Captain’s View : 代表・久志尚太郎氏がヒッピーカルチャーから学んだものとは?

 

「この世界は、もっと広いはずだ。」という言葉に込められた想い

テレワークスペースにもなりそうなお洒落なキャンプ用テントの記事の横に、アメリカの電気自動車(EV)メーカーが発売した最新セダンの紹介記事、その上には新型コロナウイルスの感染リスクを避けるためのセックスに関するアドバイス集が並びます。ミレニアル世代から圧倒的人気を集めるウェブメディア「TABI LABO」です。

「旅に行かなくても、メディアを通じて旅をしているような体験をできるようにしたい。旅とは物理的移動を必ずしも伴わない。自分の世界が広がる体験 が旅であり、実際に旅をしたら、社会問題に直面するかもしれないし、絶景に巡り合えるかもしれない。そんな体験ができるメディアを作りたかった」。2014年 にTABI LABOを立ち上げた久志尚太郎氏の言葉です。

2020年現在メディアのユーザーデータインサイト、コミュニティを他事業に活用するかたちで、事業拡大を積極的に行っています。ビジネスデザインやブランドスタジオ事業、D2C/DNVB事業として展開しているイベントスペース&カフェの運営事業や一般消費者向けのサプリメント事業などです。こうした社業の拡大を見越して、昨年8月には社名変更を実施。新たな社名はNEW STANDARD。

久志氏は中学卒業後に単身で渡米。アメリカの大学を中退した後、外資系金融企業のITエンジニアになったり、DELLの営業マンになったり、世界中のヒッピーコミュニティを廻ったり、ソーシャルビジネスを立ち上げたり、ここでは書ききれないほどの多様な経験を経て、同社を起業しています。その体験から紡ぎ出された経営論を伺いました。

NEW STANDARD 代表取締役 久志尚太郎氏
聞き手 ライフシフト・ジャパン 代表取締役CEO 大野誠一

 

仕事がオンラインに移行し生産性が上がった

―― まずは、コロナ禍が御社の事業や働き方にどのような影響を及ぼしたかというお話をお聞かせください。

久志 創業当初から対面でのコミュニケーションにこだわり、たとえば、週に何度かオフィスでランチをつくって一緒に食べる「自炊ランチ」などをを欠かさずやってきたのですが、それができなくなりました。そこで、大きく分けて2つの変革をしました。ひとつは、働く場所をオフラインからオンラインに移行させたこと。もうひとつは、オフィスを1フロア解約し、働く場所ではなく人が交わる場所としてハード・ソフト面共に設計し直したことです。

―― 切り替えはうまく行きましたか。

久志 割と問題なく移行できたのではないかと思っています。

―― リアルからオンラインに移行すると、社員がさぼってやしないか、疑心暗鬼になってしまう経営者もいるようですが。

久志 働く場所をオンラインに切り替えて、逆に仕事の生産性が高まりました。たとえば、ミーティングのやり方を工夫したんです。
具体的には、必ず前もってアジェンダ(課題)を設定する。そして、チェックインとチェックアウトという形で、ミーティングの冒頭に内容に関係ない雑談をし しています。
そして、ここが肝なんですが、議論のファシリテーター、ミーティングのオーナー、アジェンダにイニシアチブを持つ意思決定者、議事録係、この4つを別々にするんです。

―― 目的は何でしょうか。

久志 ありがちなことですが、オーナーが毎回ファシリテートすると、議論が固定化し、斬新な意見が出なくなってしまいます。意思決定者がその役をつとめるのも問題で、本人の独演会で終わってしまう。つまり、メンバー全員、いいたいことをいいあえる創造的な議論の場をつくり出すために、役割をわけるのです。
メンバーの感想も「リアルの時よりも発言しやすい。目的もはっきりしているので、時間も短くて済む」と好評です。これはひとつの例で、仕事の生産性や創造性 を高める 施策をいろいろと打って来ました。

 

経営の三要素、CIとカルチャー、マネジメントデザイン

―― それは興味深い話です。ところで、久志さんがこの会社をつくられたのが2014年 、もうすぐ30歳という時だと伺っています。そこに至るまでに、NPO含め3回の起業を経験し、さらにはDELLのトップ営業マンだった時期もあると。いわゆる会社とは何か、経営とは何かについて、独自の見解をお持ちだと思います。お聞かせいただけないでしょうか。

