Discovery : ガイアックスの“ヒト・ドリブン経営”から何を学ぶか?

異端か。それとも萌芽か。

豊田義博
ライフシフト・ジャパン株式会社 取締役CRO/ライフシフト研究所所長

「想い」が事業の、そして組織の源

スタートアップスタジオという事業スタイルを確立したガイアックス。メンバーとして参画する人の多くが起業を目指すような精鋭人材なのか。その質問に、代表・上田氏はこうコメントされました。

 

(ガイアックスに入ってくる人は)だれもが最初から「こんな事業を立ち上げたい」とアントレプレナー的なマインドを持っているように思われるかもしれません。実際は案外そうでもなく、普通に就活をして普通に会社員になろうという人もいっぱいいます。

 

そうなのです、ガイアックスに入社する人は、さほどには特殊な人ではないのです。しかし、そんな人でもやがては起業を目指したり、ある人の想いに触発されて経営、事業にコミットしていくようになるというのです。それはなぜなのか。誰しもが、人生の主人公の最たる姿である起業を志すようになるのは、どのような要因なのでしょうか。さまざまな仕組みや仕掛けが実に巧みに組織の中に織り込まれていますが、その世界観はある意味とてもシンプルなもの。ここでも、上田氏のインタビューコメントを再掲しましょう。

 

ガイアックスの中で呼吸していれば、自分の事業を立ち上げて将来はカーブアウトするというようなことが当たり前になっていく環境をつくっておくということです。

 

この世界観からは、上田氏、ひいてはガイアックスという会社の人間観が浮き彫りになります。言葉にすると、「誰の心の中にも、何らかの想いがある。だから、スタートアップが日常的に立ち上がっているような環境の中に身を置けば、誰しもが起業のハードルや心理面での壁が取っ払われ、自分の中にある想いを実現したくなる」というようになるのではないでしょうか。

そして、ひとりひとりの「想い」そのものが、ガイアックスの事業の源、組織の源です。「人と人がつながる」のは、「想い」によって、なのですから。だから、組織内に、さまざまな「想い」が飛び交っていたり、自身の「想い」に気付ける機会にあふれている状態を創り出すことが組織づくりの中核になります。会社の中に起業家やプロボノやインターンの学生など、多様な「旅の仲間」がいつもいるようなオフィスになっていたり、誰かが自分の事業ビジョンについて熱く語っていたり、メンバーにはマイルストーンセッションの機会、起業家には定期ミーティングの機会があったり、引き抜きが自由だったり。こうした様々な施策が、ガイアックスを「起業という文脈を中核として、想いを紡ぎ、想いをつなぐコミュニティ」へと昇華させているのです。

 

現代の会社のアンチテーゼ

ガイアックスは、私たちライフシフト・ジャパンが掲げた“ヒト・ドリブン経営”4つのビジョンを、実に多くの点で実現しています。「想い」ビジョンについては、前述の通り。社会企業としての旗色を鮮明に打ち出し、「想い」を事業の、そして経営のドライブにしています。そして、カーブアウトは、「会社を小さくする」ことにつながり、その「想い」がクリアになるサイズを大切にすることを実現しています。「会社を小さくしよう」というビジョンの実現には、子会社化、BU(ビジネスユニット)化などの手法がありますが、「想い」のオーナーシップを大切にしようとすれば、カーブアウトはベストな方法だといえるでしょう。

「旅の仲間」との出会いも強く期待できます。井出さんがシェアグリを立ち上げたプロセスでは、ビジコンという機会の提供に始まり、それを企画した佐々木さん率いるスタートアップスタジオ事業のメンバーがその場で「事業化しましょう」と誘い、テストマーケティングではエンジニアたちが速やかにアプリを制作、また人材採用もしっかりサポートし、さらには、ガイアックスのメンバーが経営に参画。こんなにたくさんの旅の仲間と短期間の間に出会えるというプラットフォームは滅多にはありません。また、社内複業、ガイアックスのメンバーと起業家との掛け持ちなども、旅の仲間との出会いを加速させます。

「変身資産」が高まることも、間違いないでしょう。「想い」が飛び交う中に身を置き、「旅の仲間」との出会いが頻々と起きれば、その人に変化が訪れないわけはありません。マイルストーンセッションは、その加速装置。自身が望む有形報酬はもちろんのこと、自身に人生をいかなるものにしたいか、という無形報酬への望みについても、四半期ごとに考え、対話するというサイクル自体が、変身資産を高めていきます。

このように、「いろんな人」とつながっていて、「去りし人」が普通に会社をうろうろしていて、「シフト」の後押しをガンガンしてくれる。これは、従来の会社の在り方とは全く違うスタイルでの自律&自立型人材輩出メカニズムです。一人ひとりが自身の人生の主人公であることを、これでもかというぐらいに自覚させてくれるのです。

