Captain’s View : 代表・加藤氏は、なぜ10年も前に複業に目をつけたのか?

 

会社は単なる箱であり、社員は相利共生のパートナーだ

エンファクトリーは、あらゆる「もの・こと・ひと」をつなぐことを通じ、多様な「縁」を数多く築くことを目指して、ファッションやインテリアを中心としたネット通販事業、士業から恋愛アドバイザーまで130職種以上の専門家とユーザーをマッチングさせる専門家マッチング事業、プロジェクト開発受託事業を展開しています。
同社を有名にしたのは、何といっても、2011年の創業当初から掲げている人材理念「専業禁止!!」でしょう。最近こそ、副業がブームの様相を呈し、容認する企業が3割に達するという調査結果も発表されていますが、当時は副業禁止が当たり前でした。
果たしてその背景には、どんな会社観、人材観があるのでしょうか。

エンファクトリー 代表取締役社長 CEO 加藤健太氏
聞き手 ライフシフト・ジャパン 代表取締役CEO 大野誠一

 

財務内容がよくわからない大企業で働くリスク

―― いきなり直球の質問で恐縮ですが、加藤さんの会社観を伺いたいんです。といわれても、いきなりひとことで言い表すのは難しいかと。なので、新卒で入社されたリクルート時代から、会社というものをどのように考えていたか、を聞かせて頂けますか。

加藤 リクルートは営業の会社とよく言われますが、僕は営業をやったことがないんです。平成元年に入社し、最初の配属が名古屋支社で、事業統括の仕事をやりました。その後、東京本社に移り、経理、事業企画、最後は経営企画でした。入社したバブル崩壊前からずっと、経営側、つまり事業の裏側をずっと見ていた。その時、僕が思ったのは、会社、特に大企業というのは危うい存在だと。

―― どういうことでしょう?

加藤 当時のリクルートは巨額の負債を抱えており、様々な企業が買収など触手を伸ばし、交渉に来ていたんです。実質的に債務超過で、取引している銀行が融資を断ったら、即、潰れてしまうような状態だった。
片や、そんな事情は露知らず、僕の同期は現場で頑張っていました。当時は1995年の住専(住宅金融専門会社)の破綻をきっかけに、名のある大企業がどんどん潰れていきました。経営と距離があったり、財務内容がよくわからない大企業で働くことのリスクを、僕はひしひしと感じていたのです。

―― なるほど。

加藤 一方でこうも考えました。有形資産は危機的状況にあるけれど、無形資産が健全だから、銀行は融資をしてくれるし、お客様も信頼して仕事を発注してくれるんだと。無形資産のベースは人です。会社は人で出来ている、経営の中心におくべきは人だという意識はその頃に芽生えていたと思います。

 

一人ひとりの自立を支援するメディア

―― 加藤さんはその後、リクルートを辞めています。なぜ離れたのでしょう。

加藤 経理部時代の上司と、日本ではまだ馴染みのなかったBPO事業を社内で立ち上げようとしたのですが、結局、うまく行かなかったんです。結局、その上司が事業アイデアを持ってプライスウォータハウスクーパースに行って、僕を誘ってくれました。経営から現場まで見られ関与できるところでやりたい、と思っていたこともあり、半年後に参加しました。 ところが、そこでもなかなか進まない状況が続いていたときに 、後にオールアバウトの社長になる江幡(哲也)さんから、「(オールアバウトの立ち上げを)一緒にやらないか」と言われたんです。

―― 各業界の専門家(ガイド)が執筆する総合情報サイトを運営し、そこに広告をつける。リクルートと外資の合弁で作られた会社ですね。

加藤 その通りです。さまざまな専門家の情報をネット上のコンテンツに仕立て、それを目にした読者が豊かな人生を送れるようにする、というのがオールアバウトの目指すところでした。キーワードは自立です。一人ひとりの自立を支援していく。

