Captain’s View:代表・井手直行氏が考える「人生に幸せを!」とは?

 

社員は家族、顧客は友人、

社員が幸せでなければすべてが駄目になる。

長野県軽井沢町に本社を構え、「よなよなエール」「インドの青鬼」「水曜日のネコ」など、ユニークなネーミングの製品をヒットさせ、日本のクラフトビール市場を牽引するヤッホーブルーイング。製品名だけではなく、会社の中身もユニークです。
まず全員がニックネームで呼び合います。部署名も「よなよなエール広め隊」(広報)、「ヤッホー盛り上げ隊」(人事・総務)、「ハッピーお届け隊」(物流)と、それぞれのミッションがより明確にわかるようになっています。
星野リゾートの代表、星野佳路氏が1997年に同社を創業、ほどなく営業職として入社したのが井手直行氏でした。
初期は折からの地ビールブームに乗り売上げを伸ばしたものの、ブームが去ると、売り上げはあっという間に急降下します。
その危機を救ったのが、井手氏でした。ネット通販を推進して業績をV字回復に導き、2008年には星野氏に代わって社長に就任しました。
最近では一部の熱狂的ファンからの支持拡大を狙うファンマーケティングの模範企業ともいわれる同社。社員の力を最大限に引き出し、組織の力に変えるコツを伺いました。

ヤッホーブルーイング:代表取締役社長 井手直行氏
聞き手:ライフシフト・ジャパン 代表取締役CEO 大野誠一
(8月11日にインタビュー)

 

 

料飲店と観光地は厳しいが、巣ごもり消費が好調

―― 今回のコロナ禍は御社の事業にどのような影響を与えていますか。

井手 数字でいえば二極化しています。巣ごもり消費のおかげで、ネット通販、コンビニエンスストア、スーパーの売り上げが急増した一方、観光業が振るわないので、地元、軽井沢の売り上げは壊滅状態です。飲食店も非常に厳しいです。アメリカを中心に輸出もしていますが、これも厳しいですね。トータルでいえば、巣ごもり消費の需要のほうが大きく、全体の業績はプラスに推移しています。

―― それは明るい話ですね。働き方への影響はどうでしょう。

井手 製造スタッフなどを除き、私を含め、全体の3分の2がオンラインの在宅勤務になりました。うちの会社は今まで、社員同士の対面での密な対話を大切にしてきたのですが、それができなくなってしまいました。でも、半年くらい試行錯誤を続け、今はコミュニケーションに支障ないレベルにまでなっています。

―― ヤッホーブルーイングはもともと、組織運営のかなめとして、チームビルディング研修に注力してきたと伺っています。それが奏功したということでしょうか。

井手 はい、それがものすごく大きいですね。あとは東京に営業所があり、本社との連絡はオンラインでやるのが当たり前でした。それも効いています。

 

チームビルディング研修を5種類走らせる

―― コロナ前のお話で結構なんですが、研修はどんな感じでやられていたのでしょうか。

井手 3カ月の間に、丸一日の研修を5日間行うのが基本プログラムです。これをTBP(Team Building Program)1.0と名付け、10年間、続けています。最近ではそのほか、3時間のベーシック版TBP0.5、それに内容を少し加味したワークショップ、1.0を受講した人向けの同1.5、TBPのファシリテーターを養成する2.0と、計5つのプログラムを走らせています。

―― 充実していますね。内容はオリジナルなんですか。

井手 一部がそうです。うちは楽天市場のネット通販でブレイクしました。私がその楽天主催のセミナー(楽天大学)でTBPを受講したことがすべての始まりで、目から鱗が落ちたんです。今はそのプログラムは楽天では行われていないのですが、当時の楽天大学の学長と、TBPのファシリテーター、そのお二人にTBP1.0以外のサポートをしてもらっています。ヤッホーオリジナルの要素が含まれているのはTBP1.0で、参加は任意ですが正社員の大半が受講しています。

―― 膨大な時間とエネルギーをかけてきた。

井手 はい。僕が社長に就任したのが2008年です。それ以前は毎年30%から40%の急成長を遂げていたのですが、就任後の3年間は微増でした。その原因は、山のような経営課題を後回しにして、まさにこのチームビルディング研修に注力したことだったんです。

―― その3年が経過した後、チームワーク重視の文化がヤッホーに根付いたと考えていいでしょうか。

井手 おっしゃる通りです。その3年が過ぎたあたりから、売上げもV字回復していきました。

 

人に負けない強みを持つ「知的な変わり者」であれ

―― なるほど。資料を拝見すると、ヤッホーの企業文化は、まず「フラット」「究極の顧客志向」「自ら考え行動する」「切磋琢磨する」「仕事を楽しむ」という5つの標語で構成されています。しかも、「頑張れヤッホー!」という意味で、それをガッホー文化と呼んでいると。先ほどのチームというのは、「フラット」「切磋琢磨する」にかかってくるような気がします。そして、ガッホー文化、最後の六つ目に「知的な変わり者」が来る。知的はともかく「変わり者」ですか。面白いですね。