久志 私たちは、CI(コーポレートアイデンティティ)、カルチャー、それにマネジメントデザイン(経営システム)を軸に日々の経営をおこなっています。

―― カルチャーというのは企業文化ですね。マネジメントデザインとは何でしょう。

久志 経営システムといったほうが理解しやすいかもしれません。戦略や戦術、あるいは現場で活用される、さまざまなKPIなどもそれに含まれます。
農業で例えると、CIというのは農場の看板です。自分たちが何をやっているのか、何を信じているのか、を世の中に伝える目印というわけです。
カルチャーはまさに土です。そこから生まれる作物がわれわれの製品であり、サービスです。
そして、この農場内でどんな作物を誰が育てるのか、害虫が発生したらどうするか、大雨や日照りが続いたらどう対処するか、といったことを決めるのがマネジメントデザイン(経営システム)です。

 

 

―― 農業のたとえはわかりやすい。経営の三要素はよくヒト・モノ・カネといわれます。そうではなく、CI、カルチャー、マネジメントデザイン(経営システム)という三要素でとらえるわけですね。このモデルでは、社員は作物の種を撒いたり、水や肥料をやったり、収穫したりする人ということになる。

久志 そうです。 ヒト・ドリブン経営のお話を最初にいただいた時、正直いって、違和感を抱きました。なぜかといえば、事業にはヒト・モノ・カネすべてが必要で、その三者に優劣はないと思ったからです。

―― なるほど。では、御社の経営モデルにおけるCI、カルチャー、マネジメントデザイン(経営システム)にも優劣はないでしょうか。

久志 優劣はないですが、カルチャーづくりは難しいですね。多大な時間と手間を要し、その苦労の割に、良し悪しが見えづらかったりもします。
どんなに素晴らしい作物をつくろうと思っても、土が悪かったら力強い作物は育ちません。目に見えない微生物がたくさん発酵している、豊かで多様な土をどうつくるかを常に考えています。
もちろん、土だけがいくらよくても駄目で、自分たちが信じて世の中に発信できる理念や、洗練されたマネジメントデザイン(経営システム)といったものが不可欠です。

 

「この世界は、もっと広いはずだ。」

―― 全体像がとてもよくわかりました。私たちが掲げているヒト・ドリブン経営というモデルにおいても、CIは極めて重要なものだと位置づけています。私たちはそれを「想い」という言葉で表しているんです。世の中をどのようにしていきたいかという社会への「想い」、その想いを共有し実現していく仲間に対する「想い」などです。NEW STANDARDが掲げているCIについて、少し具体的に聞かせてもらえませんか。

久志 僕たちはCIをMI、VI、BIの三つのフレームで考えています。MIとは マインドアイデンティティ、つまり理念、VIはビジュアルアイデンティティ、つまり視覚、BIはビヘイビアアイデンティティ、つまり行動のことです。

―― VIは、会社のロゴマークなどのビジュアル要素ですね。昨年社名変更し、ロゴ回りも一新されています。MIとBIには具体的にどのようなことが謳われているのでしょう。

久志 MIとして掲げたステートメントは「この世界は、もっと広いはずだ。」。既成概念を飛び出して新たな価値観と出会い、夢中になり、その熱狂が火種となって狼煙が上がり、仲間が集まってく。そうして何もなかったところに新たなスタンダードが生まれ、この世界が少しずつ広かっていく。そんな未来を実現したいしきっとできる。僕たちは「可能性を信じている」ということを、「この世界は、もっと広いはずだ。」という言葉に込めています。

―― なるほど。NEW STANDARDという社名がビジョンになっているんですね。

久志 その通りです。BIはこのMIを実現する行動規範という位置付けです。まず、HOW TO MAKEという7つのプロセスにまとめました。

 

①既成概念の外に出よう
②熱狂という名の火種を探そう
③近くにいる仲間を呼んで、火種を育てよう
④世の中の空気の流れを感じて、熱狂の狼煙をあげよう
⑤いい狼煙は、既成概念の壁を超えてより多くの仲間を集めてくれる
⑥狼煙をどんどん大きくしていこう
⑦その場所が、いつしかNEW STANDARDになっていく

 

という7つです。

―― ここでも火種と狼煙がでてくる。キーワードですね。

久志 はい。さらに、個々のメンバーが守るべき行動指針(OUR RULE)として、「NO SPECTATOR―傍観者ではなく、当事者になれ」と、「やらないこと」を定めました。

