Captain’s View : 代表・倉貫氏が目指した「エンジニアが主役の会社」とは?

 

「みんなが夢を叶えるための場」を実現するコミュニティ型経営

上司も管理職もいない、評価制度もなく、売上げ目標やノルマもない、賞与は山分け、そんな管理ゼロのシステム開発会社がソニックガーデンです。
しかも、月額定額&成果契約という形で、顧問サービスを行う「納品のない受託開発」という独自のビジネスモデルを展開しています。
コロナ禍前から、オフィスもなくし全員がリモートワークという働き方改革のモデル企業のような存在でもあり、2018年には「働きがいのある会社ランキング」に初参加5位入賞を果たしました。
もともとTISという大手システム開発会社の社内ベンチャーが発祥で、現社長の倉貫義人氏らがマネジメント・バイ・アウト(経営者による買収)を行い、2011年7月に設立されました。
従来の会社の常識を大きく超えているソニックガーデンの経営スタイルには、どんな背景や思想があるのでしょうか。創業社長の倉貫義人氏にお話を伺いました。

ソニックガーデン 代表取締役社長 倉貫義人氏
聞き手 ライフシフト・ジャパン 代表取締役CEO 大野誠一

 

エンジニアが集うコミュニティ

―― 学生時代からプログラミングが好きだったんですか。

倉貫 そうですね。小学生の時から始め、プログラミングを将来の仕事にしたいと思っていました。まずは会社に入り仕事のやり方を学ぼうと、TISというシステム開発会社に就職しました。しかし、ちょうどその頃から業界全体のビジネスモデルが変わり始め、仕組み重視、プロジェクトマネジメント重視 の方向に舵を切り始めていた。私の理想とする働き方ができそうには思えませんでした。

―― どんな働き方、どんな会社が理想だったのでしょうか。

倉貫 学生時代、研究室の仲間たちとゲームソフトを作り、インターネットで公開していたんです。そのソフトを作るプロセスがとても楽しくて、クリティビティに溢れ、生産性も高く、自分自身も成長できたという実感があります。その時の様子を理想としていました。わかりやすくいうと、エンジニアが主役の会社でしょうか。

―― なるほど。その原体験が現在のソニックガーデンのあり方につながっているわけですね。ヒト・ドリブン経営というコンセプトも、会社が主役なのではなく、ひとりひとりが主人公であることを掲げています。では、視点を一段あげての質問です。倉貫さんにとって、会社とはそもそもどのような存在でしょう。あるいは、どんな存在であってほしいとお考えですか。

倉貫 一言でいうとコミュニティです。単純に人の集まりといってもいい。事業があり、お客様がいて、そのお客様にサービスを提供するのがわれわれの使命なのですが、それだけで説明できない。価値観や志を同じくした仲間が集い、コミュニティを形成すること自体にも大きな価値があると考えます。
共通の趣味を基盤に集まる趣味のコミュニティ、住むところが同じ者同士が集まる地域のコミュニティがあるとしたら、働き方やビジョン、エンジニアリング好きという共通項を持つ人たちが集まった職能コミュニティが、われわれではないかと。

 

採用基準はTIPSで表される

―― 実に明解です。その場合、コミュニティに加わるメンバーはどうやって選ばれるのでしょう。希望すれば誰でも入れるわけではないですよね。

倉貫 はい。採用基準があり、TIPSという言葉で表しています。まずは肝心要となるTechnique、つまり技術力です。次はIntelligence。知性がある方と一緒にいるほうが楽しいですから。そしてPersonality。コミュニティとはつまりは人間同士の集まりなので、やっぱり人間性が非常に大事だと思っています。最後のSはSpeed。プログラミングやコミュニケーションでのスピード感が合うかどうかです。このTIPSはオランダのプロサッカークラブが実践している選手の選考基準で、これはいいと僕らも使わせてもらっています。
といっても、採用するかどうかという意思決定はすぐにはしません。この基準を確実にクリアしている人とも判断がはっきりとはつかない人とも、まず一緒に仕事をします。そうやって仕事を通じて付き合っていくと、会社の中の人か、それとも外の人か、わからなくなってきます。そうなると、「社員と同じだよね」ということで、初めて雇用契約を結びます。

