大事なのは一貫性。
ヒト起点の発想を、会社のすべての原動力に
このキュービックのコアバリューが「ヒト・ファースト」。「ヒトのまだ見ぬ可能性をひらくために、ユーザーのことを、ユーザー以上に理解する。ともに働く仲間のことを、その仲間以上に考え抜く。生の声にこだわり、フィールドワークを徹底する。どんな場面でもヒトの本質と真摯に向き合う姿勢こそが、私たちの変わらぬアイデンティティであり、原点である」というものです。
ヒト・ドリブン経営にも一脈通じるこのバリューに興味を持ち、創業社長の世一氏にお話を伺いました。
キュービック 代表取締役CEO 世一 英仁氏聞き手 ライフシフト・ジャパン 代表取締役CEO 大野誠一
成長を目指す。その上で最も機能する方法を選ぶ
―― コアバリューに「ヒト・ファースト」という言葉を掲げていますね。この言葉はいつ頃から使っているのでしょうか。
世一 2016年からです。ちょうど会社設立10周年で、その前々年に会社のミッション、ビジョン、クレド、コアバリューといったCI(コーポレートアイデンティティ)を策定するプロジェクトを社内に立ち上げていました。
キュービックは僕一人で作った会社で、最初の5、6年は個人事業という感じでした。その後、緩やかに人を採用していって規模が大きくなり、中小企業になったわけです。社長である僕の下に、横一列で社員がいる、いわゆる鍋ブタ組織の状態が5年くらい続きました。その時代は内向きというか、日々の仕事を廻していくのに精いっぱいで、ミッション、ビジョンなどを明確化して社内外に対してメッセージを打ち出すゆとりがありませんでした。
―― 10年目あたりでそれが変わったと。
世一 そうですね。このまま小さくしっぽり行くのか、大きく成長していくべきか、悩んでいたのですが、結局、成長路線を思いっ切り突っ走ろうという結論に達しました。だとしたら、組織も大きくしなければならない。社員が20、30人までは鍋ブタ型で行けるのですが、それ以上になると、コミュニケーションロスが生じます。そこで、キュービックが大切にしたい軸を定め、言語化し、社内、社外に広めていこうと。その一つがヒト・ファーストなんです。
―― 成長路線を行くということは上場も視野に入っていると。
世一 それは今のところ、考えていませんね。
―― ベンチャーとしては珍しいですね。なぜでしょうか。
世一 そもそも上場は目的ではなく、事業を伸ばす・会社を成長させるための手段だと思っています。少なくとも現時点におけるキュービックのビジネスは、上場により大きなドライブがかかる性質のものではない。だから直近での上場は必要ない、というのが僕の今の考えです。僕自身の可処分時間が、上場によって必然的に発生する株主対応に割かれてしまうのはちょっと違うだろうなと。事業運営や組織開発に、それこそ100%注力して今の状態があるので、その分の何割かをまったく別の仕事に割いてしまって理想的な経営が成り立つのか、という疑問があります。それからカルチャーの問題も。インターネットユーザーやクライアントに真摯に向き合うキュービックの企業文化が、金融市場や株式市場と親和性が高いかといえば、そうとは言えない。首尾よく上場できたとしても、何かのきっかけでバランスを失い、成長が止まってしまう可能性もあると考えると、なかなか踏み切れないんです。
経営に大切なのは市場から組織に至る一貫性
―― いろいろ資料を拝読すると、その後も、CIを変えています。それは会社のステージが変わったからなのでしょうか。
世一 そうです。僕は経営に大事なのは一貫性だと思っているんですね。外部環境としての市場があり、その上にデジタルメディア事業というドメイン(事業領域)が、さらにその上に戦略があり、その戦略を遂行する組織がある。みんなの努力が成果に結びつきやすいのは、これらの一貫性が保たれている状態だと考えています。
―― なるほど。
世一 別の言い方をすると、その一貫性を保ち続けるようにするのが経営者の仕事だと思っています。でも難しい。環境も組織も常に変化しますから、後から必要なものを足したり、調整したりすると、少しずつ一貫性が崩れていきます。本腰入れて全体を整えるには、CIの見直しに手をつけざるを得ないのです。
―― ビジョンやバリューは一旦決めると、そうそう手を触れないのが普通ですから、その考え方は面白いですね。
家族のような関係のコミュニティ「FAM」
―― ユニークな仕組みや制度を多々もっていますね。たとえば、FAM(ファム)です。全員が、部署とは全く別に、コミュニティに所属する。仕事、私生活問わず、いろいろな悩みも気軽に話せる「斜めの関係」構築を図る仕組みです。名前はFAMILYから来ているのですよね。
