Crew’s Life : 佐々木さん、井出さん。ガイアックスは、100点満点で何点?

 

人の想いをのせて社会にインパクトを与えるスタートアップとともに歩く

PROFILE

佐々木喜徳さん
技術本部長兼スタートアップスタジオ責任者

昨年は500件の新規事業アイデアから2件を事業化

「創業以来、ガイアックスという会社自体がスタートアップスタジオとして機能してきた」という代表の上田氏の言葉にもある会社で、まさに起業支援を事業として行っているのが2018年に発足した組織・スタートアップスタジオ。そのリーダーとして、新しいビジネスの機会を発掘し伴走型支援を行っているのが佐々木さんだ。
「ガイアックスは、人と人との結びつきを生み出すことをミッションとしている企業です。これまでにたくさんの事業を育ててきましたが、このような社会的使命をさらに加速していくために事業化されたのがGaiax STARTUP STUDIOです」
事業アイデアを発見し発掘し伴走し投資しカーブアウトさせて社会的にインパクトある事業に育てていく。具体的には、高校や大学と提携によるワークショップやビジコンなどを通して、新しい事業を志す人と接点を持ち、成し遂げるための場所を与える活動をつづけてきた。
「2020年には全部で約500件のアイデアが寄せられ、うち2件は会社設立にいたっています」

 

 

それぞれの人生経験が生きたプランに可能性を感じる

スタートアップスタジオの起業支援は、伴走型。最初は漠然としたビジネスイメージしかないようなプランであっても、アイデアの提供者とガイアックスのスタッフが知恵を寄せ合う形で、事業の具体的な運用プランや収益構造のレベルまで落とし込んでいき、これなら行けるという確証が得られた段階で出資が決定される。
「私の中で3つの判断基準を置いています。1.起案者のこれまでの人生の中で積み上げてきた経験が生きているプランか。2.いままでの社会になかった斬新性があるか。3.事業をはじめて収益を上げて終わりじゃない継続性・発展性があるか。たとえば、シェアグリ(このページ下に登場する井出さんの会社)の場合、実家が農場向けに種苗を提供している企業で、井出さん自体が子どものときから農場経営者の悩みや困難を目のあたりにしてきた実感にもとづく事業であることが投資決定の大きなポイントとなりました」
スタートアップスタジオから社会に送り出すかどうか、収益性はもちろん判断基準として大きな部分を占める。しかし、それだけではなく、人と人とを結びつけるというガイアックスの目的にいかに沿ったものになっているかをより大切にしたいとも言う。
「事業プランの中には、これは有望で大きな収益を上げると予測できるが、ガイアックスらしくないというものもあります。そんな場合には、私たちよりもほかのベンチャーキャピタルなどと組んだ方がいいとアドバイスして、その戦略をいっしょに考えていくこともあります。ガイアックスにとっての収益は当然ゼロですが、ガイアックスを中心としたつながりが広がっていくと考えれば、十分に有意義な結果ともいえるわけです」

 

音楽→コンピュータ→プログラマー。会社に見切りをつけてフリーランスに。

佐々木さんのキャリアはエンジニアを志した中学生のころまでさかのぼる。
「コンピュータを使ってDTM(デスクトップミュージック)をやりたいと思ったんですが、私の生家は豊かではなく当時40万円ぐらいしたマシンはとても買える環境にありませんでした。自作機だったら安くつくれると知り、はじめてみました。でも、当時のITマシンは現在よりずっと不安定で、私が購入した自作機はつぎつぎとトラブルを起こします。原因を調べて改善するというのを数え切れないほどくり返していきました。ふときがついたら、とんでもなく詳しくなっていました」
子どものときから「生きていくために手に職をつけろ」と言われながら育ってきた佐々木さん。自分にできる職とは何だろうと考えて、工業高校卒業後はきわめて自然にプログラマーの仕事を選択。
「最初に入社した会社は、いま言うところのIoT、当時は組み込みと言っていた家電用OSのプログラミングでした。ベンチャー企業でしたが、保守的な年功序列組織で30歳、40歳の自分が見えてしまっていました。会社の中で働くのは、おもしろくないと考えました。すぐに辞めてフリーランスのエンジニアとなります」
0から1という発想はまだなかった。しかし、少しずつ自分自身が快と感じるのは「新しいこと」「はじめること」と気づきはじめた佐々木さん。フリーランスエンジニアをつづけながら、友人がはじめた芸能事務所の手伝いをするなど幅広い動きをするようになっていった。