―― 当然、合わずに去っていく人もいる。

倉貫 もちろんです。採用というと、こちら側が一方的に選考する感じがありますが、そうではなくて、当人にも選ぶ権利がある。結婚と同じで、相思相愛の確認を積み上げていき、お互い、ここまで来れば安心という段階で、じゃあ一緒に働きましょう、となる。それがソニックガーデン流の採用です。

―― 先ほどのTIPSで見極めが難しいものを挙げていただくとしたら、何でしょう。

倉貫 ……どれも難しいですね(笑)。とはいうものの、技術力はエンジニア同士で見れば比較的早めにわかるかなあ。知性と人間性、それにスピードは実務やコミュニケーションを通して、見ていくしかないので、時間がかかります。
難しいのは、お互いが見極めたいと思ってしまうこと。そうなると、うまくいかないんです。

―― どういうことでしょう。

 

 

「あなたVS私」ではなく「問題VS私たち」

倉貫 僕は社員に「問題VS私たち」という関係性を大切にしよう、といつも話しているんです。これが「あなたVS私」になると、どちらの意見が通るか、どちらが通らないか、という話になり、人間の意地やメンツが関わってくるので、問題がややこしくなる。そうではなく、問題自体に対峙しようと。
採用の場面でも、「どうしても御社に入りたい。どうすれば入れてくれますか」という姿勢の応募者がいます。でもこれはソニックガーデンに向き合っているだけで、この人自身がやりたいことはもちろん、ソニックガーデンが成し遂げたいことに向き合ってくれていない。「あなたVS私」の関係性であり、永遠に分かり合えない。
そうではなくて、入社したらソニックガーデンをこう変えていきたい、自分が入るとソニックガーデンにはこんないいことがある、という話だったら、「そうではなくて、これはどうですか」「一緒にやっていくにはどうしたらいいか、考えましょう」という話ができる。「問題VS私たち」という考え方ができるかどうかは、その人の知性や人間性を計る判断材料の一つかもしれません。

―― それはとても重要な視点ですね。

倉貫 「納品のない受託開発」という仕事のプロセスでも、まさにこの実践が問われるんです。僕らはお客様の受託開発をしているのですが、お客様に向き合ってはならない。向き合うと、お客様が欲しい物を作ってしまう。でもそれがお客様にとって本当に価値あるものなのかわからないんです。もしかしたら、お金と時間の無駄遣いに終わってしまうかもしれない。
そうではなく、お客様の向き合っている問題にわれわれも一緒に向き合う。「お客様VS私たち」ではなくて、「問題VSお客様と私たちのチーム」という図式が成立することが、われわれの仕事には不可欠なのです。

 

会社の規模は社会が決める

―― こうしたユニークな企業を立ち上げ、運営するにあたって、「これはやらない」「これは諦めた」という事項があったら教えてください。

倉貫 当社は創業10年を迎えようとしていますが、社員数は約50名しかいません。急成長はしていませんしそれを目指してもいない。急成長を諦めているという感じでしょうか。

