Captain’s View:代表・上田氏はなぜ起業支援を中核に据えたのか?

 

職場からぼこぼこ起業家が生まれる環境が
個々人の未来を大きくする

ガイアックスは不思議な会社と言われます。基礎となっているのは、インターネット上でのソーシャルメディアサービス事業。しかし、近年では、オンラインだけでなくリアルな場でも人と人とを結びつけるシェアリングエコノミーのサービスも増えてきました。一方で、アイデア段階の超シード期から起業を支援するスタートアップスタジオの活動は、未上場企業に投資するベンチャーキャピタルにも類似しています。一見するとなんでも屋にも見えるような事業マップですが『人と人をつなげる』という企業ミッションに従って整理してみると驚くほどに一貫性のある事業姿勢に気付かされます。一見、IT、投資というクールで生々しいツールを利用しながら、人から人へ伝えられるシナジー効果そのものをエネルギーにしたガイアックスのヒト・ドリブン経営に迫ってみました。

ガイアックス 代表執行役社長 上田 祐司氏
聞き手 ライフシフト・ジャパン 代表取締役CEO 大野誠一

 

「赤の他人と出会う」サービスが世の中を活性化し楽しくする

—-そもそもガイアックスという会社が現在のようなユニークなスタイルをとるようになった背景には、何があったのでしょうか?

上田 ガイアックスが創業した1999年はまさにインターネット社会の黎明期。試行錯誤がつづけられていた時代でした。また、コミュニケーションが改革されて新しくなっていった時代です。私たちは当時、インターネットの普及が人と人との関係性を劇的に変えていくと予想していました。地球の反対側にいて、通常だったらお互い存在も知らなかったような人たちと、議論したり共同作業したりできる。私たちは、このような「人と人とのつながり」、その中でも「”赤の他人”と出会う」機会を生み出すサービスに注力していこうと考えました。以来、莫大な数のサービスを生み出してきましたが、「”赤の他人”と出会うことによって生まれるエネルギーを増大させる」という点では共通しています。

—-ガイアックスのユニークなところは、その法則を単にサービスやコンテンツの展開方法だけでなく、みずからの組織づくりに昇華してきた点にある気がします。

上田 そうですね。「莫大な数のサービスを生み出してきた」と言いましたが、現在まで継続しているサービスは20%もないでしょう。80-90%が撤退しています。想定していた収益構造に達しなかったものも多くあります。また、収益的には良好であっても、成長性・発展性が見えなくて売却した事業もあります。会計上は損失となった事業も多くありますが、本当にマイナスなだけかといえばそうではありません。一つの事業の成立過程には、事業運営者やエンジニア、ユーザーなどたくさんの人間が関わり、共同作業を行った履歴が残ります。これは大変な企業資産だと思っています。失敗を恐れる経営では、この経験が得られません。失敗経験があることで、より大きな成功を生み出せます。この意味で「人と人とのつながり」はガイアックスの大きな活力源となっています。

—-そう思うようにいたったきっかけは何かあったのですか?

上田 もともとガイアックスは小方さん(*)という女性と私の2人で創業したのですが、この人の影響が大きかったと思っています。まだインターネットが十分な社会的インパクトを持っていなかった1990年代に、大学1年生で渡米し、シリコンバレーの会社でアルバイトしていたという希有なエネルギーの持ち主です。創業して3年ぐらいたって、事業が拡大しはじめたころに何人かのコアメンバーが会社を辞めていきました。当時の私はどちらかといえば保守的な経営者だったので「会社に残るよう考え直してくれ」と口にしそうになったのですが、小方さんは満面の笑みで「え?すごいじゃない。つぎは何するの?」と反応しました。そんな小方さんの極端なほどに開かれたパーソナリティはいまもガイアックスの組織論に大いに反映されています。
(*)小方麻貴氏、現在は主婦業と文化活動の傍ら、オンライン朝活活動Homeroom+を運営中。