 

 

代表がメンバーと同じ目線で働く風土にひかれてガイアックス入社

ガイアックスで最初に働いたのは派遣エンジニアの立場でだった。
「社内CRMツールをリニューアルする仕事でした。ただ、単に与えられた業務をこなしていくだけでなく、依頼されたわけでもないのに『このサーバの状態が非効率なので修正した方がいいですよ』というような提案を繰り返しながら、改善プロジェクトを勝手に動かしていきました。会社によっては拒絶され非難される行為ですが、ごく当たり前に受け入れられて、あれ?ガイアックスってすごいと思いました」
このプロジェクトの中で、代表の上田氏といっしょに働いたことも佐々木さんをガイアックスにとどまらせるきっかけとなる。
「企業のトップなのに上から話すという感じがまったくないのに驚かされました。ビジネス観点からもエンジニア観点からも同じ目線で会話ができました。企業の代表でありながら、細かいシステムの実装内容まで詰めることができました」
上田氏に限らず、これだけ上下関係の希薄な組織は見たことがなく、こんなサークルのような会社があるのかと感じたという。

失敗の経験が人を育てる。価値ある失敗をしていきたい

ガイアックスでエンジニアとしての経験を積みながら、徐々にビジネス側へ活動分野を広げていった。その中には手痛い失敗もあった。
「2014年に新規事業として手がけたReactioは、プロダクトの開発やシステム運用の障害対応に特化したSaaSサービスでした。社内ツールから発展させて生み出した私にとって最初のスタートアップでしたが、実際はいばらの道となりました。自分がはじめた事業をなんとか軌道に乗せたかったのですが、かなりの予算を使わせてもらいながら、思いっきりコケました!失敗が重なり結局は撤退の憂き目をみることになります。でもその失敗を通じて走り方も学べたし、転び方も学んだと思っています」
佐々木さんの中では、失敗の経験はむしろ価値あるものとして認識され、現在のスタートアップスタジオの業務にも生かされている。
「世の中に星の数ほどのスタートアップがある中で93%が失敗しているというデータがあります。もちろん成功するに越したことはないですが、失敗のリスクをゼロにしようとしたら何もできません」
投資開始にゴーサインを出すかどうかの判断にあたっては、当然、スタートアップスタジオのメンバーをはじめ多くの人の意見を集約していくことになるが、最終判断は佐々木さんに委ねられている。判断の規準には論理を超えた想いの部分も小さくはない。
「100%の成功ははじめから望んでいません。失敗もある。でも、失敗して後悔だけが残るのではなく、失敗の経験が財産として残り、経営者にも私たちにとっても大きな財産として残りそうなら投資開始を決断します」

自己イメージの50%しか出せてない。だが、200%は楽しんでいる

佐々木さんにとって「働く」とは?
「私はあきっぽい人間です。あきないためには挑戦をしつづけたいと思っています。どんな場所にいても新しいこと、新しいことと追い求めていくことで、やらされている感じから抜け出して、みずから道を拓いていけると考えています」
100点満点で採点すれば?
「2つの見方があると思います。自分があるべき姿をイメージしてみて、どれだけできているかという点ではせいぜい50点ぐらいでしょう。まだまだ改善して成長していかなくてはいけない部分は山ほどあります。でも、どれだけ楽しんでいるかを見れば、もう200点をつけてもいいぐらいです」
もっともっとと新しいテーマを見つけ出していく、その繰り返しから佐々木さんの仕事の楽しみはさらに生み出され、スタートアップスタジオという媒介を通じて増殖していく。

 

特定技能外国人を農場に派遣する事業で、子どものときから見てきた『傍』の苦労を『楽』にする

PROFILE

井出飛悠人さん
株式会社シェアグリ代表取締役

 