―― どのくらいの規模まで増やそうというスケール感はありますか。

倉貫 僕らはコミュニティ型企業であり、かつ受託開発が事業の柱で、商品やサービスを売っているわけではないので、社員が増えない限り、売り上げも伸びないんです。身の丈に応じた成長しかできないんです。
以前は社員数が少なくていいと思っていました。15名くらいになった時、この規模でずっと行ければと。とはいっても、ありがたいことに入社したいという人はたくさんいらっしゃるし、お客様からの仕事の引き合いも多い。どちらの要請に応えても社員を増やすことになる。どうしたらいいか、悩んだことがあったのです。
当時から僕らはコントロールできるものとできないものを分けて経営をしていました。
オフィスをどうするか、働く環境をどうするか、使用するツールをどうするか、これらはコントロールできる。できるからやる。一方で、社員をやる気にさせる、いい人を採用する、いいお客様を探してくる、これらはコントロールできない。だから、やらない。
その前提で、先の15名から社員を増やすべきか増やさずにおくべきか、という問いに立ち返ってみると、「増やさない」という選択をする場合、「会社の規模を小さく保つ」というコントロールをしようとしていることなんだ、と気づきました 。
会社の規模は果たしてコントロールできるのか、と思ったら、「できない」というのが僕の結論でした。会社は成長する時は勝手に成長し、魅力がなくなって社員やお客様が去って行ったら、自然にシュリンクするだろうと。結果、会社の規模感を、経営目標から外したんです。

-- なるほど。

倉貫 「うちは10年後に1000億円を目指します」と、目標とする規模感を公言する経営者はたくさんいます。でも、目指しても叶うとは限らない、できることにフォーカスするほうが健全だと思うんです。
後で知ったんですが、松下幸之助さんが「会社の大きさは社長が決めるものではなく、社会が決める」という言葉を遺しています。経営の神様と同じことを考えるなんて、僕も大したもんだと思いました(笑)。

 

現実主義を貫き、理想論は持ち込まない

―― 倉貫さんには、「こうありたい」というベンチマーク企業はありますか。

倉貫 創業当初は、アメリカの37signals(現在のBasecamp)というソフトウェア企業がそうでした。社員は尖ったエンジニアばかり、かっこいい憧れの企業でした。でも、ある時から僕らも自分たちなりの経営スタイルが身についてきて、いつしかその意識は薄れていきました。

―― そのスタイルとは何でしょう。

倉貫 現実主義ですね。「こうあるべきだ」という理想論を経営に持ち込まない。そうではなくて、今いる社員、今ある組織、今いるお客様を幸せにすることを念頭に置き、自分たちの手元にあるカードを見ながら、最適な手をその都度、考え打っていく。その結果、会社が大きく成長するかもしれないし、しないかもしれない。
そうやって試行錯誤を繰り返した結果、これは間違いないと確信したことがあるんです。
社員がいて、彼らがやりたいことや実現したいことがある。それを社内で発信してもらう。それが会社としても応援したい、つまり会社の目指すことと 合致しているのであれば、どんどん進めさせる。そうすると、その人に合わせた新しい制度ができることもあるんです。

 

人に合わせて制度ができる

―― リモートワークもそうですよね。

倉貫 はい。創業して初めて社員を公募したら、在宅勤務希望だったので認めたわけです。と同時に、リモートワークの制度ができた。そのうち、地方に移住したいという社員が出てきて、移住者でも支障なく働ける仕組みを整えました。社員の数が増えていくと、リモートワークの希望者が増え、ついにはオフィスを構える意味がなくなり、なくしてしまいました。人に合わせて制度が変わり、人に合わせて事業も広がる。そんな感じです。

―― それはどんなイメージなのでしょうか。

倉貫 羊を放牧しているイメージです。牧草地で大人しく草を食む羊ばかりではありません。牧草地から離れた場所に出かけていき、おいしい草を見つける羊もいる。その時、「出たら駄目だよ」と叱りつけるのではなく、「そこに行ったか。仕方ない、そこもうちの牧草地にしよう」と、会社がカバーする範囲を広げてきた感じでしょうか。

 

内発的動機だけで経営が回る

―― 放牧経営ですか。面白いですね。この連載の第二回に登場していただいたサイボウズ社長の青野慶久さんも同じようなことを言っていました。社員のわがままを聞き続けたら、新しい人事の仕組みや働き方が広がっていったそうです。

倉貫 僕らが大事にしていることがもう一つあって、それは「何々がしたい」という内発的動機付けだけを基点にして経営するということ。外発的動機付けにつながる仕組みは入れない。報酬は一律、賞与も山分けしているのは、昇給をちらつかせたコントロールをさせないためです。上司部下関係がないというのも、権力によって人を動かすことをよしとしないからです。
「何々がしたい」はわがままとは少し違います。仕事の種類、内容、あるいは事業、あらゆる面で本人がやりたいこと、実現したいことをやってもらう会社、それがソニックガーデンだと思います。

