Discovery:ヤッホーブルーイングの“ヒト・ドリブン経営”から何を学ぶか?

「社員は家族」と「強みを活かす」の昇華

豊田義博
ライフシフト・ジャパン株式会社 取締役CRO/ライフシフト研究所所長

 

会社選択4つの視点

「落ちた会社と同じような自己アピールをしたのですが、ヤッホーでの反応はまるで違いました。『ビールはアートなんです』と逆に熱く語ってくれたんです。ここで働きたいと思いました」

Crew’s Lifeに登場している山﨑さんのコメントです。採用面接に落とされ続け、つれない言葉に傷心の想いだった山﨑さん。しかし、ヤッホーの面接は全く違いました。アートに強い関心を持っていることを語る山﨑さん、ビールはアートなんです、と自身の想いを熱く語る面接担当者。採用する側も採用される側も、フラットに想いを語っている。そのコミュニケーションに強く心を動かされた山﨑さんは、「ここで働きたい」と想いを強くしました。

伊藤さんのコメントにも、説明会の様子が出てきます。仕事とはまったく関係のない趣味の話に興じる人がいたり、常識を超えたユニークかつ遊び心溢れるサービスの話が出てきたり。一人ひとりが自由に想いのままにいることを肌で感じた伊藤さんも、「こんな会社でぜひ働いてみたい」と想いを強くしました。

就職するときに、どのようなことを重視するか。どんな会社で働いてみたいか。選択の視点は四つあります。ひとつめは組織視点。どんな製品・サービスを扱っている会社か、社員数はどれぐらいか、業績はどうか、所在地はどこか、オフィスはどんな様子か、平均年収は、といった外形的な側面への着目です。ふたつめは仕事視点。どんな職種につくことになるのか、どんな働き方ができるのか、といった仕事そのものへの興味です。みっつめは展望視点。入社して5年後、10年後にはどのような姿になっているか、ロールモデルとなる人はいるか、といったキャリアの展望への留意です。最後は環境視点。会社の雰囲気はどのようなものか、どんな人たちが働いているのか、といった仕事環境、職場環境への関心です。

誰もが、それぞれの視点をそれなりに重視しますが、人によってウェイトは異なります。また、探し出すときの視点と決め手になる視点が異なることもあります。山﨑さんも、伊藤さんも、会社選びの段階では仕事視点を重視していました。しかし、ヤッホーへの入社の決め手は環境視点です。そして、選択の時に環境視点を重視した人は、入社後に生き生きと働いている傾向が高い。そんな研究成果があります。

 

環境視点は、“ヒト・ドリブン経営”のリトマス試験紙

確かにそうでしょう。環境視点を重視する、ということは、自分がその会社の雰囲気になじめるか、その会社の人とうまくやっていけるかを気にしているわけであり、フィットしそうだと思うから入社するわけです。同じ業種でも、おなじ仕事に就いても、会社や職場の雰囲気はそれなりに違うもの。会社を選ぶ「就社」ではなく、仕事を選ぶ「就職」をすべき、とよく批判されますが、環境視点を大切にした「就社」は実は賢明な選択なのです。

しかし、会社の雰囲気やどんな人がいるかは、実際に会社に入ってみないとよくわからないもの。会社説明会や面接ではとっても好印象だったのに、入ってみたら全然雰囲 気が違った、という話もよく聞きます。そうなってしまった人たちには失礼な言い方ですが、会社の作戦や演出に、まんまと騙されてしまうわけです。

そうした演出を凝らしている会社と、“ヒト・ドリブン経営”をしている会社の説明会や面接は、何が違うのでしょう。説明会のメニューには大差はないはずです。面接で聴かれることも、さしたる違いはないでしょう。しかし、説明会で話をしたり、面接で質問をする人の心の状態は全く違います。自分の真意を押し隠して演技をしているのか、それとも、ありのままの自分をさらけ出しているのか。環境視点を重視している人であれば、この違いは間違いなくわかるでしょう。そして、環境視点を重視していたわけではない山﨑さんも伊藤さんも、ヤッホーのフラットさ、自由さを明確に感じ取り、その魅力に惹きつけられました。

メンバー一人ひとりがありのままの自分でいられる、飾ることなく自分らしくいることができる。その状態をどのように生み出すか。方法はいろいろあると思います。ヤッホー代表・井手氏は、人の強みを活かす、という処に着眼しました。インタビューでも「自分の個性や強みを生かして働いていると、人は幸せを感じるものです」と語ってくれました。ストレングス・ファインダーを活用して自分の資質=強みを自覚する。その強みを生かして仕事をしていく。そしてその自分の強みを職場のメンバーも理解し、支援を惜しまない。こうした状態を生み出せれば、誰もが自分らしく自由でいることができる。幸せを感じることができる。

『ビールに味を! 人生に幸せを!』。このミッションは、「社会への想い」であると同時に、「メンバーへの想い」でもある。ステークホルダーすべてを大切に、幸せにしたいけれど、それにはまず社員に幸せになってもらうこと。この考え方は、まさに“ヒト・ドリブン経営”を象徴しています。そして、それが建前として掲げられているのか、本当の“ヒト・ドリブン経営”なのかどうかは、その会社の環境視点に着眼することでジャッジできる。雰囲気とか、人が生き生きとしているか、という感覚的な基準ではありますが、人の持つ五感を活かせば、きっとジャッジできる。そう思います。

 

ヤッホーという共同体とかつての日本の会社の違いとは?

