Discovery:サイボウズの“ヒト・ドリブン経営”から何を学ぶか

「人と会社は、『想い』でつながっていればいい」。

豊田義博
ライフシフト・ジャパン株式会社 取締役CRO/ライフシフト研究所所長

サイボウズ。この独創的な会社をあえて擬人化するなら、アタマの中には「チームワークあふれる社会を創る」という企業理念が詰まっていて、ココロの中には「100人いれば100通りの人事制度があっていい」という人事コンセプトに溢れている。サイボウズの全貌を語るには、他にもたくさんの要素が必要ですが、中核にあるのはこの二つのキーフレーズです。この二つを、もう少し掘り下げてみたいと思います。

 

急成長する中で見失っていたもの

「極端なことをいえば、サイボウズという会社を永続させる必要はないと思っています」
インタビューの際に、青野さんが発したこの言葉は、とても意味深いものです。「チームワークあふれる社会を創る」という企業理念を実現するためにベストを尽くす。会社の収益につながらない活動も「チームワークあふれる社会を創る」ためには積極的に取り組む。目的は企業理念の実現なのであり、会社は実現のための手段に過ぎない。だから、会社がなくなったって構わない。こうした「法人軽視」の姿勢は、強い「社会への想い」があればこそ、です。ですが、この「想い」は、急成長する中で見失われていた時期がありました。

サイボウズの創業は1997年。起業したのは、ウェブを活かした「グループウェア」を作りたい、という共通の夢をもった3人のエンジニア仲間でした。創業直後に市場に投入した製品は予想を超える反響で、サイボウズは急成長。2000年にはマザーズ上場(3年での上場は史上最速)。共同創業者のお一人である青野さんが第二代の社長に就任した2005年には、すでに売り上げ29億に達していましたが、積極的にM&Aを推進して事業を多角化、2008年には4倍の120億にもなりました。

しかし、経営が順調であったわけではありません。初期には、急成長に人材の採用が追い付かず、全員が超多忙で疲弊していたそうです。上場、東京進出により人材不足は解消されたものの、今度は大量採用によって一体感は薄れ、会社の雰囲気は悪くなっていきます。事業拡大が進む中で、会社の状況はさらに悪化。2006年の離職率は28%にまで達しました。そして、青野さんの大学時代の先輩であり兄のような存在であった共同創業者・畑さんも、会社を離れていってしまいます。会社を大きくする、という構想の実現と引き換えに、青野さんは最も大切な「仲間」を失ってしまったのです。

 

「本気になって志を立てよう」

大きなショックを受け、社長の座を退くことも考えた青野さん。覚醒したのは、ある朝、コンビニで手に取った『松下幸之助 日々のことば』という本の最初に出てくるこんな言葉との出会いだったそうです。

「本気になって真剣に志を立てよう。強い志があれば事は半ば達せられたといってもよい」

そして、自身は真剣であったのかを問い直し、真剣であることを心に決め、真剣に思い悩む中で、サイボウズには共通の理想がない、ということに思い至るのです。それが「仲間」が次々と辞めていってしまう要因だったのだと。さらに、思い至るのです。掲げるべき共通の理想は、自分の中にあり続けていたということに。

青野さんは、学生時代からソフトウェア好きで、社会の役に立つソフトウェアを作りたい、という「想い」を持っていました。そして、人々が効率よく協力し合って働くことができるグループウェアが大好きでした。グループウェアは多くの人の役に立つことができる、というのが創業の動機でした。その「想い」を、いつしか見失っていたのです。

青野さんは、「世界で一番使われるグループウェア・メーカーになる」というミッションを掲げ、周辺事業を次々と売却しました。売り上げは3分の1になりました。去る人もそれなりにいたそうです。つまり、サイボウズという会社はこの時に生まれ変わったのです。「チームワークあふれる社会を創る」という「社会への想い」を掲げ、その想いに共感する多様な「仲間」とともに歩むヒト・ドリブンな会社に。

どのような会社も、どのような事業も、立ち上げの時には何らかの志があるものです。「社会をより良くしたい」「誰かの役に立ちたい」という「社会への想い」があるものです。しかし、その「想い」を強く持ち続けることは、決して易しいことではない。成長、拡大していく中で、創業時の志を失っていく会社はたくさんあります。サイボウズも、そうなりかけました。しかし、そうはならなかった。

