子育て中の女性社員が多いという特徴があります。そして「ハードワーク。でも、子どものためならいつでも休める会社」という組織ビジョンを掲げています。
創業社長の金柿氏に、そんなヒト重視の経営がどうして生まれたのか、伺いました。

絵本ナビ 代表取締役社長CEO 金柿秀幸氏
聞き手 ライフシフト・ジャパン 代表取締役CEO 大野誠一

ヒトの問題は道半ば

―― 今回われわれはヒト・ドリブン経営の実践企業として御社を選ばせていただきました。率直な感想を聞かせてください。

金柿 そのように見ていただき、すごく光栄です。特に絵本ナビは社員を褒めてもらう機会が多いです。生き生きしているとか笑顔が多いとか。それは経営者として非常に嬉しいですね。
ただ、創業してもうすぐ20年になりますが、経営におけるヒトの問題については、試行錯誤を続けていて、まだまだ道半ばというのが正直なところです。

―― それはどういう意味でしょう。

金柿 数年前まで、自分が直轄しているチーム以外は幹部社員に権限委譲して任せる組織運営をしていたのですが、社員たちに、僕の考えがうまく届いていなかったんです。社員たちの意向や気持ちを僕がきちんと把握できず、何名かが続けて辞めてしまう、という出来事がありました。
そんなことがあったので、2年半ほど前から、社員の意識を測るエンゲージメント・サーベイを入れて定量と定性の両方で組織の状態を可視化するようにしました。人事評価制度も結果重視からプロセス重視に変えました。目標管理制度は変わらずにあるのですが、難しい壁を乗り越えていこうという努力も評価するようにしたのです。直属の部長と社長でしっかり見て評価するから、のびのび働いてくださいと。
「社長ワンオンワン(1on1)」という仕組みも入れて、半期に一度、僕が全員と個別の懇談をするようにしました。マネージャー陣とのミーティングも毎週開催し、その内容を全体で共有するようにもしています。これらが奏功し、組織の状態はかなりよくなってきた感じです。

―― それはよかったですね。軌道修正はなぜできたのでしょうか。

 

労働時間よりも成果と効率性が大切

金柿 軸になる考え方はぶれないようにしながら、やり方は柔軟に変えて行こうと。軸というのは、「労働時間(の多さ)よりも成果と効率性を求める組織にする」ということです。

―― 同じ仕事を2時間かけてやる人と1時間で終える人がいたら、後者を評価するということですね。

金柿 その通りです。もともと、僕が富士総合研究所(現みずほ情報総研:以下「前職」))という新卒で入った会社を、子育てと仕事の両立を実現するために辞めたことが、この会社を立ち上げたきっかけなのですが、絵本を扱っているということもあって、この軸となる考え方に共感して入ってくれた子育て中の女性社員も多いんです。
夕方、保育園に迎えに行かないといけないとか、残業や夜の会食は厳禁といったように、時間に対する考え方がシビアなんです。僕自身は前職でシステムエンジニアをやっており、夜は無限にあるという考えに染まって仕事していました。仕事は効率重視という今とは、真逆の働き方でした。

―― なるほど。

金柿 今は男性社員も育休を採るようになったと聞いているので、あくまで当時の話ですが、前職では長時間労働が常態化していました。夜中の2時まで仕事をしてタクシーで帰り、翌朝9時には出社するみたいな。

―― 富士総研に限らず、当時は皆そうでしたよね。

金柿 そうかもしれません。当時こんなことがありました。ある劇場のチケット予約システムの構築を任され、5名ほどのチームのリーダーを任されていました。僕は当時から仕事を効率よくやることの大切さはわかっていたつもりです。「お客様のニーズをきちんとヒアリングしてシステムに反映し、それがかなっているかを進捗管理することで、効率よく仕事をする」という方針を皆に伝えて、うまく廻し、午後8時くらいにはみんな帰れるようになってきていました。
ところが、早く終わると、上司から「他のチームの仕事を手伝え」という指示が来る。当時、チケット面だけではなく、その劇場のすべてのシステム構築を会社が受注していたんです。「他は12時までやっているんだから、君たちだけ早帰りするのは、おかしい。せめてあと2時間、10時まで手伝ってやってくれ」と。他にも、「この調子だと、1人少なくてもやれるな」と、メンバーを減らされたこともありました。
効率よく質もよい仕事をしたのに褒められるどころか、仕事は増やされ、人員を減らされる。こんなマネジメントはおかしい、と思っていました。

 