―― その一人ひとりというのは読者ですよね。

加藤 読者でもあり、記事を書いてもらう専門家でもあり、社員でもありました。僕は2000年にCFO(最高財務責任者)としてオールアバウトに入ったのですが、財務や経理だけではなく、人事含めたスタッフ業務全般も見ていました。

 

自立の一歩は経済的自立

―― 社員の自立を推進するために、どんな施策を打ったのでしょうか。

加藤 最近、iDeCo(イデコ:個人型確定拠出年金)がやっと注目されてきていますよね。でも当時の年金制度といえば確定給付年金が当たり前、個人は会社に任せっぱなしでした。しかし、これからは確定拠出年金が重要になるはずだと僕は思っていたので、401K(企業型確定拠出年金)を、他社がまだまだあまり 導入していない早い時期に、オールアバウトに入れたんです。しかも、積立金を自分で決められるという画期的な仕組みでした。
今でもあまり変わっていませんが、日本のビジネスパーソンのお金に対するリテラシーはあまりにも低い。自立を目指すなら、キャリアだけでなくファイナンスのリテラシーも非常に重要です 。
そんなことがあって、エンファクトリーでは、新しく入った社員に、僕が講師となり、ライフデザイン研修のファイナンス講座を講義しています。

―― それは私も聞きたい(笑)。そして、そこから分社して、2011年4月にエンファクトリーが誕生します。

加藤 はい。オールアバウトは2005年にジャスダックに上場しました。僕はCFOをしながら、その上場直前に始めたスタイルストア(ネット通販)という新規事業のお守り役みたいなことをやっていたのです。その後、2008年にリーマンショックが起こり、従来の広告モデルの事業が打撃を受け、オールアバウト自体の業績もかなり落ち込んでいました。そこで、その新規事業を、新設分割という形で外に切り出して独立させ、スタートしたのがエンファクトリーで、現在は新たな株主に代わりました。

 

 

専業禁止の理念はどうやって生まれたか

―― 新しい会社を作るにあたって、どんな思いがあったのでしょうか。「専業禁止」も当初から打ち出していますね。

加藤 先のリクルートの時の経験やバブル後の大企業の状況もあって、「会社は単なる箱に過ぎない」と思うようになっていました。僕は起業家ではなく雇われ社長。なので、「何が何でもこうしたい」という強い思いがあるわけではない。自分も含め、社員みんながいきいきと楽しく仕事ができれは、という気持ちでした。

―― 他の役員もそういう考え方だったのでしょうか。

加藤 そうですね。実は分社する1か月前に東日本大震災が起こったんです。これからも何が起こるかわからないから、自分たちが好きなことをやろう。会社という箱を使って、自由に羽ばたく人がいていい。箱の中では実現できない活動があったら、外で堂々とやればいい。そんな議論をしていくうち、「専業禁止」という言葉が誰からともなく出てきた。各自の自立を応援していく会社になろうと。
実はエンファクトリーというと、専業禁止のみがクローズアップされがちですが、その後に続くキャッチフレーズである「生きる力、活きる力を身に付ける」が大切なんです。

―― その力はどうやったら身に付くのでしょう。

加藤 手前に「知る」があるべきでしょう。ファイナンス講座もそうですが、そのための機会提供を惜しまない。そして、迷っていたら背中を押してあげる。

―― 機会提供と背中を押してあげること。それぞれ何をやっているのでしょうか。

加藤 前者に関しては、まず副業推進が機会提供のひとつだと考えています。それから、自分が何かをしたい、学びたいと思った時の支援を惜しみません。勉強会を開催すれば その時の食事代が出るとか、外部のセミナーの受講料、勉強のための資料代も会社で負担するといった、ささやかなことも機会提供といえるでしょう。
後者は、半年に一度、僕が全社員と面談する「en談」という仕組みで実行しています。異動の希望を含め、その人が「やりたいこと」「やれること」を、「会社がやるべきだと考えること」とすり合わせていく。その時に、背中を押す場面もあるということです。例えば、「複業留学」というサービスを立ち上げたのですが、きっかけをつかめない社員の背中を押してベンチャーに行かせたりもしてます。
宣伝(笑)になってしまいますが、このあたりのことについては、弊社の役員が執筆した『専業禁止~副業したら本業成果が上がる仕組み~』という書籍が12月に発売になりましたので是非書店でお買い上げください!

