Discovery : 佰食屋の“ヒト・ドリブン経営”から何を学ぶか?

 

“時間”が生み出す多様な価値

大野誠一
ライフシフト・ジャパン株式会社 代表取締役CEO

「売り上げを、減らそう。」

この刺激的なタイトルは、一日100食限定の国産牛ステーキ丼専門店『佰食屋』を経営する株式会社minitts、代表取締役の中村朱美さんが2019年に出版した初めての書籍のタイトルです。そのサブタイトルには「たどりついたのは業績至上主義からの解放」と書かれています。
今、飲食店業界は、新型コロナウイルス感染拡大の影響で苦境に喘いでいます。未曾有のパンデミックの危機の中で生き残りを図るために、テイクアウトの拡充やランチ営業へのシフトなど、様々な取り組みが図られていますが、まだまだトンネルの出口は見えない状況が続いています。こうした状況を招いているのは、飲食業界が構造的に長時間労働を前提として、アルコール類の販売が伸びる夜〜深夜の時間帯まで店を開け、売上アップを図らなければ成り立たない経営を続けて来た事もひとつの要因だといわれています。
しかし、『佰食屋』は、同じ飲食店とは思えない営業形態で、このパンデミックの危機を乗り越えようとしています。『佰食屋』のヒト・ドリブン経営を紐解いていくために、まずはその営業形態をご紹介していきましょう。
京都市右京区西院の住宅地に店を構える『佰食屋』は、わずか10坪、14席の定食屋さんです。メニューは、「国産牛ステーキ丼」(1,000円+税)、「国産牛おろしポン酢ステーキ定食」(1,100円+税)、「国産牛100%ハンバーグ定食(限定20食)」(1,000円+税)の3種類。サイドオーダーはお味噌汁とミニサラダの2種類。それに飲み物がジュース、コーラ、ビール、赤ワイン。徹底的に絞り込んだメニューです。営業時間は、11:00〜14:30の3時間半。
毎朝9:30から営業時間を30分単位に分けた整理券を配布しています。つまり、営業開始の11:00から14:30まで、30分単位で7回分の整理券(14席×7回=98食)を配布すれば、その日に販売できるのは「残り2食分のみ」という事になるわけです。つまり、ほぼ毎日、100食を「完売」し続けている『佰食屋』は、営業時間中は、常に“満席”状態が続いているという事です。『佰食屋』は、この営業形態を毎日、確実に繰り返しているのです。逆の見方をすれば、毎日100食限定で持続的な経営を実現するためには、これほどの密度が必要だともいえるのでしょう。
そして、そこで働く社員やパートスタッフは、閉店後に賄いを食べて、店の掃除や翌日の仕込みを済まして、夕方には店を出て、家路に着きます。
『佰食屋』が最も大切にしているのは、こうして生み出される「時間」です。中村さんは、
「従業員がお金ではないインセンティブでモチベーションを保てることを証明したかったんです。それはずばり時間です」と語ってくれました。残業のない短時間労働を実践できる営業形態を開発し、そこに価値を感じる人だけを採用する。インタビューに登場いただいた武市さん、濱田さんも元々はお客として『佰食屋』に通っていて、その営業時間の短さに惹きつけられて入社しています。『佰食屋』は、“時間”を軸にしたヒト・ドリブン経営を実践しているともいえるでしょう。それは、これまでの一般的な飲食店が想像もしなかった経営の形なのかもしれません。

 

 

「早く帰れる」ことが生み出すもの

営業中は常に満席で、密度の濃い“戦場”のような時間を送るけれど、100食を売り切れば、まだ陽のある内に帰路に着く。そんなサイクルの中で、『佰食屋』で働く一人ひとりは、豊かな“自分の時間”を手に入れています。
武市さんは、毎晩、家族と夕食を共にする、ゆったりとした時間を過ごしています。それは、以前の回転寿司チェーン店勤務の時には想像できなかった時間です。そうした時間を手に入れたことで、武市さんにとって仕事は、「お金を稼ぐための苦役」から「自分が今できること、できないことを見つめ直す時間」に変わり、将来の夢を考えることもできる様になったといいます。
もう一人の濱田さんは、夏には帰宅後に自転車で鴨川沿いに散歩に出て、本を読む至福の時間を手に入れました。以前、長時間労働の喫茶店で働いていた時にはおろそかになっていた家の掃除や夕食の準備をしっかりやれる様になり、生活のクオリティーは明らかに上がったことでしょう。

書籍『売り上げを、減らそう。』の中で中村さんは、「業績至上主義」を棄て、100食限定という“制約”がもたらすメリットの第一に「早く帰れる」を挙げています。そして、「早く帰れる」ことで、従業員は「自分の好きなことに使える時間を必ずとれる」ようになり、日々の生活を「丁寧に暮らせる」ようになる。それは、人生の「自己決定権」を手に入れることにつながると。

『佰食屋』を通じて見えてくるのは、「ヒト・ドリブン経営」は、一つの経営モデルではなく、実に様々な無限のバリエーションがあるという事です。社員の自主性・自立性を大切にするホラクラシーな組織運営を志向するモデルや副業や独立を推進して新しい個人と会社の関係を模索するモデルなどが注目を集める中で、「時間」にフォーカスすることで「ヒト・ドリブン」を実現することもできることを『佰食屋』は証明してくれています。
共通するのは、それぞれの「ヒト・ドリブン」の理念や経営スタイルを明確に示し、そこに価値を見いだす個人が集まっていることでしょう。『佰食屋』の求人活動はハローワークでしか行っていません。今やあたり前になっている民間の各種求人サービスを使わずに、ハローワークを通じて“おどおどする人”を採用する。それこそが、『佰食屋』の「ヒト・ドリブン経営」を実現するために最適の採用ノウハウでもあるのです。