チーフエンジニアは北海道在住。社員のコミュニケ―ションはチャットで

―― ということは、絵本ナビは創業当初からいわゆる「ホワイト企業」だったわけですけか。

金柿 まあやはり最初はそうではありませんでした。元々、ハードワーク派なので、自分だけオフィスに寝袋を持ち込んで、よく深夜まで机に向かっていました。
ちょうどその頃、ワークライフバランスの大切さを説く小室淑恵さんの講演を聞きにいったら、日本のホワイトカラーの生産性は先進国で最低だということを初めて知りました。僕ら日本のビジネスパーソンは世界に伍して戦うために家庭を犠牲にしてハードワークをしているんだと思っていたのですが、そうではなく、やり方が下手だから長時間になっているのだと。そう思うと思い当たることがたくさんあって、情けなくて、泣けてきたんです(笑)。労働時間の長さではなく、成果と効率に徹底的にこだわるようになったのは、そこからです。

―― 効率を高める働き方の実践例について教えてください。

金柿 早い時期から情報共有の仕組みを作り、オフィスにいなくても仕事が進むようにしてきました。社内のコミュニケーション手段はchatwork(チャットワーク)というチャットツールが中心です。どこにいても、スマホひとつで必要な情報の共有ができる体制になっています。
また、2010年頃からリモートワークを一部導入していました。チーフエンジニアは前職時代の仲間なんですが、北海道在住で、ずっとリモートワークです。僕も2年に一度くらいしか顔を合わせません。柔軟な働き方ができるようにする取り組みを続けて来ました。

―― コロナ禍ではどのような対応を?

金柿 2月25日から原則、リモートワークに切り替えました。業務によっては「会社に行かなければ仕事ができない」という声も挙がったのですが、社員と取引先社員の健康を最優先に考え、「行くな。売り上げが落ちても構わないから、全員在宅勤務でやろう」と言って、環境と制度を一気に整えました。早い段階でのこの決断は社員から歓迎され、エンゲージメント・サーベイの数値も上がりました。
会社が調子のいい時は波に乗って経営者は何でも言えるし、大抵のことができるのですが、危機になった時に、普段、大事にしていることを変わらずに貫けるか、私にとってはよい機会になったと思います。

 

採用はスキルより理念適合度を重視

―― 御社の理念を再確認するきっかけになったという意味で、社員にとっても貴重な機会だったと思います。他に、組織面で前職時代に学んだことはあるのでしょうか。

金柿 色々あります。当時の前職のマネジメントには課題を感じていましたが、社員はとてもいい人ばかりで、一緒に働いていて余計なストレスを感じずに仕事に没頭できました。今でも、元先輩や元同僚が僕と絵本ナビを応援してくれています。でも多くの会社ではそれが普通というわけでもないらしい。職場で人間関係のストレスを抱えながら働いている人が多いことも知りました。
この経験から、絵本ナビでは、同じように、いい人だけを集めようとしています。

―― 採用基準の話ですね。何を一番重視し採用しているのでしょうか。

金柿 理念に共感できるかどうかということです。スキルの高さか、理念適合性か、といえば、迷いなく後者優先です。スキルは後からいくらでも伸ばせるという考え方です。
お客様に「幸せな時間」を届ける、という理念への共感を必須条件にして、あとは価値感やバックグラウンドが多様であっても、仕事をしていく上で安心して仕事に向かえる組織を作っていくようにしています。

―― 実際はどうでしょう。皆さん、いきいき働けていますか。

金柿 かなりいい感じになってきたと思っていますが、経営者としてひいき目があると思いますので、実際に社員がどう感じているかは直接聞いてみてください。

 

人には必ずいいところがあり、そこを伸ばせるように応援する

―― 社員の潜在能力を開花させることは、ヒト・ドリブン経営において非常に重要なことだと考えています。人が成長した具体例を教えていただけますか。

金柿 管理職登用の場面がそうです。一般的に、例えば男性に「部長をお願いしたいんだ」といえば、「ぜひやらせてください」と不安要素があっても機会を捉えにいく答えをする場合が多いでしょうが、女性は「私には荷が重いです」とまず不安要素を捉えてお断わりモードから入る場合が多いと思います。うちでもそうでした。
そこで、「やる気がないんだな」と思ってしまってはダメで、本気で登用したいなら、「あなたにはこのポジションでぜひ活躍してほしいんだ。僕がサポートするからやってみてもらえないか」というアプローチが必要と考えています。そういったアプローチで接しているうちに期待を超える活躍をしてくれて、部長を任せている実例もあります。
そのケースに限らず、「今あなたはこれができている。素晴らしいことだ。でも僕にはあなたの伸びしろが見える。そこを伸ばすことができれば、今はまだできない、こんなことができるようになる。僕はそのためのサポートをする」という言い方をよくしますね。