 

 

自分という車輪、会社という車輪の二輪走行

―― 書籍、読ませていただきます(笑)。話を戻しますが、機会提供と背中を押してあげること、うまく行っていますか。

加藤 それだけでは駄目ですね。よく2:6:2(ニイロクニ)という言葉があります。上の2割は放っておいても動き、真ん中の6割は時に動き、時に傍観者になる。下の2割は何を言っても動かない。これはうちでも同じです。ただし、この6割の真ん中にいる2、3割が 動き出すと、会社の雰囲気がガラリと変わります。
副業もそうでした。その6割の一部が副業をやっている人たちに影響され、楽しそうだ、自分にも何かできるかもしれない、と動き出す。人は身近な人に影響を受けるということを実感しました。ちなみに、僕らは子育ても仕事外の勉強をすることも、ボランティアも広く副業と捉えています。
では、どうやって影響や刺激を与えるかといえば、うちでは半年に一回、全社員が出席する形で、「en Terminal」と名付けた副業に関する社内報告会を開いており、そこで聞くことが、副業をまだしていない社員にとってよい刺激になっているのです。
この間、その報告会で妄想副業というのをやってみたんです。

―― なんだか面白そうですね。

加藤 副業をしていない社員が、もしやるなら、こんな副業をやります、という内容を発表するんです。ユニークなものが山ほど出てきました。「専業禁止」という会社にいるくらいですから、うちの社員はみんな事情が許せばやりたいんです。他の会社の事情はわかりませんが、少なくてもうちの社員は自分という車輪、会社という車輪、その両輪をそれぞれきちんと持っていると改めて実感しました。

 

 

フラットで互恵的な信頼に基づくパートナーシップ

―― 二つの車輪で走れば安定しますから、それはいいですね。御社のユニークな仕組みとして、もう一つ、「フェロー制度」があります。内外の垣根を低くするという意味で画期的です。

加藤 オールアバウトの事業が専門家という外部の人たちを組織化するものだったので、その頃から、会社の内外(うちそと)という概念がますます溶けていくだろうと思っていました。特にネット業界がそうで、しかも僕らのような小さな会社は、フリーランス含めた外部のパートナーの力を臨機応変に借りなければやって行けません。
リンクトインの創業者、リード・ホフマンが書いた『ALLIANCE 人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用』(ダイヤモンド社)には、雇用という形にとらわれない、フラットで互恵的な信頼に基づくパートナーシップのあり方が描かれていて、これはうちで考えてやってることと同じだ、とさらに自信を深めました。そもそもリクルートでもそのような文化がありましたが、エンファクトリーでやっていることもそれなんです。辞めたらおさらばではなく、辞めてもパートナーとしてつながろうと。
うちの退職者の多くが起業して独立するんです。そういう人とフェローという関係性になって、連携していく。フェローには先ほどの副業報告会にも出席してもらっています。
僕らは2017年11月から「チームランサー」という新しいサービスを始めました。会社員やフリーランスが企業という垣根を超えてチームを組み、何らかのプロジェクトに取り組むことを支援するサービスです。その中で僕らの社員やフェローのチームが既にたくさん立ち上っています。

―― それはユニークなサービスですね。

加藤 サービスを立ち上げた後に知ったのですが、厚生労働省が2016年8月に「働き方の未来2035」という報告書を発表しており、その中に次のような一節があるんです。

2035 年の企業は、極端にいえば、ミッションや目的が明確なプロジェクトの塊となり、多くの人は、プロジェクト期間内はその企業に所属するが、プロジェクトが終了するとともに、別の企業に所属するという形で、人が事業内容の変化に合わせて、柔軟に企業の内外を移動する形になっていく。その結果、企業組織の内と外との垣根は曖昧になり、企業組織が人を抱え込む「正社員」のようなスタイルは変化を迫られる。