事業部が好きなときに法人化できるカーブアウト制度

—-ガイアックスの特徴的な取り組みに、カーブアウト制度で社員を経営者に育ててきたことが挙げられます。

上田 申請した事業部が、法人になれる制度です。もともとは「切り出す」という意味で、事業の一部を分離させることを意味しています。近い仕組みにスピンオフ・スピンアウトというものがあります。スピンオフの場合は、資本的に親会社が完全に支配し、外部からの出資は禁止されます。私たちのカーブアウト制度は、ガイアックスの株式持分こそありますが、外部からの出資を受けても構わず、また事業運営に関しても自由度がきわめて高くなります。一方のスピンアウトは、逆に会社からの資金的な支援をまったく受けずに独立するということで、運転資金の確保も困難になります。つまり、ガイアックスのカーブアウト制度は、運営の自由を認めつつ同時に資金や人材的な支援も行っていくというものになっています。現在、カーブアウト制度で法人化した場合、全体の株式の1/3は無条件に取得できます。さらに株式購入を進めて半分近くまで取得している人もいます。

—-親会社のガイアックスとしては、統制がとれずに不安になるのではとも感じるのですが。

上田 私たちが確信を持ってカーブアウトを支援できるのは、さまざまな経験を経て、結局このやり方がもっとも人材の能力を引き出し、結果ガイアックスのゲインも増やすことができるとわかったからです。その第一号となったのは、ガイアックスからカーブアウトして現在は上場しているAppBankという会社です。ガイアックスの事業部だったときに数千万円の赤字があったものを、トップの村井さんという方が素晴らしいリーダーシップを発揮して黒字化しました。その後、カーブアウトして会社を自分のものとしたいという希望を出してきたので、経営陣では大変な議論となりました。その事業自体は村井さんの力で成功したものなので、認めてもいいという声も大きかったのですが、他の事業部長からは「皆カーブアウトを希望したらどうするんだ、ガイアックスがばらばらになる」という意見もありました。その議論を経て、最終的にガイアックスの事業のトップにいる人が希望したら、カーブアウトして独立できるという制度になりました。ちなみにAppBankはその後上場して会社に大きな利益をもたらしてくれました。

—-実際にカーブアウト希望者が殺到したようなことはなかったのですか?

上田 おもしろかったのは何人かの事業部長が「マジでいつでもカーブアウトできるんですか?」と言ってきたことです。「いつでもできるよ」と応えたら「じゃ、いまじゃなくてもいいです」と引き下がった人もいました。カーブアウトした場合、どうしても経理財務などの間接費によってコストアップするし、いつでもカーブアウトして自分の会社にできるのなら、もう少し体力を付けてからという判断をした人もいるようです。現在はまだ社内に残りながら、カーブアウトのチャンスを虎視眈々として狙っている事業部もあるようですね。また、カーブアウトして外に出て行った人たちもガイアックスと協力関係を続けていてくれているのも、私たちの強みになっています。

 

起業支援のプロがうようよといるハリウッド型スタートアップスタジオ

—-会社自体がスタートアップスタジオであると標榜されています。

上田 カーブアウトによっていくつかの起業を支援していく中、自分たちのビジネスモデルは何と呼べばいいだろうと考えたことがあります。ベンチャーキャピルよりももっとサポートした形、またアクセラレーターよりももっとコミットした形。起業支援をするうち、独自の事業スタイルが結果的に出来上がったと思います。そんな中で「スタートアップスタジオ」という本(*)に出会い、読んでみると、私たちが関わってきたのと近い事例が並んでいました。「ああ、うちの会社ってスタートアップスタジオというカテゴリーだったんだ」と経営陣みんなでビックリしたのを強く覚えています。それ以来「私たちはスタートアップスタジオなんです」と名乗るようにしています。たくさんの作品を次々と生み出すハリウッドの映画スタジオのように、起業支援のプロがうようよといて、どんどん新規事業という作品をつくっていくイメージです。
(*)STARTUP STUDIO~連続してイノベーションを生む「ハリウッド型」プロ集団 アッティラ・シゲティ著

—-社外人材の起業を支援する組織としての「スタートアップスタジオ」も動きはじめていますね。

上田 まさにハリウッドシステムで起業を支援する組織です。出資だけではなく、事業開発・エンジニアリング・バックオフィスの支援まで行っています。現役学生~新卒3年目ぐらいの若手を対象としたワークショップやビジコンで発表されたアイデアに対し、ガイアックスのメンバーがスタートアップのノウハウにもとづいて事業化支援をしていきます。社内と社外の間に明確な区分があるわけではなく、社外人材のアイデアに従って設立した会社にガイアックスのメンバーが参画するような例もよくあります。この背景にあるのは、社内における引き抜き自由の法則です。事業拡大に必要な人材を社内からスカウトし、本人と事業部長が同意をすれば現在の上司は抵抗できないルールになっています。この原則が社内からのスタートアップだけではなく社外人材に投資する「スタートアップスタジオ」にも共通するというわけです。