地方によって繁忙期が異なる農場の労働環境を最適化する

地方の過疎化が進む中、農業における労働力は恒常に不足している。外国人研修生制度は一つの解決策となると見られていたが、農作業には繁閑期がある一方で、通年雇用しなければならない外国人実習生制度との相性の問題があった。
「農業の大きな特徴として、季節ごとに必要な労働力が大きく増減することが挙げられます」というのは株式会社シェアグリ代表の井出飛悠人さん。
学生時代、ガイアックスのスタートアップスタジオが運営するビジコンに応募して入選。大学4年時に起業を果たした。
「たとえば長野県なら葉物野菜の収穫のために春夏は大量の労働力が必要になります。一方、冬になると雪に閉ざされて農業活動は非活性化します。このような環境の中で人材を通年雇用していると、十分な仕事を用意できず収益性は悪化します」
そこに発想の転換があった。
「農繁期、農閑期といいますが、繁忙期は全国同時に訪れるわけではありません。じつは長野県で仕事がなくなる冬の時期には北関東では労働力が不足して悲鳴を上げている現実があります」
このような状況を見ながら、人材を再配置しながら各地の繁忙期に合わせて振り分けていく人材派遣業務により、農場経営者には安定した労働力とコスト最適化を、労働力の側には年間通して働ける場を提供しようというのがシェアグリのミッションだ。

 

1人の特定技能人材が、全国各地の農場を支えるという新発想

シェアグリは企業の分類的には、特定技能外国人派遣事業に属す。2019年の出入国管理および難民認定法の改正によって生まれた制度で、一定以上の技能と日本語能力基準を満たした者が特定技能としての在留を許可される。
「技能実習生と異なっているのは、定められた14分野、シェアグリの場合なら農業分野であったら転職もできるという点にあります。また、シェアグリのような派遣会社と契約すれば職場を移動しながら年間を通じて仕事を獲得することも可能です」
2018年、井出さんが大学4年のときに会社設立。卒業後は、ガイアックスの社員となりスタートアップスタジオの業務を手伝いながら事業準備を進め、特定技能外国人派遣事業に関する法的な壁をクリア・・・したところでコロナ禍により海外との移動が規制される時代になった。
「それまでにアジアを中心とした各国から受け入れる準備をしていただけに、国境が遮断されたのは大きな壁となりました。そこで日本語学校や特定技能外国人受け入れのための組合に接点をもって、すでに日本に入国している人材とのパイプを広げてきました」
各地のJAから農場経営者を紹介してもらい、話を進める。ガイアックスの投資先の中では数少ないきわめてアナログな展開だ。
「各地をレンタカーで走り回っています。来週は沖縄の農場とのアポイントもあり、着々と全国レベルの農業人材最適化ネットワークを築きつつあります」。

 

30年後の自分の姿がわかってしまう人生に感じたツマラナサ

何が井出さんを起業に導いたのか。生家は長野県佐久市で150年間の歴史を持つ種苗会社。子どものときから畑を手伝ったりして、農場経営者やJAと関わりのある中で育ってきた。農場経営者の苦労や悩みは実感として知ってはいたが、それを自分自身のキャリアと結びつけるようなことはあまりなかった。一方で漠然と、父親の会社を継ぐことになるだろうと考えていた。
「高校生のころまでサッカー部に所属し、その時が楽しければそれでいいという感覚で日々を過ごしていました。それまで人生について真剣に考えたりすることもありませんでした。それが変わってきたのは、大学に入って農学を専攻するようになってからでした。これもまたみずから進んでということではなかったのですが、大学の規定でカナダに留学しました。その中で新しい環境に入ることができ、少しずつ視野が広がっていきました」
あらためて自分のキャリアを考えてみたとき、これからの人生がひどくつまらないものに思えたという。
「自分の30年後を知りたかったら父親を見ればいい。60年後はおじいちゃんを見たらいい。こんな風に先が見えてしまっている人生でいいのだろうかと思ったことが一つの転機になりました」
もう一つのきっかけは、あるセミナーでトレーナーから聞いた言葉だった。
「『働く』という言葉の意味は『傍(はた)』を『楽(らく)』にすることだという言葉を聞いて、目から鱗が落ちました。自分にとって『楽』にしてあげたい『傍』とは何だろうかと考えたとき、子どものころから見てきた農業経営者たちの苦労や悩みが見えてきました」