―― やらないこととは具体的に何でしょう。
久志 可能性を否定しない、敵対心を持たない、希望を捨てない、失敗を恐れない、自らを過信しない、の5つです。

 

アメリカのヒッピーカルチャーに学んだこと

―― 久志さんはアメリカのヒッピー文化にすごく影響されているとか。ご自身の生き方やNEW STANDARDが掲げている世界観にも反映されているのでしょうか。

久志 もともと僕がIT起業家を目指したのは、まず自分の父親がIT起業家だったこと、それに、おっしゃるように、ヒッピーカルチャーにずっと触れてきたことが大きいんです。
ヒッピーカルチャーから学んだこと3 つあります。
ひとつはDIY精神。Do it yourself、欲しいものは 自分たちで創り出す という精神です。食べ物、服、家、事業、コミュニティ、国だってそう。与えられたものを盲目的に消費したり享受したりするのではなく、自分たちが欲しいものは自分たちでつくり出そうと。
2つ目は見えないものを信じる力です。見えないものの最たるものがインターネットだと思います。そのインターネット、そしてその隆盛を可能にしたパーソナルコンピュータ革命の背後には、統制や権威を嫌い、自由を尊ぶアメリカのヒッピーカルチャーがありました。
最後に、環境への関心です。国連が2015年に採択したのがSDGs(持続可能な開発目標)ですが、それに先駆けること45年、1970年には、当時のヒッピームーブメントの余波で環境問題に関心が高まり、地球のことを考える日、つまり、アースディがアメリカで設定されました。毎年4月22日です。インターネットにせよ、環境問題にせよ、見えないものの存在を信じる力を僕はヒッピーカルチャーから学びました。

 

みんなちがって、みんないい

―― 久志さんはまだ若く、30代半ばです。ビジネスのターゲットも、これまではご自身と同じミレニアル世代が中心でした。今後、ご自身が年齢を重ねるに従って、そのまま上に移行していくのか、それとももっと下の年代、あるいは逆に上の年代にまで、対象を広げるつもりなのか。そのあたりはいかがでしょう。

久志 大前提として、自分がつくったこの会社をずっと経営し続けたいという思いが僕にはないんです。明日いなくなってしまうかもしれないし、10年先、20年先も相変わらず社長をやっているかもしれない。
僕がいなくなると、看板が一新されるかもしれない。育てる作物、育てる人も大きく変わるかもしれない。でも、カルチャーという土はいきなり大きく変わることはない 。そこに新しい農法を身ににつけた新しい人たちがくれば、滋味あふれる新しい作物が生まれる。そういう会社にしたいと思っています。

―― その土は作物をつくるためのものですが、土は作物をつくる人、つまり社員のあり方、生き方にも影響を与えるはずです。そこはどう考えていますか。

久志 好きなことを仕事にして食べていける人は本当に幸運で、やれる人はやったらいい。でも、チャレンジしてもできない人もまだ多いでしょう。それなのに、万人が目指すべきことのようにスローガン化してしまうのは、まだ少しだけ時代が早い。
別に 何者かにならなくてもいい。お金持ちになる必要もない。車だって借りればいいからわざわざ買う必要がない。これだけシェアリングエコノミーが発達したら、お金を山ほど稼がなくても、日々それなりに楽しく暮らしていけます
何者かになりたいという気持ちの背後には、他人の目があるんです。そんなものを気にして生きるくらいなら、自分が心底楽しいとか、嬉しいと思えることをいくつか見つけ、それを大切にしたほうがいい。あなたはあなたのままで十分に素晴らしい。そう思うんです。これこそがこれからの時代に大切にすべき生き方ではないでしょうか?もちろん、好きなことを仕事にできたら、それはそれで最高だとおもうんですけどね。

 

PROFILE

久志 尚太郎(くし しょうたろう)

1984年生まれ。中学卒業後、米国留学。16歳で高校を飛び級卒業後、起業。帰国後は19歳でDELLに入社、20歳で法人営業部のトップセールスマンに。21歳から23歳までの2年間は同社を退職し、世界25ヶ国を放浪。復職後は25歳でサービスセールス部門のマネージャーに就任。同社退職後、宮崎県でソーシャルビジネスに従事。2014年TABILABO(現: NEW STANDARD株式会社)を創業、Business Design&Brand Studioをはじめとする組織開発を牽引してきたほか、クリエイティブディレクターとしても事業開発・クライアントワークに従事する。2019年8月、NEW STANDARD株式会社への社名変更・CIリブランディングを主導。