働き方の基本はフリー、フラット、オープン

—-事業にしても働き方にしても、柔軟かつフットワーク軽く動けるのもガイアックスの特徴と言えそうですね。

上田 これも過去のエピソードなんですが、あるときにメンバーからクレームが来ました。「収益性の高い事業に関わっている人はカーブアウトもできて収入も増えるのに、自分たちのような儲からない部門を必死で支えている人間は陽も当たらずに不利ではないか」というものでした。ビックリしました。「えっ、自分の部署が儲からないとわかっていて我慢してつづけていたわけ? だったらさっさと事業をたたんでつぎに進んだ方が会社も人もずっとメリットがあると考えようよ」と即答しました。組織の枠組みも、働き方も自分で決めて、勝手に動いていいという考え方は長い間かけて定着して来たと思います。リモートワークOK、副業OK、裁量労働、社内コーチプログラム、マッサージ・ヨガ教室、電動自転車レンタル、屋上のアーバンガーデン、キッズルーム・授乳室、コワーキングスペースなどの制度は楽しければいいとか外部受けを狙った制度ではなく、自由に考えて自由に動くことこそが最大の生産性をあげるという合理性があると思います。私の座右の銘である「効率は愛」は、そういうことです。

 

人生のゴールから逆算していくマイルストーンセッション

—- 報酬までも自分で決めるマイルストーンセッションも興味深いです。

上田 四半期に一度、担当上司とメンバーで目標設定と振り返りをする制度です。単なる自己申告制度と異なっているのは、面談を四半期ごとに行いつつ、数十年先までの視野を要求している点にあります。目標は必ず人生のゴールを基軸において、その実現のために今年何を成し遂げるか、この四半期で何を実現するか明文化して共有しよう。なかなか20代から人生のゴールを現実的に考えるのはむずかしいかもしれません。しかし、短期的な視野の中であくせくしていて、人生のサイズ自体を小さくしてほしくないと考えています。自分の人生において何を実現できたら、自分は幸福になれるかしっかりと考えて実行していけば、人生に注ぐエネルギーが仕事にも流入していきます。報酬を自分で決めるというのも、自分の仕事の成果と報酬がどう連動するかをしっかり見つめてほしいという意味です。わからなければ調べればいい。転職活動をして相場を知る努力をしたっていいじゃないですか? 社内からも「達成しやすい低い目標を出して高収入を得ようとする輩(やから)が出るのではないか」というような声も上がりましたが、逆に聞きたいと思います。せっかく自分の人生を考える機会に低い目標を出して高収入を得て幸せになるの?ということです。私は自分で会社を立ち上げて、自分で決断してきたことに大変に満足しています。「ぼくが食べている最高のお菓子をみんなに配らない理由はない」という考え方がマイルストーンセッションの背景にもあります。

—-評価レスという考え方もおもしろい。

上田 評価というのは完成した作品に対して、いいとか悪いとか言うものです。評価には不満がつきものになります。「自分がどれだけがんばったか上司は理解してくれない」は典型的な言葉といえるでしょう。その理由は人の働きを評価しようとしたときに、さじ加減というものがかかわってくるからです。マイルストーンセッションにおいては、さじ加減=評価というものが介在できないような形で申告してほしいと言っています。たとえば「○○○の仕事をスピーディに対応できるようにする」という表現では、人によってはスピーディに見えるし、スピーディじゃないと判断する人もいるでしょう。「仕事の効率を上げてリードタイムを30%短縮する」とすれば、それが達成されたかどうかは誰が見ても同じ判断になります。報酬額を自分で決めるのは、自分の仕事の成果を金額に換算する作業でもあります。この習慣をつけることにより、人生のスケールそのものを大きくしていってもらいたいと思います。

—-報酬というのは単にギャランティだけではなくて、キャピタルゲインなどを含んだものになるわけですね。

上田 中堅以上のメンバーは年収なんてどうでもいいという人の方が多いですね。たとえばネットベンチャーの社長に「年収いくらですか」と聞いたら十中八九「どうでもいい」という言葉が返ってきますよね。そんなことより自社株の価値を上げていく方が大事なはずです。基本的にメンバーには、自分の報酬に関して基本的な相場観を持ってもらうようにしているので「自分の報酬は、この目標が達成されればプラス50万円、できなければマイナス20万円」と提示されれば、よほど不自然な数字でない限りパッと見て「まぁ、いいんじゃない」という運用を行っています。

スタートアップがぼこぼこと立ち上がっていく環境が目標を大きくする

—-ガイアックスに社員として入ってくる人材はどんなタイプの人なんでしょうか?

