製薬会社エーザイでMRとして活躍してきた長井伸之さんが、部長職を外れたのは49歳のときでした。会社員人生初の挫折でしたが、会社に残るという選択をした長井さんに、58歳で再び転機が訪れます。応募者が20代~30代の若手中心だった社内研修「グローバルチャレンジプログラム」に応募し、最年長で合格。9か月間の研修を経て、興味を持っていた国際業務部門への異動を叶えたのです。英語でのコミュニケーションに苦労をしつつも、ワクワクする毎日を過ごす長井さんに、企業内でシニア世代がもっと輝く方法を聞きました。

PROFILE

長井伸之さん(NO.115/エーザイ株式会社アジア・ラテンアメリカリージョン)

■1964年生まれ、三重県出身。北里大学薬学部卒業後、1987年にエーザイに入社。いくつかの大学担当MRを経て、関西部部長、九州部部長、埼玉医薬部部長となる。2018年に大分県・宮崎県のキーアカウントマネージャーとなり、2023年からはアジア・ラテンアメリカリージョンに所属。2020年に医療経営士1級の資格を取得。TOEICは800点台。

■家族:妻、長女、長男

■座右の銘:継続は力なり

大学病院担当のMRとして評価され、部長になるのも早かった

私は大学の薬学部を卒業後、エーザイに入社しましたが、薬学部に入ったのもエーザイに入ったのもまったくの偶然でした。

大学受験の際は、薬学部に入ると薬剤師の資格がとれるということにメリットを感じ、病院薬剤師や薬の研究者になるのもいいなというくらいの気持ちでした。大学3年生のときには薬剤師業務を体験する大学病院での病院実習に行ったのですが、当時は薬剤師の業務が薬のピッキング主体だったので、物足りなく感じてしまいました。そこで薬剤師にならずに大学院への進学を考えましたが断念。その後、内定をもらえたのがエーザイだったのです。

私が就職活動を始めたのは8月末で、採用選考はどの会社も終わっている時期でした。しかし、エーザイは面接の機会を与えてくれ、MR(Medical Representative/医薬情報担当者)として採用してもらうことができました。MRは適正に医薬品を患者さんにお届けするため、医療関係者に医薬品の使用情報を提供し、薬効、副作用などについての情報を収集するのが主な仕事ですが、営業職ですので、薬剤師とは仕事内容が大きく異なります。父親が生命保険会社の猛烈営業マンだったため、母親は営業職の仕事に就くことに大反対、大学の同級生からは「性格上営業なんて向いてないのでは?」と心配されました。でも入社してみると、MRの仕事にやりがいを感じ、長く続けることができたので、向いていたのだと思います。

入社後は日本全国を転々とし、いくつかの大学病院のMRを担当してきました。大学病院は、一般病院の患者治療に加え、医大生の教育、研究を担っている施設であるためエーザイにおいて大学病院を担当することは、営業成績だけではなく、医師と専門的な話ができる等様々な技能が必要とされます。誰でも担当できるわけではなかったので、社内では高く評価されていたのだと思います。とくに役職を目指していたわけではありませんが、同期の中でもいち早く、課長、そして部長になりました。

自分の中では失敗もたくさんありましたが、つねに研鑽することを忘れず、コツコツとやっていくうちに仕事が楽しくなっていきました。そんな前向きな姿勢が評価につながったのだと思います。

MR時代は優秀な成績をおさめたご褒美で海外研修への参加やエーザイUSA、研究所、工場等に何度か訪問した。

49歳で役職からはずれるが、新しい仕事にやりがいを感じた

しかし、49歳のときに会社員人生初の挫折を経験しました。当社は役職定年という明確な規定があるわけではありませんが、早期抜擢を厭わない挑戦的な会社です。若手にポストを譲り、プレイングマネージャーとして仕事をすることになったのです。

もちろんショックな気持ちはありましたが、会社を辞めようとは思いませんでした。実はこれまで会社では希望退職の募集が2度あり、自身の選択で先輩や同期、後輩も辞めていきました。退職後、薬剤師をしている先輩もいますが、私に薬剤師の仕事が向いているとは思えませんでした。子育てをしながらパートで薬剤師を続けている妻からも「あなたには無理」と(笑)。

それに、辞めてやりたいこともなかったのです。経営環境が厳しくなったとはいえ、ヒューマン・ヘルスケア(hhc)という理念のもと患者さんへ貢献できる会社ですので、悪いことばかりではないと考えました。

53歳からはキーアカウントマネージャーという仕事を担当することになったのですが、この仕事が思いのほか面白かったというのもあります。病院や介護施設の経営層に、医療や介護に関連する様々な提案をする仕事でした。重要医師への面談機会やエーザイ製品の採用などMRを支援する側面もありましたがMRとはまた違う新たなやりがいを感じていました。