―― まるで親が子に向かって行うようなコミュニケーションですね。

金柿 まさにそうで、僕の娘から学んだことでもあります。のびのび取り組むと、期待を超える力を発揮して驚かせてくれます。先入観や偏見にとらわれずにその人を見ていくと、いいところが必ず見つかる。そこを伸ばせるように応援するマネジメントをすると、こちらの期待を超える働きをしてくれて、これが最高に嬉しいですね。

―― 金柿さんにとって、会社とはどんな存在でしょうか。

金柿 僕は創業者なので、会社は一言でいうと、自分の分身であり、子どもです。ただし、創業4年目の2005年から外部の投資家の資本を入れているので、僕だけの子どもではありません。その子どもをいかにパブリックな存在にして、大きく強く育てていくか、ということをずっとやってきた感じです。大きく成長することが当然に求められているけれども、理念を重視してのびのび働いてもらっているという点が、客観的に見てユニークだなと思います。

 

絵本ナビはそれぞれの個性を伸ばす場でありたい

―― さっきの話に戻りますが、金柿さんにとっては絵本ナビは子どもだとしても、社員にとっては、働く場、自己実現の場であるはずです。

金柿 そうですね。「自分自身の壁を乗り越える努力こそが最も尊い」という持論があって、社員にもよく言うんです。できる人が素晴らしいことをやるのが全てではなくて、それぞれが努力して、できなかったことができるようになることがすごいと。
僕らが絵本を紹介する際に大事にしている「幼稚園理論」と名付けた独自の理論があって、幼稚園に30人の園児がいたら、足の速い子、背の高い子、かわいい子、賢い子といった、既に何かに秀でた子がいます。でも、そうでなくても、一人ひとりの園児にはいいところがあり、それを認め、伸ばしてあげるのが先生の役割だと。絵本も同じなんです、絵本は個性豊かなそれぞれの園児で、絵本ナビはこの幼稚園なんです。

―― といいますと?

金柿 プロの作家さんがプロの編集者さんと渾身の力で作って、出版社さんがリスクを負って世に出した絵本にはすべてにいいところがあり、届けるべき読者がいる。それを紹介して届けていくのが絵本ナビの使命なのだと。
これは会社でも同じです。役職や職種にかかわらず、社員がそれぞれの持つ個性を活かし、切磋琢磨しあいながら、仕事における壁を乗り越える努力を重ねて成長していく。それが会社の面白さだと僕は思います。

 

PROFILE

金柿秀幸(かながき・ひでゆき)

●株式会社絵本ナビ 代表取締役社長
1968年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。大手シンクタンクにて、システムエンジニアとして民間企業の業務改革と情報システム構築を推進。その後、総合企画部調査役として経営企画に従事し、2001年、愛娘の誕生にあわせて退職。約半年間、子育てに専念した後、株式会社絵本ナビを設立し、2002年、絵本のレビュー・通販サイト「絵本ナビ」をオープン。市販の絵本を1冊丸ごとwebサイト上で無料で1回だけ試し読みできる「全ページためしよみ」、市販の絵本の「定額読み放題」、つぎ読む絵本がすぐ決まる「絵本コンシェル」など、業界の常識を破るサービスでユーザーの支持を得て、年間サイト利用者数は1600万人を突破、2017年JEPA電子出版アワード大賞を受賞した。2003年には気の合うパパ仲間と「パパ’s絵本プロジェクト」を結成、全国で絵本おはなし会を展開中。
グロービス経営大学院講師。NPO法人ファザーリング・ジャパン初代理事。

【著書】
『幸せの絵本 大人も子どももハッピーにしてくれる絵本100選』、
『幸せの絵本2 大人も子どもも、もっとハッピーにしてくれる絵本100選』
『幸せの絵本 家族の絆編 大人と子どもの心をつなぐ絵本100選』(以上SBクリエイティブ)
『大人のための絵本ガイド 心を震わす感動の絵本60』(ソフトバンク新書)
【共著】
『絵本であそぼ!子どもにウケるおはなし大作戦』(小学館)
【訳書】
『あいぼうはどこへ? ニューヨークの としょかんに いる 2とうの ライオンの おはなし』(イマジネイション・プラス)