 

 

コロナ襲来! “家族”を守るための決断

100食限定で「早く帰れる」ビジネスモデルを確立した『佰食屋』も2020年、新型コロナウイルスの危機に襲われました。「社員は“家族”のような存在」と語ってくれた中村さんのこの時の決断の速さは驚くべきものでした。初めての緊急事態宣言が出る前日の4月6日には4店舗中3店舗の休業を決め、本店もテイクアウトのみの営業に移行。そのわずか5日後の4月11日には2店舗の閉店を決めています。経営者として、解雇をともなうこの決断が決して簡単ではなかったことは間違いありません。それにも関わらず、これほど早いタイミングでこの決断が出来たのは、中村さんが「会社」と「家族(=従業員)」を天秤にかけることなく、「家族」の生活と人生に意識を集中していたからでしょう。1ヶ月分の給料を上乗せして支払うことで当面の生活の不安をなくし、早い時期に解雇することで再就職のチャンスを逃さないようにする。言われてみれば理詰めの決断ですが、この時期にこうした決断ができた経営者は、ほとんどいなかったでしょう。これもまた、『佰食屋』流のヒト・ドリブン経営の成果なのかもしれません。
その後のコロナ危機への対応は、見事としか言えないものです。2店の閉店を決めた4月11日の時点で、テイクアウトのメニューの展開や休業していた『佰食屋1/2』の再開スケジュールなどを綿密にスケジューリングし、S N Sを活用した集客マーケティングを徹底的に展開していきます。本店のメイン・メニューであるステーキ丼の商品力を活かしながらも、その商品力だけに頼るのではなく、出来ることを徹底的にやり切ることの大切さを教えてくれます。そして今、中村さんは、こうした経験とノウハウを広めることに精力を傾けています。しかし、最も重要なポイントは、マーケティングや集客のノウハウではなく、従業員を“家族”と捉える“ヒト・ドリブン”な姿勢なのだと思います。
そして、コロナ危機は、中村さんの経営ビジョンにもさらに大きな転機をもたらしました。元々、ステーキ丼をメインとする『佰食屋』本店は、どんなに知名度が上がり人気が出ても、多店舗展開は行わない方針を明確に持っていました。一方、一日50食限定で展開する『佰食屋1/2』は、“働き方のフランチャイズ”として全国展開する構想を持っていましたが、コロナ危機を経て完全にストップ。“withコロナ時代”を冷静に見据え、“拡大”から“唯一無二”の存在への転換をさらに明確にしたと言えるでしょう。

 

 

パラレル・アントレプレナー

『佰食屋』代表の中村朱美さんは1984年生まれ。専門学校の職員として広報業務に携わった後、2012年に『佰食屋』をオープン。その後、一時は「すき焼き」と「肉寿司」の専門店に加えて『佰食屋』のフランチャイズ展開を目指した国産牛とろにく重と焼肉重の専門店『佰食屋1/2』の4店舗を展開し、トータルの売上高は1億3,000万円を超えるまでに成長しましたが、2020年のコロナ危機の際に「すき焼き」と「肉寿司」の専門店を閉店し、現在は2店舗を運営しています。

中村さんの受賞歴は凄まじい。取材時の名刺に記載されているだけでも、第4回京都女性起業家賞・京都知事賞(最優秀賞)、第3回LED関西ファイナリスト 過去最多賞受賞、第4回京信・地域の起業家大賞最優秀賞、JVA2018ワークライフバランス推進特別賞、はばたく中小企業・小規模事業者300社2018、第32回人間力大賞・農林水産大臣奨励賞、日経WOMAN【ウーマン・オブ・ザ・イヤー2019】大賞、Forbes JAPAN WOMAN AWARD 2018 新規ビジネス賞、WIRED Audi INNOVATION AWARD 2019、ビジネス書グランプリ2020 イノベーション部門1位。
女性起業家として、売上拡大を目指さない『佰食屋』のビジネスモデルが高く評価されただけでなく、「働き方改革」が叫ばれていた時代背景の中で「超ホワイト企業」のモデルとなったことも大きかったのだと思います。「早く帰れる」ことを大切にする『佰食屋』の経営スタイルは、中村さん自身の切実な願いから生まれたものでもあります。2016年に出産した長男が脳性まひを患っていることが分かり、家族と過ごす時間をなるべく長く確保し、晩ごはんは必ず一緒に食べたいという想いを実現するために、働き方をどんどん変えていった結果、超ホワイト企業『佰食屋』は生まれたのでした。

そんな中村さんがこれから目指すのは「パラレル・アントレプレナー」。
女性起業家として注目を集め、テレビなどのマスコミにも頻繁に登場する中村さんの様な立場になると、女性起業家の集まりや団体との接点が増えていくものですが、家族と過ごす時間を最優先にする中村さんは、そうした女性起業家や企業経営者との付き合いはほとんどありません。それよりも多種多様な本を読み、自分の頭で考え、様々なアイデアを形にすることで、『佰食屋』とはまた全く違うビジネスを生み出すことに喜びを感じると語ってくれました。『佰食屋』を生み出した起業家が、これからどんな新しい事業を生み出していくのか、楽しみに待ちたいと思います。