“ヒト・ドリブン”コミュニティの可能性
豊田義博
ライフシフト・ジャパン株式会社 取締役CRO/ライフシフト研究所所長
VUCAだからこそ“ヒト・ドリブン”でありたい
代表・加藤氏がインタビューで語ってくれたこのフレーズは、新たに生まれようとする会社が、“ヒト・ドリブン経営で行こう!!”と意思決定するプロセスを明確に表しています。
東日本大震災という大惨事は、現代がいかに予測不能な、不連続な社会であるかを私たちに強く感じさせるものでした。それは、会社という存在の「あり方」にも大きな問いを投げかけました。規模や固定資産の拡充、中長期的かつ精緻な事業計画という「安定・発展の公式」が大きく揺らいだのです。
その時に、加藤氏はじめエンファクトリーの経営陣は、実に大きな意思決定をしています。それは、何をする会社か、という枠組みを決めなかったことです。オールアバウトからのスピンオフですから事業基盤はあったわけですが、それに限定せずに、「自分たちが好きなことをやろう」という合意形成に至った。そして、自分たちとは、経営陣に限ったことではなく、会社という箱にかかわるすべての人です。
ヒトが真ん中にあり、会社とは、そのヒトがやりたいことをする場であり、自立するための基盤である。“専業禁止”という言葉はキャッチーであり、また、それまでの会社の常識から見ればトリッキーなものですが、社員一人ひとりの自立を支援していく会社であろうとすれば、会社という限られた箱に一人ひとりを押し込めるという個人と会社の関係から飛び出すことが必要だった。“専業禁止”は、加藤氏らの想いが詰まったエンファクトリーのシンボルだったわけです。
想いが生まれ、変身資産が育まれる場
そんなエンファクトリーには、飯田さんのように高い実績を上げたプロフェッショナルが入ってくることもありますし、「自分探し」の真っ最中だった松岡さんのような人が入ってくることもあります。“大人ベンチャー”というフレーズに現れているように、いろいろな人を融通無碍に受け止める懐の深さがあるのでしょう。現に、飯田さんはホラクラシーなチームを創るという自身のテーマを実現しつつありますし、松岡さんも、専門家事業の一員としてスタートし、3年目にはマネジャーを任され、自ら副業も始め、障碍者である甥を想い、場づくりをしたいという自身のテーマも生まれています。
松岡さんのように、自分の中に眠っている自分の想いと出会うことができるのは“ヒト・ドリブン”な会社である証左ともいえます。そうした「自分との出会い」を育んでいるのは、エンファクトリーという場に集まっている仲間たちとの交流でしょう。メンバーの複業体験の共有の場であるen Terminalに代表されるように、それぞれの活動とその背後にある想いを知る機会が埋め込まれているのです。加藤氏は、インタビューの中で「人は身近な人に影響を受ける」と発言しています。ヒトを知ることを通じて、自己との対話が活性化され、自分の中に想いが形成されていくのです。
松岡さんのようにテーマが生まれた人は、エンファクトリーにはたくさんいるのでしょう。それは、同社をやめた人たちの多くが独立・起業している、という処からも想像できます。この事実は、想いが形成されるだけではなく、変身資産が高められる場であることも立証しています。
やめた後も、入る前も。新しいつながりの形
そして、その人たちともフェローという関係でつながる。このようなつながりがあることは、独立してフェローとなった方にとってはもちろんのこと、社員にとっても大きな意味があります。会社というものが単なる箱であり、その箱とのかかわり方は、入るか出るか、所属するか離脱するか、という二元論的なものではないことを示す実例を目にすることで、ヒトは自身のライフキャリアに対して、より主体的に、自立的になっていきます。
つながり方について、もう一つ。飯田さん、松岡さんに共通点があります。それは、二人とも、入る前に加藤氏とつながっていたこと、そして、加藤氏からのコールに対するレスポンスという形でエンファクトリーの一員となっていることです。これを単なる偶然とは考えにくい。加藤氏に確認はしていませんが、リクルーティングのひとつのルートなのかもしれません。エグゼクティブサーチでは、キャンディデートに定期的に連絡を入れるという手法は一般的なものですし、社員とつながりがある人材や過去の採用活動で接点があった人材にアプローチする手法も広がりを見せています。やめた後もつながるだけではなく、入社する前からつながっている、という新しい「旅の仲間」のスタイルは、“ヒト・ドリブン”な関係性のひとつなのかもしません。
その延長上に、“ヒト・ドリブン”コミュニティという可能性が見えてくるようにも思います。“ヒト・ドリブン”に働きたい人たちが、“ヒト・ドリブン”な会社を渡り歩いていったり、複数の会社と関係を持つくような世界です。この連載を通して出会った“ヒト・ドリブン”な会社の中には、すでにつながっている会社もありました。遠くないうちに、そのような世界が実現するような予感がしています。
“チームランサー”を体現する会社
大野誠一
ライフシフト・ジャパン株式会社 代表取締役CEO
「Teamlancer(チームランサー)」は、エンファクトリーが開発・提供する共創のためのプラットフォーム・サービスです。“チーム”と“フリーランサー”を組み合わせた造語をサービス名とするこのプラットフォームでは、企業に所属する人かフリーランスかを問わず、様々な立場の人たちが、プラットフォーム上で自由にチームをつくり、多様なプロジェクトを立ち上げています。キーワードは「共創」。その意味するところは、「互いの個性や価値観を認め、能力を補完し高め合いながら新しい価値を『共』に『創』り上げていくこと」と表現されています。この言葉は、まさにそのままエンファクトリーという会社のパーパス(存在意義)を表しています。
働き、生きる、一人ひとりの“個人”を起点に考える“ヒト・ドリブン経営”において、「会社」とは人を抱え込み、縛る存在ではありません。私たちは、もっと「会社」から自由になりたい。一人ひとりが「会社」の枠を飛び越えて、自由に集まり、結び付き、新しい価値を共創するプロジェクト型の働き方が始まっています。そうした動きは、一つの会社に依存することのリスクを強く意識させたパンデミックを経験したことで、さらに加速しています。
“チーム”とか“プロジェクト”といった集団・組織は、何らかの社会課題の解決するために、「何をなすか(Do)」をテーマに掲げて組成されるものです。そこには、そのテーマに興味・関心を持ち、その実現のために何らかの貢献をしようとする“個人”が集まって来ます。
これまで「会社」という組織も同様に「何をなすか(Do)」というビジョンやミッションを掲げ、その旗印の下に“個人”を集めるケースが多かったでしょう。しかし、「会社」のパーパスは、「Do」だけではないのです。
会社というものは、「何をなすか(Do)」ではなく、「どうあるか(Be)」だけをパーパスとして存在することが出来る。エンファクトリーは、そんなことを気付かせてくれる会社の未来像なのかもしれません。