Discovery : 絵本ナビの“ヒト・ドリブン経営”から何を学ぶか?

黎明期からの移行が始まるとき

豊田義博
ライフシフト・ジャパン株式会社 取締役CRO/ライフシフト研究所所長

「自分についての知識(Self-knowledge)」

ヒトは、自分のことを知らないものです。好きなものは何か、得意なことは何か、と聞かれ、それなりの答えは出しますが、それは今までの人生の中での経験による気づきに限られますから、未経験なことの中に、大好きになるものや得意なことが隠されていることは往々にしてあります。また、自分の認識でしかありませんから、他人と比べてそんなに好きとは言えないことを好きだと思っていたり、得意だなんて思っていないことが、実はとっても秀でていたりすることもままあります。こうした観点はほんの一部にすぎません。ヒトは、あらゆる点について、自分についての知識をさほどには持っていません。

書籍「ライフシフト」の中には、「自分についての知識(Self-knowledge)」という言葉が極めて重要なものとして登場しています。自身が持っている変身資産に気づくためには、「自分についての知識」を十分に持つことが大切だ、と指摘されています。そして、ヒト・ドリブン経営の要件のひとつには、ヒトが「自分についての知識」を高め、自身の変身資産を自覚したり高めたりすることができることが挙げられます。

派遣社員として絵本ナビに入った村野さんは、一年後に代表・金柿氏から部長になって欲しいというアサインを受けて「おののきました」と語っています。事業部全体の仕事も知らないし、そもそもチームマネジメントの経験もない。部長を務められる自信がないと答えても、無理からぬ話です。この時、村野さんは「自分についての知識」を十分に持ってはいなかった。しかし、金柿氏は村野さんの言動から、彼女の適性に気づいていたのでしょう。だから、責任あるポジションと仕事を託したのでしょう。

 

「自分の中に眠っている自分」と出会った村野さん

では、村野さんは、どのような力をもっていたのか。それはご自身の採点コメントに現れています。村野さんは、自身の現在に40点という辛口の点数をつけ、「『こうあってほしい』という理想が高いのだと思います。あと、60点分も改善余地があると(笑)」と語っています。そして、「もっとも、改善できた瞬間、至らない点が新たに見つかり、すぐに40点に下がってしまうかもしれません」と続けています。素晴らしい改革精神の持ち主だったわけです。さらに村野さんは「もともとそうだったのかもしれませんが、絵本ナビに入ってから、現状に満足できず、常に高みを目指す気持ちが強いことに気づきました」と語ってくれました。一連の経験を通して、自分と出会ったのです。自身の中に眠っていた素晴らしいスピリットを発見したのです。

改革精神は、それ自体がまさに変身資産といえますが、そうした改革精神を持っている、という強みの自覚が、自己への信頼という変身資産を生み出します。どんな状況にあっても、自身の強みを生かして何とかしていける、という未来の自分を信じる力が芽生えます。そしてそこには、金柿代表の明確なコミットがありました。部長になることを臆している村野さんに対し、金柿氏はコミュニケーションの機会を重ね、一年間の見習い期間を設け、伴走することを約束します。そして、毎週ミーティングを重ねたそうです。代表自らがメンバーの自立と自律に責任をもってコミットすることで、村野さんは自分と出会い、変身資産を獲得したのです。

その姿勢は、村野さん自身にも伝播したのでしょう。村野さんは自分が任されたチームメンバーひとりひとりにもっと生き生きしてもらうために、誰に頼ることなく独学でチームのコンディションを高める施策を次々と投入していきます。ヒトがヒトを変え、そのヒトがまたヒトを変えていく。目には見えないけれども、ヒトそれぞれが実感できる形で、ヒト・ドリブンが伝播していく。そのようなさまを、初見さんは「スイミー」に喩えてくれました。

 

自己肯定感が高まった初見さん

小さな赤い魚たちが、決してはなればなれにならずに持ち場を守って一体となって大きな魚の形となって泳ぐことで、大きな魚に食べられることなく、自由に海を渡っていけるという素敵な絵本のストーリー。みんなが想いを持ってつながることで、ひとりでは見ることのできない世界を味わえるのです。

