ベネッセコーポレーション、アクセンチュアで勤務後、北海道・東川に移住して、大人の学び舎「School for Life Compath」を友人の安井早紀さんと共同代表で運営する遠又さん。会社員時代、仕事もプライベートも順調なはずなのに「幸せが足りない」と感じていたそう。 そんなとき、安井さんとのデンマーク旅で「フォルケホイスコーレ」という人生の学校に出会います。そこでは様々なバックグラウンドを持つ人たちが一緒に学び、暮らし、自分や社会を見つめなおしていました。遠又さんと安井さんは、この教育モデルを日本に合わせてカスタマイズし問い直す「学びの場」を作ることを決意。準備期間を経て、30歳のときに会社を退職・起業。学校をつくり、すでに500人近くの卒業生を送り出してきました。起業と移住、友人との共同学校運営で自身も小さな喜びや豊かさを手に入れた遠又さんのライフシフトの過程をうかがいました。

「School for Life Compath」のある東川の町の風景。上水道はなく、大雪山の雪解け水を地下水として利用している。
遠又香さん(NO.141)
■1990年東京都生まれ。幼少期をモスクワで過ごし、15歳のときにアラスカへ単身留学を経験。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、ベネッセコーポレーションに入社。アクセンチュアを経て、2020年に友人と株式会社Compathを設立。北海道東川町に移住し、デンマークのフォルケホイスコーレをモデルにした成人教育機関「School for Life Compath」を運営。卒業生は500人近くにのぼる。2024年、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。
■家族:夫
■座右の銘:一期一会
「どうして右向け右なんだろう」という違和感
私は幼稚園から10歳くらいまで、父の仕事の関係でモスクワに住んでいました。その後、日本で暮らしましたが、15歳のときにはアラスカへ単身留学しています。そこは人口わずか2000人ほどの小さな村で、映画館などいわゆる娯楽が少なく、便利とは決して言えない町でした。でも不便さの裏側には、圧倒的な自然と人々の豊かな暮らしがありました。
そこでの生活を経て、日本に戻ると待っていたのは「受験」という熾烈な競争でした。周囲が「いい大学に行くこと」を絶対的な正義として突き進む中、私は「なぜみんなが同じ仕組みに適応し、同じ方向を向かなければならないのだろう」という疑問を抱きました。勉強は嫌いではありませんでしたが、「右向け右」の同質性への反発心から、大学はSFC(慶應義塾大学総合政策学部)を選びました。ここならいろんな人がいて、違うことに対する許容度が高く、のびのび学べると思ったからです。
その後、教育系のNPOで高校生や大学生向けのキャリア支援を経験。就活も自然と教育系に絞り、「子どもたちが自分の人生を主体的に選べる社会をつくりたい」という思いから、ベネッセコーポレーションに入社しました。
入社後は高校生向けの進路情報誌の編集者として勤務しました。人間関係も仕事内容にも満足していたのですが、「いつか教育の世界に戻るための修行をしたい」という思いが募り、転職を決意。ビジネススキルや論理的な思考を学ぶために、自分を厳しい環境に置こうと考え、選んだのはアクセンチュアでした。
仕事で成果は出ていても、「幸せが足りない」感覚
アクセンチュアには優秀な人たちが集まっていて、最初の1〜2年はついていくだけで必死です。企業の働き方改革支援や業務改革など、スピード感溢れるプロジェクトに携わりました。現場に深く入り込んで、次第にクライアントの方々とも仲良くなり、業務を丁寧に整理していく仕事が好きでした。体力的にも精神的にもハードな毎日ではありましたが、ここで鍛えられた「実現可能性を高める力」や「数字で事業を捉える視点」は、後に起業する際の大きな武器となっています。
しかし、3年、4年と経つうちに、心の中に「モヤモヤ」が広がり始めました。「私はこの仕事を40歳になっても続けているんだろうか?」 「仕事での成果は出ているけれど、幸せは足りているんだろうか?」といった疑問です。私生活では結婚もして、客観的に見れば順風満帆なはずなのに、どこか自分の人生の手綱を握れていない焦燥感。仕事に対する「ワクワク感」が少しずつ減っていることにも薄々気づいていました。このレールの先に、自分が本当にいたい場所があるのだろうか、という問いが、じわじわと大きくなっていったんです。
デンマーク旅で「フォルケホイスコーレ」と出会う
そんなとき、大学時代の同級生で、当時はリクルートで働いていた安井早紀と再会しました。彼女も私と同じように仕事での成果と自分の幸福感のギャップに悩んでいました。 「最近、幸せが足りてないよね」「幸福度が高いデンマークってどんな国なんだろう?」。そんな会話から私たちは10日間の休みを合わせてデンマークを旅することに。そこで出会ったのが、デンマーク独自の教育機関「フォルケホイスコーレ」だったのです。