キーアカウントマネージャーは、会社から医療経営士3級、2級を取得することを求められました。医療経営士とは、医療機関の経営に必要とされる4つの資源(人的資源、物的・サービス資源、財務的資源、知的・情報資源)を融合させることで、経営課題を解決できる能力をもった人材のことです。資格は3級、2級、1級と1年ごとに取得しましたが、1級を持っている人は全国でも100人程度しかいません。1級の合格率は22.6%で、毎年10名ほどしか資格認定が受けられない難易度の高いものとなっています。そのため資格を取得していると信頼度が増すのです。

また、業務として厚生労働省・中医協で開催されている診療報酬改定の議論を傍聴することができ、資格以上に知識を習得できました。これら診療報酬や介護報酬改定の背景や方向性の知識は、医療や介護にかかわる経営層にとっては大変有益であり、面談する理事長や病院長などから高い信頼を得ることができました。

実はこの時期はちょうど単身赴任をしており、勉強しやすい環境だったのも功を奏しました。住まいの近くに自習環境の整った図書館があって21時まで開いており、仕事終わりに勉強してから家に帰り、ご褒美にビールを飲む(笑)という習慣ができたのです。コロナ禍と重なって、出かけられなかったことも勉強時間の捻出に役立ち、医療経営士1級合格の後には、思い立って英語の勉強も再開しました。

英語については、入社当時から会社がグローバル展開を目指していたことから勉強を推奨する雰囲気があったものの、私のTOEICスコアは入社時300点台。とてもグローバルに働けるレベルではありませんでした。しかし20代後半に受けた昇格者研修で一緒だった同期が、900点以上を既にとっていて、海外MBAの社内派遣を目指していることを知りショックを受けました。それから通信講座やラジオ講座を活用して勉強し、600点台までいきました。転勤などのため、その後しばらくの間、英語の勉強はとん挫しましたが、医療経営士の資格試験を契機に一念発起し、学ぶ環境が整ったこのタイミングで、3%しかいないというTOEIC900点台獲得を目指してみることにしたのです。

英語を学ぶきっかけをくれた同期は、その後初代エーザイCanadaの社長になり夏休みを利用して訪問(エーザイ Canada社長室で撮影)

ライフシフトの研修で「人生100年時代」を初めて意識

医療経営士と英語を独学で勉強しながら、社内で開催される研修もまめにチェックしていました。けれども、社内研修は若手をターゲットにしたものがほとんど。ダイバシティーと言われる時代、年齢で線を引くのはおかしいと常々考えていますが、シニア世代を対象にした研修にはなかなか出会えませんでした。

しかし57歳のときに、我々のような中高年をターゲットにした「ライフシフト研修」の社内参加案内があり、興味を持ちました。一人ひとりが「100年ライフ」をポジティブに捉え、自分らしさを生かし、ワクワク楽しく生きていくためのワークショップです。

「人生100年時代」と言われ、毎日のようにその言葉をテレビや雑誌で見たり聞いたりしているにも関わらず、研修を受けるまでは他人事に感じていました。若い頃に想像していた定年後の自分の姿は、金銭的な不自由はなく、自由な時間を家族や友人と豊かに過ごしているというもの。バラ色の老後が待っていると思っていました。しかし50代になると定年後の現実が少しずつ見えてきます。それは華々しいバラ色ではなく、時間を持て余し、することや相手を探さなければならず、暇と対峙しなければならないセピア色の老後であり、不安もわいていました。

ところが「ライフシフト研修」を受けて、人生観が大きく変わりました。定年は65歳でも、「人生100年時代」なので、学び直しをし、小さな一歩(スモールステップ)を積み重ねて自分自身が変化を続けていくことで、いくつになっても輝いていくことができると深く実感することができたのです。

また研修では、グループでこれまでの人生を共有するワークがあったのですが、立派な経歴をお持ちの方でも、山あり谷ありのジグザグのライフサイクルであることがわかり、「自分だけではないんだな」という安堵感が持てました。そして医療経営士や英語の勉強をしてきたことは、まさに「学び直し」であり、スモールステップにあたる、自分がしてきたことに間違いはなかったと自信を持つこともできたのです。

その後、会社の「グローバルチャレンジプログラム」に応募したのも、このライフシフトの研修を受けたことが大きく影響しています。

最年長でグローバルチャレンジプログラムに参加

当社の「グローバルチャレンジプログラム」は、2015年から開始され、将来のグローバルリーダーを輩出することを目的とし、入社3年目以上の社員をターゲットとしたプログラムです。これまでに修了した社員の一部は、海外駐在業務や国際業務に就いています。プログラムは、4月から11月まで毎月1回、土曜日に開催されました。

「ライフシフト研修」が終わった数か月後、「グローバルチャレンジプログラム」の公募を見つけたときには、「どうせ年齢制限があるのだろう」と思ったのですが、応募資格をよく読むと、年齢制限はなく、英語力があること、直近の評価歴が優秀であること、上司の推薦と、選考のための30分の面接でした。