上田 スタートアップスタジオとして機能しているということで、だれもが最初から「こんな事業を立ち上げたい」とアントレプレナー的なマインドを持っているように思われるかもしれません。実際は案外そうでもなく、普通に就活をして普通に会社員になろうという人もいっぱいいます。一つ言えるのは、ガイアックスの中で呼吸していれば、自分の事業を立ち上げて将来はカーブアウトするというようなことが当たり前になっていく環境をつくっておくということです。私自身、海の近くで育ったので小学生のころは毎日4キロ泳いでいました。周囲もみんな4キロぐらいは泳げるのが当たり前だと思っていました。でも、中学に入ると誰も4キロなんて泳げない。カナヅチな人だっているのを見てビックリしちゃったわけです。人間というのは環境に引っ張られて考え方も変わっていきます。私たちが心がけているのは、スタートアップが日常的にぼこぼこ立ち上がっている環境の中で働くことで、起業のハードルや心理面での壁をなくしていこうということです。

—-スタートアップを支援する環境づくりということでは斬新なオフィス環境にも現れていますね。

上田 2017年にNagatacho GRiDというコミュニティビルをオープンしました。その中でガイアックスのメンバーも働いているという開かれたオフィス環境を作り上げています。ワークプレイスとイベントプレイスからなるビルディングで、ドーナツカフェ、マッサージルーム、キッズルーム、シェアサイクルなどの設備があります。私たちがポイントとしたのは、同じスペースに社外人材とガイアックスメンバーとが交じり合って働くという環境です。自然と交流が生まれ、コラボレーションも実現する環境を追求しました。また、コロナ禍によってテレワークが進んだことを受けて、Nagatacho GRiD内にニューノーマル・シェアオフィスをオープンさせました。「シェア」という特徴をコロナ時代にあわせアップデートしています。

 

ニューノーマルの時代こそ発揮されるべきアントレプレナーマインド

—-オフィスのリニュアルは、コロナ禍の時代を受けて打ち出した「ニューノーマルの時代」というコンセプトの実現の一つということですね。

上田 はい。現在、ガイアックスでは「ニューノーマルの時代」という捉え方をして、つぎのステージに向けて何ができるか考えています。コロナ禍の2020年、もうすでに社会変化は進展しています。いままでと違った社会構造の中で、新しい人と人とのつながりが必要となっています。たとえば、私は昨年の緊急事態宣言以降、ほとんどの時間を葉山の自宅で過ごしているのですが、この町で普通に生きて社会活動などもしているうちに、もうすでに複数のコミュニティから参加を持ちかけられています。このような新しいつながりが、世界のいたるところで生まれはじめています。いままでになかった新しいサービスも必要ですよね。それはまさしくガイアックスが拾い上げるべき役割だと思います。社内外の人々も、この新しい時代の新しい人のつながりがどこに向かっていくのか、1人1人が創造性を発揮してほしいと思うし、ガイアックスでも強力に支援していきたいですね。

 

PROFILE

上田 祐司(うえだ ゆうじ)
株式会社ガイアックス 代表執行役社長

1974年大阪府茨木市生まれ。同志社大学経済学部卒業後、独立支援の仕組みのある企業に1年半勤務した後、オンラインコミュニティの企画・開発・運営を手がけるガイアックスを24歳で起業。30歳で上場を果たす。座右の銘は「効率は愛」。ガイアックスでのワークミッションは、人と人をつなげる(Empowering the people to connect)。人生のゴールは人と人をつなげること。苦労することや、腹立たしいことがあるが、それはコミュニケーションがとれていないために起こる。もしも、世の中の人が、全員、脳と脳がつながっていれば、そういうフラストレーションは出てこない。より効率的で、全員が全員のことをまるで自分のことに思える、素晴らしい社会になるから。