これがまさに「チームランサー」で実現したい世界。あえていえば、エンファクトリーという会社自体もこの領域に足を踏み入れつつあると思います。

 

社員は同志ではなく、会社は運命共同体でもない

――先ほど「会社は箱」という名言をいただきました。では社員はどういう存在でしょうか。

加藤 社員一人ひとりと話をする時は違いますが、僕は社員という一人ひとりをじっくり見ているという感じはなく、塊として見ています。そもそも、入る人がいる一方、出て行く人がいる。去る者は追わず、来る者は拒まず。逆に言えば、お互いが期待しすぎるのも気持ちが悪い。お互いが上手に利用し合えばいいんです。僕らのビジョンである「自己実現ターミナルの創造」、まさに会社も社員にとって自己実現ターミナルであればと。
僕は相利共生という言葉をよく使います。お互いに利益がある状態ですね。そこに特別な思いがあるわけではない。

―― かけがえのない同志ではない。

加藤 そうですね。会社 のパーパスへの共感は必須ですが、同志となると、気持ち悪い(笑)。
運命共同体ではないわけです。社員は僕にとって「相利共生のパートナー」という感じでしょうか。

 

大組織を小組織の集合体にする

―― われわれは学んで働いて引退という旧来の3ステージ型から、それらが複雑に入り組んだマルチステージ型に人生が移行するはずであり、そうした社員の生き方を応援してくれるような経営をヒト・ドリブン経営と名付けました。実はこのモデルが会社のスケールアップと折り合えないのではないかと思っているんです。現時点でエンファクトリーもそんなに大きな会社でない。

加藤 はい、40、50人です。

―― そこでお聞きしたい。この経営モデルは何千人、何万人という規模の会社でも可能だとお考えですか。それとも、中小でないと無理なのか。あるいは、全体で5000人規模の会社だとしても、ユニットを150人くらいに分ければ可能なのか。どう思いますか。

加藤 規模に関係なく、基本的にはできるとは思うんです。ただ、既に出来あがってしまった大きな会社を変えるのはかなり難しいと思います。経営陣を全員入れ替え、DNAをまったく別物にするくらいの荒療治ができれば別ですが。
大組織を小組織の集合体にするのはいいアイデアだと思います。僕はリクルートで最後、経営企画にいたんです。その時の社長に「(当時の社員数)3万人の会社を300人の会社100社にしたほうがいいんじゃないですか」と真顔で進言したことがありました。
会社のパーパスや各自の思い、熱意がうまく伝わるには、組織が一定数以内であることが必要です。他者の影響を受けやすい範囲があるということです。先ほどの2:6:2の6が動いていくのも身近な人から影響を受けるからであり、テレビを見たり、本を読んだりとかでは、動かない。6割がなぜ動くかといえば、身近な人が既に動いており、その姿を見て、「面白そうだ」「そんなことができるんだ」と思うからです。
経営をヒト・ドリブン型にするためには経営陣が変わるだけでは駄目だと思います。あえて組織を小分けにし、2:6:2の6、その中の2、3割の意識と行動を変えていくやり方は検討に値するのではないでしょうか。

PROFILE

加藤健太(かとうけんた)
エンファクトリー 代表取締役社長 CEO

リクルートを経て、オールアバウトの創業メンバーとして財務、総務、人事、広報、営業企画など裏方周りのあらゆることを担当し、取締役兼CFOとして2005年に IPO。その後、現在の株式会社エンファクトリーを分社し代表に就任。エンファクトリーでは「ローカルプレナー(※)のための自己実現ターミナルの創造」を目指し、また、社内では「専業禁止!!」という人材ポリシーを打ち出して、関わる人々すべての「生きるを、デザイン」を応援中。

※ローカルプレナーとは専門家やフリーランス、つくり手はもちろんのこと、企業に勤めながらパラレルワークやNPO・ボランティアなどを通じ、自己実現に向けて自ら生活や、働き方や生き方をデザインし、実行する人々を総称するエンファクトリーの造語。