これは天から「応募しろ」と言われているような気がしました。というのも、当時キーアカウントマネージャーの仕事にやりがいをもって取り組んでいたので業務評価も高く、英語力も規定を大きく満たしていたのです。なにより、これまでの経験と学んだ英語力を生かして、グローバルで働く知識を身につけることを想像するとワクワクしました。これまで海外視察には何度か行きましたが、国際業務部門で働いたことはありません。今からでも国際的なビジネスの能力開発にチャレンジしてみたいと考えたのです。

上司の推薦も得て応募し、人事部との面接では、ダイバシティーにおける年齢の問題を取り上げ、研修受講の目的は自己の能力開発だけではなく、私と同世代のシニア社員への刺激が大きな目的であることを訴え、15人のメンバーに選ばれることができました。

メンバーは年齢で区切っていないとはいえ20代、30代の社員ばかりで、57歳の私は群を抜いての最年長でした。正直「しまった!」と思いましたが、「あのおじさんのせいで」とメンバーから言われて足をひっぱるのは申し訳ないので、率先してリーダーシップをとり、レポートも一番に出すことを心がけました。

研修は、コロナ禍のため全てオンラインでした。研修の最終プログラムは、与えられた課題に対して英語でプレゼンをするのですが、頑張ってきた参加メンバーと直接会うこともなく終了することに違和感があったため、コロナも終盤であることを理由に本社での集合修了式実施を私から提案し受け入れていただきました。

英語プレゼンは完璧にこなすことができました。その後、受講者一人ひとりが、役員である人事部長をはじめとした主要メンバーに対して受講後の抱負を訴えるチャンスにも恵まれました。私は、自分を含めたシニア社員活性化の社会課題の解決のために受講したこと、今後もスモールステップを実践すること、学びに年齢は関係ないことなどを伝えました。そして「年齢に関係なく輝き続けるチャンスをください」と人事部長をはじめとする本社の主要メンバーに訴えたのです。

グローバルチャレンジの修了式。息子や娘と同じ年齢の若手社員とともに学んだ

その結果、受講終了直後の4月からの異動が叶いました。現在はアジア・ラテンアメリカリージョンというところで、アジア、ラテンアメリカ、アフリカのエーザイ販売関連会社におけるリスクマネジメント業務を担当しています。

本社の部内は外国人のスタッフが複数いますし、販売関連会社の担当者は全員外国人ですので、英語でのコミュニケーションが基本です。最初はメールの返信を書くだけでも苦労して時間がかかりましたが、英語のスキルをアップする環境としては、最高のところで仕事ができ、素晴らしいご褒美をいただいた気分です。

世界アルツハイマーデーキャンペーンでアジア・ラテンアメリカリージョン本社メンバーと

スモールステップで準備しておくとチャンスをつかめる

振り返ってみると、私は能動的にアクションを起こしてきたわけではなく、たまたま準備ができていたことで、研修プログラムにチャレンジでき、その結果、希望の部署へ異動できたという流れです。能動的に動いて転職したり、起業したりする度胸はないんです。医療経営士試験の合格やTOEICのスコアアップなど、ライフシフト研修で学んだようなスモールステップをたくさん踏んできた結果、58歳で希望を叶えることができました。

実はエーザイの創業者である内藤豊次氏も50代でエーザイを興しています。私が50代後半から大きなチャレンジをしていることで、同じシニア世代の仲間に「長井でも頑張ってる、挑戦や学びに年齢は関係ない」と思ってもらえれば、少しは刺激になるのではないかと考えています。また若い人にもおじさんが頑張っていることで、「いくつになっても挑戦はできる」と希望を与えられるのではないかと思います。

今後は定年までこの仕事をさせてもらえるなら続けていきたいですし、チャンスがあれば同部門で直接的に商品や患者貢献に関わる仕事にもチャレンジしたいです。定年後どうするかはまた考えていかねばならないのですが、死ぬまで輝き続けていくために何ができるのか?ボランティアかもしれませんし、海外で住んでみる経験かもしれません。外国にいる患者さんへの貢献についても何かできないかと考えています。いずれにしても、今の仕事に異動できたことで可能性が広がったと思います。

若い時は、チャンスという電車がたくさんやって来て、いつでも乗ることができました。でも、シニアになると電車はいつ来るかわかりません。さらに準備をしていないと、電車が来た時に乗ろうと思っても乗れないのです。何でもいいので準備をしておくと、ある日電車がやってきて、扉が開いて電車に乗ることができるのではないでしょうか。いつまでも輝いていくために大事なのは、やはりスモールステップを踏み続けることだと思っています。

息子も社会人に。「あなたに薬剤師は無理」とダメだししてくれた妻にも感謝している

取材・文/垣内 栄

*ライフシフト・ジャパンは、数多くのライフシフターのインタビューを通じて紡ぎだした「ライフシフトの法則」をフレームワークとして、一人ひとりが「100年ライフ」をポジティブに捉え、自分らしさを生かし、ワクワク楽しく生きていくためのワークショップ「LIFE SHIFT JOURNEY」(ライフシフト・ジャーニー)を個人の方及び企業研修として提供しています。詳細はこちらをご覧ください。