世一 その通りです。1家族あたり10数名からなるコミュニティで、それぞれに家長がいるんです。家長は立候補制で、たとえば大野さんがご自身のFAMを作りたければ「大野家」を名乗り、大野さんが家長になる。大野さんはFAMメンバーと強固な信頼関係を築くべく、会社から渡された予算を活用してさまざまな取り組みを行います。たとえば、悩みを抱えるFAMメンバーがいれば一緒にランチをしたり、新しく入社したFAMメンバーの歓迎会や誕生日を迎えたFAMメンバーの誕生会を企画したり、FAMで仕事終わりにスポーツをして一緒に汗を流したり、休日にキャンプをしてリフレッシュしたり。家長の工夫で、いろいろな活動が生まれています。ただし、その家族は永続的なものではなく、1年単位で解散し、年度ごとに新たなFAMがつくられるわけです。その数は現在18家族あります。
―― 自分の一段上の仕事に挑戦できるキャリアフライト制度、通常の業務をストップさせ毎月行う振り返りの一日というコアデーという制度も面白い。いずれもヒト・ファーストに通じるものですね。この他にもさまざまな制度があるようですが、これらは世一さんの頭の中から生まれたものなのでしょうか。
世一 そうですね。FAMはうちオリジナルかもしれませんが、毎度そうしたものが僕の頭の中から生み出されるというわけではありません。基本的には他社の事例などを参考にさせていただきつつ、当社流にアレンジして展開することが多いです。社内の仕組みや制度も運用してみないとわからないことがたくさん。試行錯誤の連続です。
司法試験に挫折し、起業へ
―― 時計の針を戻して、創業前後のお話を伺いたい。世一さんは法学部出身、司法試験に何度か挑んだけれども合格できなかった。その時に就職は考えなかったのでしょうか。
世一 弁護士になることしか頭になかったので、就職活動のやり方がよくわからなかったんです。しかも、卒業しており、新卒ではなかったので余計に気が進みませんでした。今から思えば、スタートアップにインターンとして潜りこむなど、いくらでも手があったと思いますが、当時は思いつきませんでした。一方で、司法試験の勉強代を捻出するために始めた、今のキュービックの事業につながるメディアの仕事がうまく回るようになっていました。
司法試験の勉強には当時、教科書1冊5,000円、模試を受けると10,000円などとてもお金がかかりました。大学はもう卒業していたので、親にはもちろん頼れませんでした。
そこで、たった一人ででき、失敗しても誰にも文句を言われない、工夫してうまくできればリターンも大きいメディアの仕事をしていたのです。試験には受からないけれど、メディアのアクセス数は増え、売り上げは伸びる。複雑な気分でした。だけどそこから徐々に、結果が出て楽しいことに気持ちが傾いていったわけです。
「教え子をアルバイトに」がインターンのきっかけ
―― インターンのことも伺わせてください。キュービックでは長期インターン制度が整備され、多くの学生が働いています。われわれは、ヒト・ドリブン経営を日本に広めていくための方策ともいうべき18のビジョンを考えており、その一つが「就活を改革しよう」なのです。長期インターンはその格好の手段です。主流になっている表層的なお見合いみたいな方法ではなく、就業体験を通して、学生と企業がマッチングを図るほうがずっと健全で、お互いのためになります。世一さんはどんな経緯で、キュービックにこの長期インターン制度を取り入れたのでしょうか。
世一 実は僕が学習塾でアルバイトしていた時に教えた元生徒を、アルバイトとして採用しようと思ったんです。そこが発端です。
僕は埼玉県出身で、アルバイト先の学習塾も埼玉県の大宮にありました。埼玉県の大学生はJR赤羽駅を通って都内の大学に行く。そこで、最初に赤羽にオフィスを構えたんです。オフィスといってもマンションの一室でした。元生徒をそこで堰き止めて働いてもらっていた。
―― それは面白い。
世一 デジタルメディアの仕事は学生に任せやすいんです。クライアントワークを託すのは難しいですが、データ分析や広告クリエイティブの作成、広告運用など、プロセスの一部を任せることができる仕事が多い。実際、彼ら大学生が貴重な戦力になりました。そうこうしていくうち、もっと前向きで成長意欲の高い学生を集めるために、“アルバイト”から“インターン”という表現に変え、働いてもらうだけではなく、学生たちの成長の場にしようとこちらの立ち位置も変えたんです。
そこからさらに、専属の人事もつけて、インターンから新卒採用で正社員になるプロセスができました。手前味噌ですが、うちでしっかり2年ほどインターンをやってもらうと、ビジネスパーソンとしてもなかなかの仕上がりになります。社会人1年目から立派な即戦力としての活躍を期待できるというわけです。
―― それは自然な流れですね。
世一 僕は大学1年の時から大学卒業の2年後まで、つまり計6年、同じ学習塾で働いていていた。生徒がたくさんいる集団授業です。その経験があるので、少し年が離れた若者ともある程度目線あわせをしながら物事を進めていくことに慣れているのかもしれません。今思えば、その学習塾も正社員は数名で、講師である学生アルバイト十数名で廻っていました。その経験がこの会社の組織作りに活きているのは確かですね。
出身校、浦高文化をキュービックに
