Discovery:タニタの“ヒト・ドリブン経営”から何を学ぶか?

 

日本活性化プロジェクトが実現する「『変身資産』が増えるエコシステム」

豊田義博
ライフシフト・ジャパン株式会社 取締役CRO/ライフシフト研究所所長

経営改革の起点となった強い危機感

タニタの創業は1923年。シガレット・ケース、貴金属宝飾品などを製造販売していました。そして、1944年に会社設立。通信機をスタートに、ライター、トースターなどの製造へと軸はシフトし、1959年にヘルスメーターの製作を開始。これが今日のタニタの原点です。その後、市場の変化により収益が見込めなくなったトースター、ライター製造から撤退、唯一の黒字部門であったヘルスメーター事業へと経営資源を集中、日本初のデジタルヘルスメーター開発により国内シェアトップの座を確保、さらには世界初の体脂肪を計測できるヘルスメーターを開発することにより、世界シェアトップへと昇りつめます。

谷田千里社長が三代目としてバトンを受けたのは2008年。世界トップの座にありながらも、体脂肪計の特許が切れたことでオムロンなどの資本力に大きく勝る競合企業からの追い上げにあい、売上高を大きく落としているさなかでした。谷田社長は、社長就任当初、連日のように悪夢にうなされたといいます。債権者や社員を前に、「会社を潰してしまい、申し訳ありません」と土下座しながら謝りつづけるという夢でした。2008年は、リーマンショックが世界に激震を及ぼした年でもあります。社会か大きく変わることを予期し、強い危機感を持たれていたのでしょう。

そして、その危機感は、それまでの同社とは全く違った新たな施策を生み出します。ニコニコ動画にタニタ公式チャンネル「Come Sta Channel」を開設。健康経営をスローガンとして掲げ、社員の健康づくりに着手、「タニタ健康プログラム」をスタート。そして、健康レシピ本「タニタの社員食堂」の発行、「丸の内タニタ食堂」の開設。こうしたユニークな施策により、タニタの知名度は急速に高まり、本業である計測事業の業績も好影響を及ぼし始めます。

 

「健康をつくる」という新たな「社会への想い」

こうして振り返ると、谷田社長の着眼の鋭さ、センスの良さには目を見張るものがあります。しかし、それは、ユニークなアイデアというレベルのモノではなく、タニタという企業を潰さない=次の時代にも社会に支持される企業へと変革させる壮大な構想の一環と考えるべきでしょう。それをひとことで言えば、「健康をはかる」会社から「健康をつくる」会社へのメタモルフォーゼ。同社のホームページの中で、谷田社長は、以下のような発信をしています。

タニタではこれまで、「はかる」を通して世界の人々の健康づくりに貢献していくことを理念に、「健康をはかる」計測機器の開発・販売に取り組んで来ました。これに加え、2004年に女性向けフィットネスの「フィッツミー」を、2012年に「丸の内タニタ食堂」をオープン。2014年には企業や自治体向けの集団健康づくりパッケージ「タニタ健康プログラム」の提供を開始するなど、「健康をつくる」サービスへと事業を拡大しています。

“人生100年時代”といわれる今日。健康寿命を延ばすことが個人にとっても、社会にとっても重要な時代が来ています。これからタニタが取り組むのは、健康づくりを通して世界の人々が「幸せを感じられる」社会をつくっていくことです。

すべての人が自分らしく生き、周囲の人たちとの大切な時間を過ごせるように。そのための「Healthy Habits(健康習慣)」の継続をタニタがサポートしていきます。

つまり、社会の変化を深く洞察し、「健康づくり」という新たな「社会への想い」を掲げたのです。それが経営改革の起点なのです。そして、「幸せを感じられる」「自分らしく生きる」ことを、タニタの社員たちにも、いや社員にこそ実現してほしい、という「想い」が、日本活性化プロジェクトを生み出す原動力になっています。

 

「健康」の中核は、仕事への主体性

インタビューの中で、谷田社長は「究極の継承物は何かといえば、やはり人」と語っています。タニタの持つ技術やノウハウなどあらゆる無形資産は、ヒトに宿っている。そして、ヒトを幸せにしなければ、タニタにいる価値を感じられなくなり、辞めていってしまう。だから、ヒトを幸せにしなければならない。ではどうするか。そこから浮かび上がってきたのが、健康経営というキーワードです。そして、労働時間などの物理的な側面は重要だが、それだけではなく「働かされ感」をいかになくすか、主体的に働けているか、という精神的な側面こそが重要だ、と谷田社長は考えた。そこから、経営改革の中核である「タニタ健康プログラム」と「日本活性化プロジェクト」が生まれたのです。経営者としての「社会への想い」の中核に、「社員を幸せにしたい」という「想い」があった。社員の「社会への想い」「個性への想い」「生活への想い」を大切にしたい、という決意があった。ヒト・ドリブン経営のリーダーシップ企業だと私たちが考えたのは、まさしくこの点にあります。

しかし、この意思決定は、人間賛歌のようなロマンティックなものでは決してありません。「雇用にこだわるのを止める」というきわめてユニークな着眼は、表層的な想いからは生まれないでしょう。その論拠は明確です。書籍「タニタの働き方革命」(谷田千里+株式会社タニタ編著/日本経済新聞社)のなかには、谷田社長の以下のような記述が登場します。