―― 聞けば聞くほど、いい会社で、日本に同じような会社がもっとできればいいと思います。ソニックガーデンのような会社は増えないでしょうか。

倉貫 増えないような気がします。起業家と呼ばれる人たちは何か達成したいこと――お金儲けでも社会課題の解決でもいいんですが――があって会社を作るはずですが、その時に僕らのような経営スタイルは非常にまどろっこしいのではないかと。
組織構造や役割、管理の在り方を明確にしたり、頑張った分だけ昇給したり賞与がもらえる、というオーソドックスなスタイルのほうが、会社の成長は多分早い。だとしたら、大半の起業家はあえて回り道を行かず、後者のやり方を選ぶはずではないかと。

―― それはわかりますね。

チームとコミュニティの違い

倉貫 最初の話に戻ると、そうならないのは僕らの会社がコミュニティだからだと思うんです。
コミュニティに似た言葉でチームがあります。チームはミッションから始まり、目標達成したらゴールがある。そのゴールに向けての活動なので、活動自体に意義があり、メンバーはそのための役割を果たさなければならない。採用は即戦力となる人材が優先され、当然、スキル重視です。それは戦争や冒険にも通じるものがあります 。何かを達成するとか、誰かに勝利することが目的になっているわけです。

―― 多くの起業家が志向するのはこのチーム型経営ですね。

倉貫 その通りです。一方、僕らが実践しているのがコミュニティ型経営です。ミッションよりはビジョン重視で、価値観に共感して仲間が集まってくる。終わりがあるわけではなく、続くことが前提です。「何かをする」より、「どういう状態である」ことのほうが大事で、メンバーは時に休んで役割を果たさなくても、所属しているだけで価値がある。
メンバーに安心安全を提供していくことが組織の目的であって、即戦力ではなくても、組織が生き延びることを考えれば、将来を担う新卒も採用する。戦争や冒険というより国とか町の統治に似ています。

―― なるほど。ソニックガーデンの元社員が、同じような仕組みの会社を作るケースはないんですか。

倉貫 今後、出てくるかもしれないですが、今のところはないですね。ソニックガーデンも僕の会社という感じが全然ないんです。株式を 持っていますから、資産面では僕の会社と言えるかもしれないけど、だからといって権力がある わけではない。むしろ、社員のほうが自分たちの会社だと思っているはずです。

―― 社員にとって、ソニックガーデンはどんな価値を持っているのでしょう。

倉貫 そうですね……。もはや生活の糧を得るだけの場では ないでしょう。おそらく、自己実現の場、夢を叶えるための場、やりたいことをやるための場所ではないかと。

 

PROFILE

倉貫義人(くらぬきよしひと)
ソニックガーデン 代表取締役社長
「納品のない受託開発」という月額定額&成果契約で顧問プログラマを提供する株式会社ソニックガーデンの創業者で代表取締役社長。アジャイル開発のエヴァンジェリスト。1974年生まれ。京都府出身。大手SIerにてプログラマやマネージャとして経験を積んだのち、2011年に自ら立ち上げた社内ベンチャーのマネジメント・バイ・アウトを行い、株式会社ソニックガーデンを設立。「納品のない受託開発」という斬新なビジネスモデルは、船井財団「グレートカンパニーアワード」にてユニークビジネスモデル賞を受賞。会社経営においても、全社員リモートワーク、本社オフィスの撤廃、管理のない会社経営などさまざまな先進的な取り組みを実践。2018年には「働きがいのある会社ランキング」に初参加5位入賞と、「第3回ホワイト企業アワード」イクボス部門受賞。著書に『ザッソウ 結果を出すチームの習慣』『管理ゼロで成果はあがる』『「納品」をなくせばうまくいく』『リモートチームでうまくいく』がある。(ブログはこちら)