―― 世一さんの原点はそれより前、在学していた埼玉県立浦和高校にあるという記事をあるサイトで拝見したのですが。FAMなどの仕組みも、そこから来ているとか。
世一 そこに来ますか(笑)。浦高って面白いんですよ。進学校なんですが、勉強、部活、学校行事、この3つに全力で取り組ませるんです。とにかく入試が大事と、部活は入らなくていいし、学校行事も形式だけという学校も多いと思いますが、浦高は違った。
例えば、当時は文化祭の直前には泊まり込みで準備をすることもあったのですが、先生が、夜、たこ焼きを差し入れてくれたり、友達の母親がお菓子や飲み物を持ってきてくれたり。夜中に一度、家に帰ろうと自転車に乗っていたら、警官につかまって、「高校はどこだ」と聞かれ、「浦高です」と言うと、「また浦高生か。気をつけて帰れよ」と急に優しくなったり。浦和の町全体が浦高生を陰に日向に応援してくれているように感じていました。
勉強も各自で頑張るほかに、早朝から集まって一緒に勉強したり教えあったり。結構な負荷ですが、先ほどの3つを、仲間とともに全力で取り組み、乗り越えていくことが求められます。
だけど、浦高の仕組みを活かそうと意識していたわけじゃないんです。気がついたら、そうなっていた。ある時、浦高の校長先生の記事を目にして読んでいたら、キュービックに似ているなと。なので、うちの広報チームの何人かと一緒に母校を訪ね、その校長先生に話をうかがいました。そのうちの一人が「この高校はまるでキュービックですね」と驚いていました。
会社にはカルチャーに共感した人が集まるべき
―― 高校、学習塾という学びの場が会社づくりの起点になっているというのは興味深いですね。抽象的な質問になりますが、世一さんにとって会社とはどのようなものであるべき、とお考えですか。
世一 コミュニティですね。居場所であり、個々のアイデンティティになるもの。今の流行り言葉でいえば、僕はジョブ型よりメンバーシップ型を好みます。
その際に大切になるのが、カルチャーです。事業特性や商品の特徴、顧客像、経営思想などはすべてカルチャーに還元されると考えています。カルチャーはそれほど重要です。そのカルチャーに共感した人が集まるのが、本来の会社のあるべき姿だと思います。
―― なるほど。世一さんが理想とする会社像を100点だとすると、今のキュービックは何点くらいでしょうか。
世一 僕がこういう会社にしたい、これを大事にしてほしい、と思っていることが全員に伝わり、理解され、実践される。その状態を100点だとすると、……20点、いいところ30点でしょうか。
―― 随分低いですね。ギャップや不安があるということでしょうか。
世一 そうですね。やはり人数が増えるに連れて、言語化されていない抽象的な価値観の部分が伝わりきっていないと感じることが増えました。
―― どこにギャップがあるのでしょうか。
事業の成長と文化の深耕、どちらも追求
世一 例えば1つの例ですが、評価や目標設定にかける時間がとても多いと。他社を経験された方に言わせると、「異常」らしいです(笑)。また、インターンの学生たちをどう動機付け、どうフィードバックするか。いかに成長を促し、成果に結びつけるか。そのプロセスも相当作り込んでいるんですが、そこまで面倒なことはやりたくない、という方もいます。メンバーに対しメンバー以上に考えることは、ヒト・ファーストの大事な要素なのですが、その真意は完全には浸透していません。
―― 今後について聞かせてください。企業の成長とカルチャーの深耕、仮にどちらかを優先するとしたら、どちらでしょうか。
世一 二者択一ではなく、どちらも優先事項です。事業が伸びているからこそ、機会が増え、社員が成長し、その成長が文化を深めてくれる。文化を深めるからこそ、社員がより緊密に結びつき、働くのが楽しくなり、成果が上がりやすくなる。その両輪がしっかり回る仕組みを作るのが僕の仕事だと思います。
世一 英仁(よいち ひでひと)
株式会社キュービック 代表取締役社長
1981年埼玉県さいたま市生まれ。2005年に東京大学法学部卒業後、弁護士を目指して司法試験に打ち込むかたわら、ひとりでデジタルマーケティング事業をスタート。2006年には司法試験に区切りをつけて事業を法人化、現在に至る。
株式会社キュービックはフィールドワーク重視のマーケティングが特長。表面的なニーズではなくインサイトを的確に捉え、人々をよりスムーズな課題解決体験へと導く。現在15期目、東京・福岡・ジャカルタの3箇所に拠点を構える。従業員数約300人、内約130名が学生インターンという特徴的な組織となっている。リンクアンドモチベーション社主催「ベストモチベーションカンパニーアワード2018」において6位入賞。2019年度「Great Company for Students supported by ONE CAREER」において「Great Company for Students」10社として選出。2018年度版2019年度版2020年度「GPTW働きがいのある会社ランキング」、3年連続ベストカンパニー受賞。