 

スタートアップスタジオとともに重ねた失敗と試行錯誤

ガイアックスのスタートアップスタジオが運営するビジコンに応募して入選。起業のための道筋が敷かれる。
「応募したときには、力試しという程度の気持ちでいました。ところが、ビジコンの結果が出た当日に『新会社を設立しましょう』といわれたので、そのスピード感に驚きました」
その段階では「農場経営者を楽にする」という目的は共通していたものの、ビジネスのコンテンツは現在と大きく異なっていた。
「ビジコン時点のモデルは、農場同士で農機具や機械をシェアし共同で利用していこうというものものでした。でも、テストマーケティングの結果は芳しくありませんでした。他の農場と機材をシェアすることにより設備費を軽減しようというプランでしたが、農場経営者は思ったよりも機材に対する愛情が強かったようです。自分の道具を泥にまみれされたり傷を付けられたりしたくないと言う気持ちが強く、なかなか良好なリアクションは得られませんでした」
方向変更を強いられて、スタートアップスタジオのメンバーともミーティングを重ねて、新しい展開を求めていった。農家と働き手をマッチングするアプリに転換していった。
「方向性が決まると、わずかの2週間でリリースしていただき、本気で伴走してもらっていることをひしひしと感じました」
しかし、これもまたテストマーケティングの結果、事業化にはいたらず、再度の試行錯誤の結果、人材を産地間でシェアするという現在のモデルに昇華していく。

事業の意義に惚れ込んで、ガイアックスから参加の人材も

スタートアップスタジオの支援はビジネスアイデアの面にとどまらない。大きいのは人材の支援だ。外部からの採用だけではない。現在、井出さんを支える取締役陣には複数のガイアックスからの人材がいる。井出さんの志に共感したのだ。
また2ヶ月に一回は、代表の上田氏や、このページにも登場しているスタートアップスタジオの佐々木さんとミーティングを行い事業の進捗状態の確認と方向性の修正が行われる。
「上田さんからは、よく数字を見て『しょぼいなぁ』と指摘されるのですが(笑)、確かにWeb系のスタートアップに比べると、立ち上がりのスピードは遅いかもしれませんし、爆発的な伸びは出せないかもしれません。業務委託を含めて10名のメンバーがアナログに進めていているのでIT系スタートアップのようなスピード感はありません」
しかし、事業の広がりに関する目算はある。
「1回派遣した特定技能外国人の働きぶりを評価していただければ、5年まで同じ期間、同じ農場に同じ人材を派遣できます。つまり、農場と働き手の双方に満足を生むマッチングを行っていくことで、営業コストゼロで回転する業務も増えていき自然と収益性はあがっていくと予測しています」

与えられた機会には、よろこんでやるか、楽しんでやるか

業務を進める中でシェアグリの社会的な意義も痛感するようになった。
「私たちの仕事は、人材の最適化ができずに悲鳴を上げていた農場経営者の負担を取りのぞき『傍』を『楽』にするものだと考えています。その一方で、派遣する人材を守っていくのも私たちの義務です。ミスマッチは双方を不幸にします。でも、ミスマッチが起こってしまう理由の多くは、農場側が異なった文化を持った人材と協働していく方法がわからないことによるものです。農場と人材間に摩擦が起きそうなときには、積極的に間に入っていきます。それにより、農場経営者の側も労働や国際協働に対する考え方が成熟していければいいと思います」
井出さんは自分自身をきわめて単純な人間だという。
「イエスマンなんです。私は。『はい』『よろこんで』という機能しか持ち合わせていません。機会を与えていただいたときには、ノーという発想はない、よろこんでやるか、楽しんでやるか、どちらかの選択肢しかありません」
働くということは楽しみであると考える井出さん。最初は雲をつかむようだった農場経営者を『楽』にする事業が形になっていくのは何よりも楽しい。事業が伸びて、同時に自分自身の成長も実感できる自分自身の働く環境は100点満点と言い切った。