ヤッホーブルーイングが実現している“ヒト・ドリブン経営”のメカニズムを、Departure Ⅱでご紹介した4つのビジョンのフレームに当てはめながらレビューしていきましょう。

エールビールという個性、ユニークなネーミングの商品で熱狂的なファンを持つヤッホー。それは、「ビールに味を! 人生に幸せを!」というミッションステートメントを定め、会社の「想い」を様々な形で表現し、発信しているからこそ。そして、社員はもちろん、顧客やサプライヤーとも、想いでつながっているからこそ。その想いは、日本のビール文化を変えたい、という視界を持っています。ありたい社会像を掲げた「社会企業」であり、一人ひとりが「市民」としての気概を持っています。

この「社会への想い」を実現するためには、まず社員に幸せになってもらうこと。そして、「人は得意なことを仕事にすると最も輝くもの」(代表・井手氏のコメント)。その得意なことや各自の強みを見出すために、ストレングス・ファインダーを活用。社員一人ひとりが自身の個性や得意なことを活かしたいという「個性への想い」に火をつける機会を提供しています。

また、自分にはどんな特性があるのかを知ることとは、自身の変身資産に気づくことに他なりません。強みや個性を活かして、何かを成していくことで、ヒトはより「知的な変わり者」へと変身していきます。そのような自分と向き合える機会を生み出しているのです。さらには、そうしたヒトの強みを周りのメンバーも知り、尊重する。そんなコンディションは、まさに「変身資産」が増えるエコシステム。だからもちろん、入社当初からすぐに仕事を任せる。山﨑さんも伊藤さんも、信頼し、仕事を託され、任されることで、自分らしさを活かし、高めています。そのベースには、各自の強みを自覚することを中核としたチームビルディング研修のプラットフォームがある。自立&自律した個の育成は、このエコシステムの中で必然的に実現しています。

ヤッホーブルーイングは、とても凝集性の高い共同体です。井手代表の「社員は家族」という発言は、日本の会社がかつて持っていた共同体性を大切にしている証です。単なる仲良し集団ではなく、少しでも違和感があれば、思ったことはどんどん言い合うし、時には厳しいことをいい、余計なお節介も焼く。何かあったら心から心配する。しかし、それぞれの強みは最大限に尊重する。ここに、かつての日本の会社との違いがあります。

固有の企業文化のもとに、社員が金太郎あめのように同質化していくことで、凝集性、生産性を高めていたのがかつての日本の会社のスタイル。一見すると、個々人の意志を大切にするゲマインシャフトのような優しさを持っているようで、実は会社の目的実現のもとに社員を統制するゲゼルシャフト。しかし、ヤッホーは違う。明確なミッションを持つゲゼルシャフトでありながらも、その中身はゲマインシャフトとして運営されています。このスタイル、そしてそのスタイルのベースにある性善説に基づく人間観こそが、“ヒト・ドリブン経営”の根幹ではないか。そう思い始めています。CASE04以降のフラッグシップ企業との出会いが楽しみです。

 

 

 

めざせ! 世界平和!

大野誠一
ライフシフト・ジャパン株式会社 代表取締役CEO

 

ヤッホーブルーイングは、会社の様で会社でない。
どこか学校のサークルの様で、はたまた仲の良い家族の様で。

地ビールブームが崩壊し、業績も社内のムードもどん底の中で社長になった井手さんが、ゼロより悪いマイナスのスタート地点から、まさに手作りでつくって来たヤッホーブルーイングという組織は、今、とても素敵なチームになっています。
その組織つくりのプロセスに出てくるキーワード、チームビルディングプログラム、ミッション(「ビールに味を! 人生に幸せを!」)、ガッホー文化(「知的な変わり者」)、ビジョン(「クラフトビールの革命的リーダー」)、ヤッホーバリュー(「革新的行動」「(造り手の)顔が見える」「個性的な味」)、「むだ話」をする朝礼、ニックネーム(井手さんは「てんちょ」)、不思議な組織名称・肩書(井出さんは「よなよなエール愛の伝道師」)は、どれも不思議なオリジナリティーに満ちています。
そして、そのプロセスの先に自然に出て来た夢、それが「めざせ! 世界平和!」。

「世界平和」という言葉は、井手社長の著書『よなよなエールがお世話になります』(東洋経済新報社)の最後に出て来る言葉です。

「そして僕は、いま、とても大げさではあるのですが……。
いつかきっと、ビールで世界を平和にできる、と本気で思っているのです。」

社員が幸せになることで、お客さま(ファン)も取引先も幸せになっていく。それをどんどん広げていけばもっと大きな世界が幸せになり、世界に平和がやって来る。
なんとシンプルな構図でしょう!
全てのカイシャが、ヤッホーブルーイングの様になれば、世界は平和になるに違いありません。そして、それは井手社長が本の中で語っている様に難しいことではないのかもしれません。
「僕にできることは、あなたにもできる」のです。