PROFILE

和久井純子さん(No.51/写真左)
NIKO FLOWERS+共同代表
東京都在住、42歳。薬科大学を卒業後、企業系診療所にて薬剤師と事務職として勤務。36歳で退職後、1年間のカナダ・アメリカへの留学を経て、2014年江澤さんとともに花屋を起業。
座右の銘:意志あるところに道は拓ける

江澤佑己子さん(No.52/写真右)
NIKO FLOWERS+共同代表
東京都在住、37歳。大学で医療経営を学び、企業系診療所に事務職として入社。28歳で退職後、花屋、ホテルでのブライダル装花を経験後、ワーキングホリデーでカナダへ。帰国後、和久井さんとともに花屋を起業。
座右の銘:笑う門には福来る

NIKO FLOWERS+ https://www.facebook.com/niko25.flowers

 

企業系診療所の先輩・後輩として出会った2人

和久井 「NIKO FLOWERS+」。これが大田区山王のジャーマン通りにある私たちの小さなお店の名前です。私と江澤のニックネーム「NINA」と「KIKO」を組み合わせて、花を通じて様々な出会い、経験をしながらどんどん進化していきたいという願いを込めて「+」を付けました。

江澤 この場所は、開業前に2人で住み込みで働いた花屋さんのあるカナダのウィスラーという町とちょっと似てるんです。開放的な広い通りとか、お花をプレゼントする男性のお客様が多いところとか。開業して4年、お客様にも恵まれて、カナダで体験した「花のある日常」をお届けできている喜びを実感しています。

和久井 こんな風にお話しすると、昔からお花屋さんになりたくて順調に準備してきたように聞こえるかもしれませんが、実際は全く違うんですよね。私は小さいころから生物や生命に興味があって、白衣を着て働く人になりたかったんです(笑)。実際に薬学部に行って、薬剤師として企業系の診療所に就職しました。

江澤 私は小さいころからもの作りが好きで、両親も祖父母も自営業だったので、いつかもの作りに関わる仕事で独立したいという想いがありましたが、大学では当時興味のあった医療・福祉系の経営を学びました。その後就職したのですが、配属先いたのが5年先輩の和久井でした。その仕事に向かう姿は衝撃的で、「こんな先輩といつか肩を並べて働けるようになりたい」というのが私の目標になったんです。

和久井 江澤の印象は「根性のある新人」でした。宿題を出すとしっかりレポートをあげてくるし、電話応対も週末に実家のお店で練習してくるし。当時、私は半年後に異動することが決まっていたので、これなら後を任せられると頼もしかったですね。異動後もよく一緒に飲みに行っては仕事の話をしたり、江澤の将来の夢の話を聞いたりしていました。

「花の道でいこう」。独立志向の強かった江澤が28歳で転職

江澤 私は28歳までには独立したいという漠然とした想いがあって、自分に何ができるのか模索していました。とにかく物づくりで、料理も好きだし、ほかにも好きなことがいろいろあって。でもある時、仕事中にふと「花だったらできるかもしれない」とひらめいたのです。そこからは早かったですね。その日の帰り道に雑誌を買ってフラワーアレンジメントの教室を見つけて電話したら、たまたま翌日に空きがあって、そこに通い始めることに。

通ってみたらとても楽しくて、1年たったころには「もっと花の道を究めたい。花の道でいこう」と思うようになりました。スクールの先生にそんな話をしたところ、「であれば併設の花屋さんで働いてみる?」とお声がけいただいて。もちろん、和久井にも相談しました。和久井からは「頑張っている姿を見てきたから応援するよ。いつか花屋で起業するときは声かけてね。手伝えることがあったらするから」と心強い言葉をもらって、会社を辞める決断をしました。28歳の時でした。

「人生でやり残していることは?」。今度は和久井が海外留学を決断

和久井 好きなことを見つけて頑張っている江澤の姿を見て、私も刺激を受けました。私は薬剤師の仕事も会社も好きだったので、ずっとこのまま勤め続けるんだろうなと思っていたのですが、35歳を過ぎたころから、これでいいのかな?自分の人生で何かやり残したことはないのかと考えるように。そこで気づいたのが、「英語を話せるようになりたい」という想いです。私は父の仕事の都合でサンフランシスコで生まれたのですが、3歳で帰国してしまったので、4つ上の姉と違って英語が得意ではなかったのです。

そこで1年間と期限を決めて、会社を辞めて留学してみようと。両親には会社を辞めることを反対されましたが、私は1年の間に自分の将来を決める何かに出会えるかもしれない、そんな気持ちでいました。行先は、生まれ故郷のアメリカを考えていました。

