Crew’s Life : 武市さん、濱田さん。伯食屋は、100点満点で何点?

 

売れたら終わり、というメリハリがいい

PROFILE

武市直弥さん

もう飲食は止めようと思っていたが……

武市直弥さんは佰食屋を運営するminittsの正社員になったのは2014年のことで、最初はすき焼き専科という2軒目の店舗で働いていた。そこから3軒目の肉寿司専科に移り、店長をつとめていたが、コロナで閉店したため、ステーキ丼を供する本店の佰食屋に移り、そこでも店長をつとめている。
武市さんは就職氷河期世代にあたっており、大学卒業後、ずっとフリーターを続けていた。入社前まで働いていたのが、回転寿司チェーンだった。武市さんが話す。「勤務時間は朝11時の開店から夜11時の閉店までです。途中1時間の休息がありますが、11時間労働。バイトの人手が足りない時でも、店は必ず開けていましたから、お客様が多く訪れてしまうと、しわ寄せがこっちにきて大変でした。飲食業は体力的にしんどいと思い、その店を辞め、飲食以外の別の就職先を探していたのです」
たまたまハローワークで佰食屋の求人があった。自宅から近かったので、何度か食べていったことがあった。提供は一日100食限定で、売り切ったら営業も終わるというシステムは、本当にその通りなのか。飲食業ではあるが、それが本当なら、働いてみたい。そんな想いで応募し、正社員として働くことになったのだ。

 

 

継続の大切さを実感する日々

現在は朝9時前に出勤し、夕方の5時45分に帰るという生活だ。毎週水曜日が店休日のため自分も休みで、それ以外はシフト制で、希望も出せる。店長の武市さんと正社員がもう1名、それにパートが3名、計5名で店を廻していく。
毎朝、出勤すると、肉や出汁の準備をする。9時半を過ぎると整理券をもらいにお客様がやって来る、11時に開店すると、戦場だ。だがその状態も長くは続かず、2時半前には最後のお客様が帰る。片づけをして、賄いを食べ、明日の仕込みをして6時前には店を出る。「僕ら店のスタッフとお客様の距離が近いのがいいですね。『おいしかったよ』『また来ますね』というお客様の言葉を聞けるのが何よりうれしい。仕事は毎日同じことの繰り返しで、以前だったらすぐに飽きていたかもしれないのですが、ここで働き始めて意識が変わりました。同じような仕事でも一日一日きちんと継続してやり遂げる。それが働くということなのだと」

 

ギャラリー併設の飲食店開業が夢

佰食屋で働くメリットについてはこう語る。「売り切ったら終わりというメリハリがいい。
しかも、夏なら明るいうちに家路につけるのがありがたい。妻と共働きなので、家に帰ると、夕飯を作ったり、テレビを見たりして過ごしています。こうした、ゆったりとした夜の時間は同じ飲食業でも前職では考えられませんでした」
佰食屋での日々の満足度を点数化してもらうと、少し間をおいて「100点」と答えた。回転寿司チェーンでの日々も点数化してもらうと、「60点」だという。「そこでの仕事が毎日続けられる。言葉を変えれば、日々の仕事に対し、頑張ろうと思えるかどうか。そこが40点という差です」
働くことを別の言葉で言い換えてもらった。「自分自身、そして、自分が今できること、できないことを見つめ直す時間でしょうか。回転寿司の時は違いました。お金を稼ぐための苦役の時間だった気がします」
物事を継続することの大切さに気づいたり、自分を見つめ直すようになったり、武市さんにとって佰食屋は自己成長につながる職場のようだ。
武市さんの趣味は写真撮影だ。京都市動物園がお気に入りの撮影スポットという。将来は独立し、写真のギャラリーを併設した飲食店を立ち上げるのが夢だ。

 

夕方、鴨川縁で本を読む至福の時間

PROFILE

濱田日輪子さん

 