・AI時代には「自ら仕事を生み出していく能力」が重要になる。

・働き方改革で重要なのは「時間」ではなく「主体性」

・「報われ感」を最大化し「働かされ感」を最小化したい

・そのためには、会社と働く人の関係性そのものを、ひいては会社という組織のありかたそのものを根本的に見直していくべき

だからこそ、正社員至上主義である日本的雇用システムに、一石を投じたのです。社会、時代をとらえた谷田社長の卓越した洞察力には驚かされます。

 

「『変身資産』が高まるエコシステム」のロールモデル

Departureでご紹介した4つのビジョンのフレームに当てはめながら、「日本活性化プロジェクト」をレビューしていきましょう。

中核にあるのは、会社のメンバーの成長です。雇用関係を超えた契約関係を結ぶことで、彼ら彼女らが人生の「主人公」になることを強く支援しています。「自立&自律した個人の育成」は多くの企業の積年のテーマですが、雇用へのこだわりを捨て、個人事業主になるという「人が『シフト』する」機会を提供することでそのビジョンを実現させています。これは、会社を「『去りし人』とつながる」素晴らしいアイデアであり、また、会社が、雇用されて働く正社員だけではなく、個人事業主と豊かな関係を築く、つまり「『いろんな人』とつながる」ことも実現しています。

この施策は、タニタが掲げている健康経営の実現の一環として生まれています。つまり、単なる人事制度ではなく、「社会企業」としての「想い」を起点にしています。そして、「日本活性化プロジェクト」と名を冠し、メンバーにその「『想い』を表現し、伝える」ことで、メンバーと会社は「『想い』でつなが」り、ある人は自分の「『想い』に気づき」、このプロジェクトへの参加を決めていきます。

この施策は、一人ひとりの「変身資産」を間違いなく高めます。メンバーを「信頼して、託し、任せる」ことが基本となりますし、「『有形』『無形』の報酬」を会社もメンバーも明確に共有することになります。大塚さん、久保さんが獲得し、意義を実感している無形報酬で共通しているのは、時間や場所の自由度。withコロナの生活の中でこの無形報酬の重要性、価値を強く感じている人はたくさんいます。また、大塚さん、久保さんにとって「自分と向き合える機会」になったことも確実。そしてそれが、新たな働き方、生き方につながっています。大塚さんはアーティストという「複業」の機会も獲得しています。

この「日本活性化プロジェクト」の仕組みは、「『変身資産』が増えるエコシステム」そのもの。個人事業主となった一人ひとりにとってはもちろんですが、プロジェクトメンバーをチームメンバーに持つマネジャーにも新たなチャレンジになりますし、同僚の様々な学び、気づきも大きく期待できます。いつの日か、タニタが人材輩出企業と呼ばれるようになっているかもしれません。「日本活性化プロジェクト」に賛同し、このエコシステムを自社内に組み込もうとする会社がもっと出てきてほしい。そんな期待を改めて強くしました。

 

 

「正社員」という幻想が溶けていく?

大野誠一
ライフシフト・ジャパン株式会社 代表取締役C E O

タニタの「日本活性化プロジェクト」は、これまで、日本企業が頑なに守って来た「雇用」へのこだわりを根本から覆す“革命”です。

日本企業の雇用の中心は「正社員」であり、それ以外の従業員は「非正規」と呼ばれて来ました。正社員が「正」であり、それ以外の人たちは「非」と括られて来たのです。そして、企業が雇用の責任を論じるのも「正社員」が中心であり、「非正規」の人たちは“調整弁”とされても致し方ないという空気も一部にはあったのではないでしょうか?

日本企業にとって、業務委託の人たちは、「非」にすら入らない「外の人」でしょう。「日本活性化プロジェクト」に自ら手を挙げ、正社員から業務委託に変わったタニタの大塚さんと久保さんは、「正」から「非」を飛び越えて、一気に「外の人」になることを選択した人たちです。しかし、そこには、悲壮感はありません。自らのキャリアを自ら築いていこうとするポジティブな意志に満ち溢れています。

最近、大手企業の経営者やHR担当役員などからは、日本型の「メンバーシップ型雇用」から欧米型の「ジョブ型雇用」の切り替えを目指す発言や、仕事の仕方が“プロジェクト型”になっていく事に伴って、プロジェクトのチームづくりにおいては、社員だけではなく業務委託による外部人材の積極的な導入を期待する声が聞こえてくる様になりました。中には、将来的には業務委託による「外の人」の構成比率を相当な比率に高めたいと言う経営陣も出て来ています。

また、IT業界の大手企業などでは、先端技術の進化のスピードに追いつくためには、インターネットの発展によって生まれて来た“ギグ・エコノミー”に対応し、“ギグ・ワーカー”の獲得に乗り出すケースも増えて来ています。ヤフーは、2020年の7月に「ギグパートナー」と呼ぶ新しい人材の募集を開始しました。これは、副業を前提とした業務委託の募集です。その応募対象者には、こう書かれています。「『より創造的な便利を生み出す』ために自律自走して業務を進められる方」。もはや、企業は「正社員」に頼っているだけでは、新たな価値を生み出すことが出来ない時代が始まっているのかもしれません。

しかし、そんな時代の変化を感じつつも、既存の正社員を業務委託契約に切り替えていく施策を本気で実行したタニタの勇気と決断には驚きました。

全ての「正社員」が業務委託に切り替わることはないでしょう。しかし、この施策の先には、「正」と「非」というこれまでの雇用の捉え方が根本的には変わる未来を感じます。

「正社員」だけが「正」ではない時代は、すでに始まっているのです。