それは、大切な「仲間」を失い、「仲間」でありつづけるためには、みんなが共感する「想い」を明らかにし、「想い」でつながることが大切なのだ、と気づいたからでした。大切なのは、会社という器ではなく、会社が掲げる「想い」なのだ、という真理にたどり着いた。そして、その真理を心の底から受け入れた経営者は、ヒト・ドリブンな経営に舵を切ります。会社とは、「想い」を共有する「仲間」に他ならないから。「仲間」に生き生きとしてもらうことが、会社を持続していく上での絶対条件だから。

 

「100人いれば100通りの人事制度があっていい」

サイボウズのヒト・ドリブン経営。その中核には「100人いれば100通りの人事制度があっていい」という人事コンセプトがあります。人が大切にしたい「想い」は、人それぞれ。「チームワークあふれる社会を創る」という「社会への想い」への共感をしつつも、それ以外にも「社会への想い」を持っていたり、こういう生活を実現したいという「生活への想い」、こんな風に個性を活かしたいという「個性への想い」を抱いていたりと、まさに「100人いれば100通りの想い」がある。ならば、それぞれの「想い」=「わがまま」をすべて実現したい。実現できれば、みんな幸せになれる。生き生きと働くことができるのです。

このコンセプトが明確に表れた人事制度に「働き方宣言制度」があります。勤務時間や場所など、一人ひとりが自身の働き方を自由に宣言、実行できるもので、以前は9つのパターンから選択していたものを二年前にさらに革新的なものにしています。他にも、多様な働き方を実現する制度など、ユニークなものがたくさんありますが、その姿勢が最も顕著に表れているのは、給与の決め方です。

サイボウズのホームページには、給与評価についてこんな記述があります。「社員は自分が希望する条件とその優先順位を伝え、会社は社員の社外的価値と社内的価値を加味し、給与を決定します」。つまり、一人ひとり個別に給与を決めている、ということです。サイボウズには、日本企業の大半が導入している給与テーブル……一律の職級やグレードといったものがありません。実際の運用場面では、マネジャーから全社員に希望給与額を聞くのだそうです。「今年は、いくらほしい?」と。給与アップを望むなら、そこで声を上げればいいのです。声を上げる以外に、人事システムで希望を伝えることも可能。給与だけではなく、希望する仕事内容、経験機会、働き方なども、自分から希望することができます。そして、その希望には、懸命に沿うようにする。これが「わがままを受け入れる」の核心です。

異動に関する自己申告制度、フリーエージェント制を実施している日本企業は数多あります。その制度を活用して希望する仕事に就いている人も増えているようですが、今も大半の希望は叶えられない、というのが実情でしょう。昇給・昇格をマネジャーに直訴するのは、グローバルには当たり前ですが、日本企業では「それはお上が決めること」という暗黙の了解があります。サイボウズは、この日本の常識をひっくり返そうとしている。ヒト・ドリブンであろうとすれば、この悪しき常識には去っていただくしかないのです。

 

一人ひとりが望むわがまま=有形・無形の報酬

「100人いれば100通りの人事制度があっていい」というコンセプトが成し遂げていることを、Departure Ⅱでご紹介した4つのビジョンのフレームに当てはめながらレビューしていきましょう。

何よりも明確なのは、「いろんな人」とつながろう、という精神とその実践です。いつ、どこで働くかを選べる、となれば、様々なライフステージ、ライフコンディションの人が集まってきますし、「複業」を奨励することで、中村さんのように前職では青野さんより高年収だった人を迎え入れることもできます。このように、人と会社が「想い」でつながることができているのは、サイボウズが会社の「想い」の表現、発信をとても大切にしているから。そして、「チームワークあふれる社会を創る」という理念をみんなで大切にすることで、サイボウズは決して大きい会社ではないにもかかわらず、社会的なテーマを掲げ、社会を変える「社会企業」となり、青野さんはじめたくさんのメンバーの方々が、日本社会の「市民」として、様々な情報発信をしています。

「今年は、いくら欲しい?」という問いかけに代表されるように、サイボウズに身を置いているメンバーは、自分が「どうしたいのか、どうありたいのか」と内省する機会、自分の「想い」に気づける機会をたくさん得ています。一人ひとりが望むわがまま=「有形」「無形」の報酬について語り、何が提示できるかをきちんと共有するプロセスを通じて、人は自分と向き合い、無形資産・変身資産のストック、フローを自覚します。そして、澤井さんが大学院での新たな学びをスタートさせたように、多くの人が自らの無形資産・変身資産を高めるようになる。こうしたプロセスがポジティブに機能するのは、一人ひとりを信頼して託す、任せる、という基本姿勢があるからに他なりません。