調理能力という新たな強みが開発される

濱田日輪子さんは京都市内の喫茶店で14年、接客担当の正社員として働き、2017年、minittsに転職し、佰食屋で働いている。喫茶店が嫌で転職したのではない。経営側の都合で閉店が決まり、喫茶店の運営会社が経営する他の飲食店で働くこともできたが、勤務時間が長く、体力面で不安があったため、止むなく退職し、他を探すことにしたのだ。
佰食屋は自宅近くにあり、客として何度か訪れたことがあった。その求人をハローワークで見つけ、勤務時間の短さに惹かれて応募した。
接客と調理の人手が足りなかったので、入社後には二つの研修を受けた。実際の仕事ではまずは接客担当となる。濱田さんが振り返る。「喫茶店は朝8時から夜8時までの勤務でした。時間は長いものの、お客様が集中するお昼の時間帯でも仕事の密度は知れたものでした。ところが佰食屋はランチのみの3時間半の営業で、その時間帯にひっきりなしにお客様がやって来るので、最初はてんてこ舞いで、オーダーミスを連発してしまいました」
見かねた中村さんが配置換えを決め、調理担当に。これが当たりだった。包丁と測りを使い、大きな塊肉をその日使うたけの100食分に包丁で切り分ける作業を任されたところ、中村さんが驚くほどの包丁さばきを見せたのだ。その日から調理担当になった濱田さんには中村さんから「測りの濱田さん」というニックネームがつけられた。「今まで接客しかやったことがなく、私にこんな“才能”があるとは思いませんでした。新たな強みを発見してもらってうれしい。肉といっても、産地で質が変わります。最近は肉質も考慮しながら、うまく切り分けられるようになりました」

 

自炊や掃除が十分できるようになった

勤務時間は朝9時から夕方の5時45分で、店休日の水曜日のほか、もう1日休める。週休2日である。労働時間が短くなるので、終了後に別の仕事を掛け持ちしようかと当初は思っていたが、体力的に無理とわかり、今は佰食屋のみで働いている。「お店のスタッフの人間関係がすごくいいので、ここで働くのは楽しい。なかには70歳の女性もいて、最初その元気さにびっくりしました」
転職して何よりよかったのは、時間の余裕ができたことだ。「以前は、夕食と家の掃除がおろそかになっていました。コンビニや外食ばかりで、部屋の中は乱雑で散らかっていました。今は6時頃には家につくので、自炊も掃除も十分できるようになりました。日の長い夏場になると、家に帰ってから自転車でよく鴨川沿いを散歩するんです。まだ明るいので川べりで本を読んだり、おいしそうな店で夕食を済ませたり。仕事が終わった後、そんな時間が持てるのが、ここで働いてよかったことでしょうか」
コロナ禍において、佰食屋はテイクアウトをスタートさせた。一時は店内飲食はストップし、テイクアウトのみという時期もあった。「同じ100食といっても、店内用とテイクアウト用では手順が大きく変わります。しかも、今まで5名で廻していたのが3名になり、私も調理だけでなく、レジ担当も兼ねることになりました。最初は慣れず、なかなか大変でした」

 

70歳まで元気で働き、旅もしたい

さて、濱田さんに佰食屋で働く日々を点数化してもらうと、「80点」だという。あと⒛点はどうしたら埋まるのだろうか。聞いてみると、「……まぁそれはいいでしょう。100点満点というと、逆に気持ち悪いでしょう」という。
働くことを別の言葉で言い換えてもらった。「生活の一部、でしょうか。自分を成長させる手段、というとかっこよすぎますね。人間、仕事以外でも、成長させてくれる手段はたくさんありますから」
濱田さんは旅行が趣味で、国内海外含め、これまで、さまざまな場所を旅してきた。コロナのせいで、あまり出かけられなくなってしまったが、最近は山城(やまじろ)探訪に凝っている。おすすめは奈良県高取町にある日本三大山城のひとつ、高取城だ。「一緒に働いている70歳の女性のように、その年になっても、心身ともに健康で、たまには旅行もしていたい。差し当たって、それが私の目標です」