現地では「フォルケホイスコーレ」の運営者や、そこで学ぶ学生たちとたくさん話をしました。そのときの彼らの疑問がすごかったんです。「どうして10日間しかデンマークにいないの?」「どうしてそんなにせかせかしているの?」「どうして日本人はそんなに早く社会に出るの?」「出世コースって何?」「理解度が違うのになんで全員同じタイミングで卒業するの?」。自分がずっと当たり前だと思っていたことを、全部問い直され、問いの中で自分の考え方が変わっていくという体験をしました。
大学や専門学校に行くかわりに、フォルケホイスコーレで1年間好きな絵を描いて過ごす人がいる。それを誰も不思議には思いません。 そんな選択と時間が当たり前にある、デンマークのような社会は豊かだと思いました。「この学校を日本にも作りたい」。2人でそう決意したのがCompathの始まりでした。
そこから私たちは、働きながら、起業・学校設立の準備を始めました。フォルケホイスコーレを紹介するイベントを開催したり、教育に関するワークショップを開いたり。そこでわかったのは「“今の人生でいいのか”と悩んでいる人は意外と多い」ということでした。そして何より私たちが楽しくて、「人生の学校」への熱が冷めないことで起業が現実的になっていきました。「彼女とだったら、どんな形になろうが面白くやっていけそう」という確信が積み上がり、二人で学校をつくることに迷いはありませんでした。

デンマーク旅の最終日、フォルケホイスコーレにこもって、つくりたい学校の事業計画を立てた。
北海道東川町とご縁がつながり起業&移住
そんな頃、北海道・東川町との出会いがありました。夫が環境系の勉強会で仲良くなった農家・養鶏家の新田由憲さんのところへ、私と安井も一緒に行ったのがきっかけでした。新田さんは環境活動をされていた方で、フォルケホイスコーレもご存じでした。この出会いまで、たくさんの方に学校設立に向けた相談をしていたのですが「そんな学校は日本では作れないよ」「まだ若いんだから会社でもっと経験を積んでからにしたら?」という声が多かったのです。でも新田さんは「やってみたら」と言って、東川町の町長に直接プレゼンする機会をつくってくださいました。私たちが「人生の学校をつくりたい」という思いを伝えると、了承してもらえ、2020年4月に株式会社Compath設立。7月に東川へ移住しました。
東川町は、旭川空港から車で10分という利便性と、雄大な自然が魅力で、移住者も多い町です。こだわりのあるカフェや家具工房なども話題で、この町に住む方々の自然と調和したユニークなライフスタイルが注目されている町でもあります。じつは起業前は不安もあり、夫と「ニート貯金」を行っていました。どちらかが仕事を辞めたり、キャリアの休息が必要になったりした際に、相手に気兼ねすることなく1〜2年は生活できる状態を作るためです。いざとなったらそれを使うつもりでしたが、東川にきてみると「ライフの中に仕事がある」というスタンスで、小さな仕事を組み合わせている人も多く、「お金のことは何とかなる」と思えてきました。
当初は夫がいる東京と2拠点で生活するつもりでしたが、コロナ禍でリモートワークが広がり、夫が東川で過ごす時間も多くなりました。そのうち夫は、東川町だから楽しめるスノーボードやバックカントリーにはまっていきました。今は、東川で一緒に暮らしていて、気づけば私も夫も生きる価値観が変わってきました。キャンプ、スノーボード、バックカントリーと東京時代には考えられなかったことが日常です。 日々「自然の恩恵を受けて生きているんだな」と実感します。
起業・学校設立のタイミングもコロナ禍が大きく影響しました。東川には全国で唯一の公立日本語学校があるのですが、コロナ禍でビザが発行できなくなり、留学生の寮が空いてしまったんです。そこで私たちが「学びの場として使わせてほしい」と提案すると、許可してもらえ、2年間その場所を使って、学びのプログラムを運営することができました。
コロナ禍が明けてからも、町内施設を活用しながら、プログラムの運営を続けていましたが、ずっと自分たちの学びの場が欲しくて、その方法と場所を探索していました。 すると、東川町が「ラトビア館」という古くからある施設を引き継ぎ、活用する事業者を公募するという発表があり、応募することに。それまで、東川町に住む実践者のみなさんの力も借りながら、全国から私たちのプログラムに300人近い方々が参加してくださっていた実績もあり、「ラトビア館」をCompathの校舎として活用させてもらうことが決まりました。クラウドファンディングも実施し、720万円のご支援をいただきました。 老朽化した施設を、学び舎として活用できる状態にリノベーションを行い、2024年4月に念願の校舎が完成したのです。


完成した校舎。教室、キッチン、ヒュッゲスペース(多目的エリア)、16人まで泊まれる宿泊施設を備える(Photo by 鳥村鋼一)
「役割を脱いで人と出会う」という体験を