わがままを言おうにも、自分が何を望んでいるのかがわからない。そんなキャリアのスタートアップ期にある若手人材には、サイボウズという生態系は実はハードルが高いかもしれません。澤井さんも中村さんも、新卒では入社しなかったかもしれない、と漏らしています。でも、その点への配慮もなされているように思います。サイボウズにはどんな人がいてどんな仕事をしているのか、そして今後はどんな仕事をしたいと思っているのか、全社員のこんな情報を誰でも見ることができる。メンバーを募集している部署の情報は常に見ることができる。希望する部署にお試しで入る「大人の体験入部」……こうした取り組みをはじめとして、放任するのではなく、自立&自律した個の育成にも責任を持つ姿勢もあります。

28%あった離職率が今は4%。素晴らしい改革の成果です。自身の「想い」の変化にあわせて、サイボウズにいながらにして仕事内容、働く場所、時間を変えることができる。人が「シフト」しやすくなる仕組みが、定着率を高めたわけです。しかし、辞める人ももちろんいる。そして、その人たちの中には、サイボウズの周辺でビジネスをする人も増えているそうです。また、一度は去った共同創業者の畑さんも、2009年にはサイボウズに復帰。会社を「去りし人」とも、「想い」ではつながっているのです。「チームワークあふれる社会を創る」という理念のもとに集い、個々人の「想い」の変化に応じてかかわり方を変えながら、一人ひとりが「変身資産」を増やし続けていくエコシステムが形成されているのです。

「人と会社は、『想い』でつながっていればいい」。中根弓香さん(サイボウズ執行役員)が発した言葉です。ヒト・ドリブン経営というコンセプトの起点である「カイシャの未来研究会2025」にコア・メンバーとして参加して頂いている中根さんからは、たくさんのステキな言葉を頂きました。「子育ても複業」というコメントにも強くインスパイアされました。サイボウズでは、「自分の価値創造活動」はみんな複業。ならば、複業を禁止する、なんてありえない。一人ひとりの「想い」=わがままの実現を徹底的に大切にする、ヒト・ドリブンの範となる思想が、サイボウズの経営の基盤なのです。

 

 

「サイボウズ」という未来

大野誠一
ライフシフト・ジャパン株式会社 代表取締役CEO

2020年、新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、予想もしない形で始まった急激なテレワークの普及は、日本企業の変化を10年前倒ししたとも言われます。テレワークによって人事管理の基準は「時間」から「アウトプット」「成果」に変わり、オフィスのあり方や中間管理職の存在意義に対する疑問も噴出しています。この機に、日本型雇用システムの特徴である「メンバーシップ型雇用」から「ジョブ型雇用」への移行を図ろうという企業が続出しています。

そんな中、サイボウズのテレビCMが放映されました。
「がんばるな、ニッポン。」

バブル崩壊からの「失われた30年」の間、日本企業は、様々な試行錯誤を重ねて来ましたが、少なくても「働き方」に関する新しい試みのほとんどは、欧米のマネごとでした。そして、成果主義など、多くの試みは失敗し、定着しませんでした。
日本企業が“がんばって”やろうとする事は、何故かうまくいかない。
今回の「ジョブ型雇用」への移行も個別の企業の制度変更による「企業内ジョブ型」の議論に終始するとすれば、日本社会全体の変革にはつながらないかもしれません。

 

今、大切なことは「ヒト」に集中すること。

一人ひとりがテレワークによって気付いたことを丁寧に拾い上げ、その気付きを「ニューノーマル」にしていくこと。それは、あくまでも個別の気付きであり、だからこそオリジナルなもの。
会社は、そうした個人のオリジナルな気付きを形にするためのプラットフォームです。
「メンバーシップ型」か「ジョブ型」かといった二元論や制度設計の緻密さを議論する前に、プラットフォームとしての「あり方」が問われています。
「カイシャ」のための制度に“がんばって”「ヒト」を当てはめていくプラットフォームなのか、「ヒト」の“想い”を形にするプラットフォームなのか。

「カイシャ」が「カイシャ」のために「ヒト」を“がんばらせる”社会から、「ヒト」が「カイシャ」というプラットフォームを活用して“幸せになる”未来へ。
「離職率28%」から始まったサイボウズ の改革は、私たちにそんな「未来」を感じさせてくれるのです。