井手 ありがとうございます。よく誤解されるんですが、「奇妙な行動をとる」という意味ではないんです。その人が持っている強みを伸ばす、ということなんです。世の中のレベルをちょっと超えると「すごいね」といわれますが、はるかに突き抜けたレベルになると、「あの人、ちょっと神がかって変だよね」となる。それを指しているわけです。
私の場合でいうと、人に注目されると力が湧き出てくるタイプなので、一時期、公式なパーティなどでよく仮装をしていました。でも私は断じて仮装マニアではありません。

―― そうやって目立てば、ヤッホーのPRになると考えたからですね。

井手 その通りです。たとえば、初対面の人とでもあっという間に仲良くなれる人がいたら、それを生かして仕事をすればいい。要は本人の個性を突き抜けるくらい伸ばしていい、出る杭は打たず逆に伸ばしまくる会社なんだ、ということです。

 

 

気になるのはアメリカの靴通販ザッポス

―― 井手さんは星野さんから継承されたヤッホーという会社を一からつくり直して、今日の姿にしました。「かくありたい」という理想の状態を頂上だとすると、現時点で何合目あたりまで来ていますか。

井手 う~ん、3合目くらいでしょうか。

―― 随分低いですね。

井手 理想が常に高くなっているからです。

―― どこかベンチマークしている会社はありますか。

井手 アメリカの靴の通販会社ザッポスが気になっています。社員が自分の仕事に誇りをもち、とても楽しそうに自発的に働いているそうです。
背景にはそれを可能にする強力な企業文化と、うちと同じフラットな組織がある。『ザッポスの奇跡』(廣済堂出版)という本を書いた、石塚さんというアメリカ在住のコンサルタントからいろいろ教えてもらっているのですが、ヤッホーの社員以上に、ザッポスの社員はいきいきと働いている気がする。

―― 社員がいきいきと働いているか、というのは、企業を見る時にとても重要な視点だと私も思います。私たちが掲げている“ヒト・ドリブン経営”においては、「会社はそこで働く人たちを幸せにする器」と規定しています。それでいうと、ヤッホーのミッション「ビールに味を!人生に幸せを!」というのはまさにドンピシャです。「人生に幸せを!」というのは、社員のそれも含まれますよね。

井手 もちろんです。社員はもちろん、顧客、ファン、取引先、地域社会、すべてのステークホルダーを含みます。

 

顧客志向のための社員第一という考え方

―― 昔からそうだったんですか。

井手 正直いうと違います。売上げが悪く、潰れそうだった時、反転の起爆剤となったのが、楽天市場におけるネット通販だったのですが、それこそ、楽天主催のパーティで私が仮装したり、面白いメルマガを発行したり、お客様、つまり私たちがいうファンの皆様に喜んでもらうことで、蘇ることができたんです。その成功体験があるので、何よりファンに喜んでもらおう、顧客第一で行こう、と社員にも口酸っぱく言っていました。
でも、そう言われても、人が足りず忙し過ぎるとか、社内の人間関係がうまく行かないとか、多くの社員は不満を感じていたようです。
われわれは、自分たちが取り組んでいるのは単なるビール事業ではなく、ビールを中核に置いたエンターテイメント事業だと規定しています。でも、そんな不満だらけの社員が「うちのビールはおいしいですよ。飲むと楽しいですよ」と口にしても、説得力に欠け、真実味がありません。ファンにまったく響かないんです。
その時に思ったんです。顧客が大事、ステークホルダーが大事だからこそ、社員が幸せでないと駄目だと。社員が不幸せだと、事業が成り立たず、顧客もその他のステークホルダーも満足させられない。逆に社員が幸せで、やる気を出して楽しく、モチベーション高く働いてくれさえすれば、結果は全部ついてくると思ったんです。

―― あえて順番をつけると、社員、顧客、その他のステークホルダーでしょうか。

井手 そうですね。とにかく社員が幸せでないと、すべてが駄目になってしまう。

 

 

個性や強みを生かせると、人は幸せを感じる

―― 社員に幸せに働いてもらう秘訣というのはあるのでしょうか。

井手 先ほどお話した、自分の個性や強みを生かして働いていると、人は幸せを感じるものです。人は得意なことを仕事にすると最も輝くもの。その得意なことや各自の強みを見出すために、ストレングス・ファインダーという資質診断テストを全社員に受けてもらっています。それによって、人間に34あるとされる資質のうち、上位5つの資質が判明します。上位にある資質を磨くことでその人の強みとなります。
例えば、Aさんが数字に強いのは分析志向という資質を持っているからだ、Bさんが物知りなのは学習欲という資質があるからだ、ということがわかるんです。ユニットディレクターと呼ばれるリーダーは各メンバーの資質をよく理解したうえで、それが強みとして発揮できる仕事を各自に割り振るようになっています。