Compathでは、他の参加者と東川で共同生活をしながら学ぶプログラムを定期的に開催しています。 2026年度は、7泊8日プログラムを 春夏秋冬の4回行う予定です。私たちのプログラムは「役割を脱いで人と出会う」ことを大切にしています。森に落ちている小枝や工作道具を使って、今考えていることを紹介しあう自己紹介から、プログラムはスタートします。 年が離れていても敬語を使わなかったりと、フランクな交流が特徴です。プログラム終了後に、他の参加者がどんな仕事をしているか知るということも多いです。 最初から肩書きや年齢を知っていたら、話しかけにくくなると思いますが、Compathでは、誰もが同じ一人の人として出会い、共に暮らし、学んでいきます。
参加者からは「役割を脱いで人と出会うのが久しぶりだった」という声が、本当によく届きます。日本の社会で生きていると、いつの間にか自分が役割と同化してしまい、名刺を出した瞬間に関係性が決まってしまいがちです。そのためCompathでは意図的にそれをリセットするところから始めています。「心が折れかけたときにCompathの仲間に救われた」「1番最初に連絡するのがCompathの仲間。プライドなしに全部話せるから」といった声もいただいています。プログラムを終え、3年、4年経っても素敵な関係が続いている卒業生たちを見ると、Compathをつくって本当によかったと思えます。
常に対話を続けているところではありますが、共同代表の安井との役割分担も明確になってきましたね。ビジョンを広げて、世界観を作って、「こういう未来があったらいいな」という絵を描くのが安井。私はそれに対して実現可能性を考えて、体制や事業を整えていくことが多いです。共同代表でよかったと何度も思っています。

共同代表の安井(写真右)と。意見が割れたときの判断基準は「自分たちがワクワクするか」(Photo by 畠田大詩)
人生には「小さな問い」に向き合う時間が必要
私たちのプログラムに参加してくださる方の多くは、20代〜30代。最近は40代以上の方の参加が増えています。どの方にも「ふだんと異なる環境に飛び込む勇気」に拍手を送りたいです。今の会社に残るか転職するかなど、人それぞれ、大事な選択を前にして参加され、「じっくり問い直せる場所が欲しかった」という声もよく聞きます。
同じ環境にい続けると、自分の当たり前が固まってしまうことも多いのではないでしょうか。その中だけで、これからのキャリアや暮らしを考えてしまうと、今の延長でしか発想しづらくなってしまいます。そんなときに、いつもの職場やコミュニティから離れ、東川町の人たちや他の参加者と交わると、新たな発想が生まれやすくなります。
「それって本当に今あなたの人生で優先順位が高いの?」「本当は他に好きなことなかったっけ?」と、選択肢を広げるような問いが自然に出てくるんです。そんな問いかけに、私自身、学校を運営するようになった今でもハッとすることが多いです。Compathに参加することは、自分にとって心地が良いものやこと(インナー・サスティナビリティ)を再選択するプロセスになり、ライフシフトへのヒントになると思います。
また、Compathの活動は、個人だけではなく、東川町や社会を豊かにすることにも貢献するものでありたいと考え、拠点とする東川町や近隣に住むみなさんにとっての学びの機会づくりも大切にしています。この地域にフォルケホイスコーレをモデルにした学び舎があることによる、個人・地域・社会への影響は、アカデミックな観点からも探求し続けています。
「私の人生、幸せ足りてるかな?」という小さな問いから変化の旅が始まりましたが、自分にとっての幸せとは外に答えがあるものではないと気づきました。幸せが足りているという状態を目指すというよりは、日々の中に存在している、小さな喜びや豊かさのようなものに目を向けられる自分でありたいと思って暮らしています。
人生100年時代は「楽しく、健康に生きる」。シンプルですが、これを大切にしたいです。年を重ねることが楽しいと思っていたいですし、そう思える社会であってほしいです。周りにいる素敵な先輩を見ると、年を重ねるのは面白いなと感じています。小さな喜びや豊かさを積み上げ、それが顔に出ている人生を歩んでいきたいですね。
Compathは、キャリアに迷った時、もっと楽しく生きたいと思った時のお供になれる場所として、細く長く、できれば自分がこの世からいなくなった後も続いてほしいという願いがあります。必要な時に、立ち止まって問い直す学びの文化を社会に届けていきたい。どんなライフステージ・環境にある人でも「余白を取る」という選択ができる社会の仕組みを、Compathとして作っていきたいと思っています。もし人生や社会にモヤモヤを感じたら、少し立ち止まってじっくり考えたいことがあったら、ぜひ東川へ遊びに来てください。
(取材・文/垣内栄、メイン写真撮影/清水エリ)
*ライフシフト・ジャパンは、数多くのライフシフターのインタビューを通じて紡ぎだした「ライフシフトの法則」をフレームワークとして、一人ひとりが「100年ライフ」をポジティブに捉え、自分らしさを生かし、ワクワク楽しく生きていくためのワークショップ「LIFE SHIFT JOURNEY」(ライフシフト・ジャーニー)を個人の方及び企業研修として提供しています。詳細はこちらをご覧ください。
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