 

 

ガイアックスの“ヒト・ドリブン経営”から見えてくるのは、現代の会社のアンチテーゼです。生産性の拡大を目指して資本を投下し、高度な分業体制で収益力を高める、という古典的な会社像は、今日の社会においても色濃く残っています。業界によっては、そのような方向性がより強化されていくというシナリオも見えます。しかして、その会社像は、“ヒト・ドリブン”の対極にあるものです。

私たちは、“ヒト・ドリブン経営”と、事業のスケールアップとの同時実現は、相当に難しいのではないか、と考えています。別の言い方をすれば、多くの会社は、創業者の「想い」を起点とし、そこに共感する仲間が集まる“ヒト・ドリブン経営”としてスタートを切りますが、企業が草創期を経てスケールアップしていくとともに、“ヒト・ドリブン”から“事業・ドリブン”“カネ・ドリブン”へとシフトしていきます。株式公開は、そのシフトを加速する傾向にもあります。

ガイアックスは、社会企業ではありますが、マネタイズに関してもとても貪欲な会社です。売り上げや利益という指標には無関心ですが、投資対効果、資産の最大化には徹底的にコミットします。単体で見れば100名を超える規模の会社ですが、カーブアウト、起業支援などのガイアックス経済圏は着実に拡大しています。そして、このモデルであれば、スケールアップによって“ヒト・ドリブン”が毀損されることがないようにも思えます。

ガイアックスを、スタートアップスタジオという特殊な事業形態の異端ととらえるか、「カイシャの未来」を指し示す萌芽事例とみなすか。あなたの目には、どのように映りますか?

 

 

不思議の国のスタートアップスタジオ

大野誠一
ライフシフト・ジャパン株式会社 代表取締役CEO

最近、日本でもようやく「スタートアップスタジオ」という業態が注目される様になって来ました。今ではスタートアップスタジオを名乗る会社が続々と設立されていますが、ベンチャーキャピタルやアクセラレーター・プログラム、大企業によるオープン・イノベーションなどとの違いは、まだ十分に理解が浸透しているとは言えない状況かもしれません。ここでスタートアップスタジオの比較や解説を行う余裕はありませんが、こうしたビジネス界の動きの中でも異彩を放っているスタートアップスタジオがガイアックスです。

その異彩を象徴するのが代表・上田氏の

 

「ああ、うちの会社ってスタートアップスタジオというカテゴリーだったんだ」と経営陣みんなでビックリしたのを強く覚えています。

 

という言葉でしょう。最近、続々と設立されているスタートアップスタジオは、まさにスタートアップスタジオを業とするために、言い換えれば「スタートアップスタジオになるため」に設立されていますが、ガイアックスは、自らのミッションとビジネスモデルを追求するプロセスで、ある日、気がついたらいつの間にか「スタートアップスタジオになっていた」会社なのです。

ガイアックスは不思議な会社です。そこには、期せずしてスタートアップスタジオとしてのエコシステムが出来上がっている様に見えます。「人と人をつなげる」というミッション、ソーシャルメディアとシェリングエコノミーに特化したビジネス領域の設定、「カーブアウト」という独特の事業創造の仕組み、社員が自分の報酬や仕事内容を自分で決める「マイルストーンセッション」など、どれもガイアックスが独自の歩みの中で生み出して来た要素が、ものの見事にスタートアップスタジオのエコシステムとして結び付いています。

第4次産業革命の巨大な変化に乗り遅れたと言われる日本では、新しい事業の創造が渇望されています。多くの企業やビジネスパーソンが新事業の創出に必死に取り組んでいますが、残念ながらアメリカや中国のようなダイナミックな動きは見られません。どうすればいいのか? そのひとつのヒントを与えてくれるのがガイナックスなのだと思います。

それは、スタートアップスタジオという業態ではなく、ガイアックスが“いつの間にか”生み出してしまった、「自分の人生の目標に合わせて仕事を設計する」という射程の長い働く姿勢であったり、「個人の幸せを追求するための道を歩むことを支援する」組織風土であったり、その結果生まれた「自立&自律した個人」によるコミュニケーションにあるのだと思います。

新しい事業が誕生する陰には、数え切れない失敗があります。ガイアックスも数多くの失敗や事業撤退をして来たといいます。しかし、失敗を財産と捉え、失敗が人を育てると考える組織の中で、入社の時点では特別に事業意欲が高いわけでもない若者たちが、ごく自然に当たり前のように新しい事業を立ち上げていく姿には、閉塞感に包まれた日本企業が変わるためのヒントが詰まっているのです。