一方で、それまでに勤めていた広告代理店は「巨人」。親会社というブレーンからの指令に応じて対応するという初見さんの見立て話から、メカニカルなイメージを抱きました。「巨人」という大きくのしのし進むロボットの中で、ひとりひとりが指令を果たすために一生懸命働いているというような構図です。それは、映画「モダンタイムズ」でチャップリンが演じている工場労働者の姿に通ずるとこがあります。現代社会においては、その姿は、ブルーカラーのみならずホワイトカラーにも適応されうるものです。

「上から降りてきた仕事をこなし続け」「自分を忘れるほど忙しくて自己評価も低かった」巨人の世界から、「これやりたいと手を挙げたら、やらせてくれ」「『あなたはどうしたいのか』と人として寄り添ってくれる」スイミーの世界に身を転じた初見さんもまた、大きな変身資産を手に入れています。自己肯定感が高まったのです。「もっとできるかも、と思えることが増えました」という心境の変化は、人生100年時代にはなんとも心強いことでしょう。

 

“ヒト・ドリブン経営”黎明期を超えて

このようにメンバーそれぞれが、自身の変身資産を高めている。そんな絵本ナビの“ヒト・ドリブン経営”は、発展途上なのだと思います。ヒトの問題については、金柿代表も道半ばと発言されています。創業期から、絵本を通して「幸せな時間」を提供する、という社会への想いを発し、想いに共感する人が集う社会企業であることは一貫して続いていますが、ヒトを開花させていくメカニズムは、今は「社長1on1」に代表されるように、あるいは、村野さんの大抜擢ストーリーにおける金柿代表の役回りからもわかるように、金柿代表のヒト・ドリブン性に大きく負うところが大きい。

ですが、そろそろステージには変化が訪れそうです。村野さん、初見さんが自身の人生の主人公として、そして絵本ナビを愛する仲間として絵本ナビをよりよくしていこうとしている姿勢に、それは顕著に表れています。金柿代表が大切にしたいと気づいたヒト・ドリブンなありかたを、その人なりのやり方、あり方で体現するメンバーが現れた時に、絵本ナビの“ヒト・ドリブン経営”は黎明期から成長期へと移行し始めているのです。

 

 

 

絵本が紡ぐ“愛”の物語

大野誠一
ライフシフト・ジャパン株式会社 代表取締役CEO

 

「ヒト・ドリブン経営」とは、「人生100年時代」という大きな社会構造の変化に対応して、全ての従業員の充実した「100年ライフ」の実現を目指す企業の経営姿勢を象徴的に表す言葉です。
企業を評価する指標には様々なものがあります。P/LやB/Sといった財務指標、株価や時価総額といった株式市場での指標、さらに最近は、地球環境やサステナビリティに着目したESGといった指標にも注目が集まっています。
そうした中で、私たちが着目する「ヒト・ドリブン経営」は、そこで働く従業員の100年ライフの“幸せ”の実現を願う、とてもプリミティブな“愛情”を起点にした経営モデルと言えるかもしれません。企業の評価にあたって、企業自体を表す指標に頼るのではなく、そこで働く経営者と従業員の姿勢や意識を大切にする視点とも言えるでしょう。それは、企業を評価する指標としては、とても曖昧で儚いものかもしれません。しかし、これから始まる「人生100年時代」においては、従業員の「人生設計(ライフデザイン)」に対する感度を高め、従業員の「幸福度(Well-being)」を高めていくことは、全ての企業にとって、極めて重要な指標になると思うのです。

「幸せな時間」を企業理念に掲げる絵本ナビは、お客様に「幸せの時間」を届けることを目指しています。絵本ナビのベースにあるのは、絵本に対する愛情、絵本の作家や編集者に対する愛情、お客様に対する愛情、そして従業員とその家族に対する愛情です。愛情こそが「幸せな時間」につながるエンジンになっているのです。
絵本というニッチなマーケットからスタートした絵本ナビは、最先端の音声AI技術を活用した学習マーケットや海外進出といった新たなステージへの展開を発表しました。
愛情溢れる「ヒト・ドリブン経営」の更なる成長が楽しみです。