―― なるほど。そのユニットディレクターも立候補制で、上から「やってください」はないと。

井手 そうです。

―― ヤッホーはそのユニットディレクターとプレイヤー、それに社長の井手さんという三階層しかないフラット組織ですよね。

 

階層は増えてもフラットは崩れない

井手 長らくそうだったんですが、今はユニットの数が20以上になり、全体で150名ほどの組織になったので、去年からいくつかのユニットをまとめて部門をつくり、その部門を束ねるガッホーディレクターという役職をつくりました。

―― ガッホーディレクターは何名いるんですか。

井手 私もマーケティング部門のガッホーディレクターを兼ねているんですが、ほかに管理部門、製造部門、顧客対応部門のディレクターがいますから、合計4名です。

―― 企業文化の「フラット」が崩れないですか。

井手 フラットの意味が違うんです。階層の数のことではなくて、ディレクターとプレイヤー、正社員とパートナー社員といった役職や雇用形態に関係なく、対等な立場で自由な議論やコミュニケーションができる環境を指して、フラットと呼んでいるんです。そこは大丈夫です。

―― 安心しました。

井手 フラットに加え、さらにこんな仕組みもあるんです。プロジェクト単位の業務がたくさん走っており、各自が年間の全体業務のうち2割は自分が所属するユニット以外の業務に手を挙げて参加できるようになっているんです。たとえば、ビールの醸造担当者がイベント業務を手伝ったりする。これもまた先ほどのストレングス・ファインダーを使うと、麦芽やポップといった物を相手にする仕事に就きながら、そうした仕事にも興味あるのは、その人の資質に戦略性やコミュニケーションがあるからだ、ということが、本人はもちろん、周囲も理解できるようになっています。

 

 

熱い部分と冷静な部分

―― ヤッホーの社員にはこの資質が多いという傾向はあるのですか。

井手 ありますよ。何事にも上を目指す最上志向が該当する人がとても多い。着想、調和性も数が多いですね。逆に公平性や規律性は少ない。古いルールは破り、新しいことをどんどん試そうと言い続けているので、そういう人は入らない傾向にあるのかもしれません。

―― 採用は新卒も中途もやっていると思いますが、特に新卒採用で重視するのは何ですか。

井手 二つをみています。ひとつは組織文化へのフィット感、もうひとつは優秀さです。

―― 見極めが大変そうです。

井手 そんなことはありません。社内でも活用している、人事評価の9項目というのがあるんです。具体的には、達成指向性、戦略的行動、顧客志向といったもので、採用の場合、面接やその際の課題のプレゼン時に、面接する人がそれぞれを5段階で評価し、総合点で採否を判断するんです。一定以上の点数を獲得できないと、次に進めない仕組みです。

―― もっとアナログな手法で採用しているのかと思ったら違うんですね。

井手 はい。人を大事にする熱い部分と、ロジカルで戦略的な冷静な部分、両方を大切にしています。

 

顧客は友人、社員は家族

―― 井手さんにとって社員の方はどんな存在なのでしょうか。

井手 顧客は友人、社員は家族というのがわれわれの価値観です。つまり、社員は家族。もちろん、血のつながった本当の家族ではありませんが、愛情をもって接し、時には厳しいことをいい、余計なお節介も焼きます。何かあったら心から心配します。同じ夢を共有し、その実現に向かって協力し合う同志、仲間でもある。

―― そんな家族同然の人が辞めていったら悲しいですね。

井手 実は数年前までは、全員が辞めないことがいいことだと思い、退職を申し出た社員を、もう少し辛抱してみれば、と全力で引き止めていたんですが、最近考えが変わってきました。ヤッホーに骨を埋めることが全員にとって幸せか、といえばそうではないでしょう。人によっては新たな夢ができたり、家族の問題でどうしても続けられなくなったり、ヤッホーで働くことに違和感が芽生えてきたりするのは当然です。よって、最近は引き止めないようになりました。「そうか、一緒に働いてくれてこれまでありがとう、次のステージでも頑張れよ!」と明るく送り出しています。

 

PROFILE

井手直行(いでなおゆき)
株式会社ヤッホーブルーイング  代表取締役社長
ニックネーム:てんちょ
福岡県出身。1988年3月国立久留米高専電気工学科卒業。大手電気機器メーカーにエンジニアとして入社。広告代理店などを経て、97年ヤッホーブルーイング創業時に営業担当として入社。2004年楽天市場担当としてネット業務を推進。看板ビール『よなよなエール』を武器に業績をⅤ字回復させた。全国400社以上あるクラフトビールメーカーの中でシェアトップ。前期まで15年連続増収増益。2008年より現職。著書に、『ぷしゅ よなよなエールがお世話になります』(東洋経済新報社)