ひょんなことから、2人でカナダの花屋さんに住む込むことに

江澤 私はずっと東京の狭い世界で生きていて、海外に行くことなど考えたこともなかったのですが、和久井が留学をすると聞いて、私も留学をしてみようかなと考えるように(笑)。なにしろ憧れの先輩でずっと背中を見て真似してきたので。当時は花屋からホテルに転職し、ブライダル装花の仕事をしていたのですが、まだ具体的にこんな店を持ちたいといったイメージもできていませんでした。職場の上司に「海外に行って視野を広げたい」と相談したところ、カナダのウィスラーという町に支店を出しているお花屋さんを紹介してくれたのです。

横浜に住んでいるオーナーの方に話を聞いてみると、ウィスラーのお花屋さんの繁忙期が夏なので、行くなら夏がよいとのこと。話はとんとん拍子で進み、2012年の7月から、私はワーキングホリデービザでカナダに渡ることになりました。普通はまず語学学校に数カ月通ってから仕事をするのですが、全く英語ができないまま繁忙期の2か月間、住み込みでお花屋さんで働くことになったのです。

和久井 その時、実は私も江澤にくっついてウィスラーに行ったのです。当初、アメリカに留学するつもりでしたが、両親にとってアメリカは昔住んでいたころの危険な国のイメージ。反対されてしまって治安のよいカナダのバンクーバーの語学学校に9月から通うことに。どうせカナダに行くなら江澤の仕事ぶりも見てみようという姉心もあって、7月に一緒に旅立ったのです。

私は「旅人」としてホテルに泊まるつもりでしたが、お花屋さんのご夫妻が私のこともご自宅に泊めてくださって。そこでボランティアで仕事をお手伝いさせていただきました。結局は2人一緒に住み込みで2か月間、お花屋さんの仕事を経験することになったのです。

花の仕事に携わる喜びと感動を味わった2か月間

江澤 ウィスラーはバンクーバーから車で1時間ほどの自然豊かな美しい町です。私たちが働いた「SENKA FLORIST」は町唯一のお花屋さんで、店売りから配達、ホテルやレストランでの生け込み、ウエディングなど幅広い仕事に携わることができました。特に男性から女性への花贈りが盛んで、誕生日に職場にお花を届けることもしばしば。するとご本人や同僚の方が本当に豊かな感情表現で喜んでくれて、まるで自分が幸福の使者になったかのような感動を味わうことができました。

和久井 私は花の仕事に携わるのは初体験でしたが、花を通じたお客様とのコミュニケーションがとても楽しかったですね。お花が特別なものではなく、日常生活に密着したもので、自然にさらっと1輪だけ買っていかれるような風景も素敵でしたし、お花や植物がもつ力にも感激して、世の中にはこんな素晴らしい仕事があったんだと、どんどんお花の世界にのめり込んでいきました。それまで、頑張っている江澤を応援したいという気持ちだったのが、自分も一緒にやってみたいと思うようになったのです。

江澤 本当にこの2か月の経験は大きかったと思います。花の仕事に携わる喜びや誇らしさを改めて感じ、和久井と共にこんな店をやりたいという目標がはっきりと定まったからです。

2014年5月に開業。共通の夢に向かって時には信じられない喧嘩も

和久井 9月からは2人でバンクーバーの語学学校へ3カ月通い、その後江澤はウィスラーに戻り、私はアメリカに渡ってニューヨークのフラワースクールでレッスンを受けたり、現地の花屋巡りをしました。その後再びウィスラーに戻ってSENKAのお手伝いをして、2013年の7月に1年間の旅を終えて2人で帰国しました。旅立つ前には見えていなかった、「2人で花屋を起業する」という目標を携えての帰国でした。

江澤 帰国後は、それぞれに花屋と薬局でアルバイトをしながら資金をためつつ、早速物件探しを始めました。でもなかなか良い物件と出会えませんでした。

和久井 アルバイトをしながらだと、良い物件がでてもスピーディに動けなかったこともその理由でした。中途半端はダメだと考えて、アルバイトはスッパリ辞めて起業準備に集中してみたら、2014年2月に今の物件に出会うことができたのです。

江澤 開業は2014年5月です。不思議と不安はなかったですね。いつか肩を並べて仕事をしたいと尊敬してきた和久井とだったら絶対失敗しないと感じていましたし、ここは日本。言葉が通じるのだから何だってできる、そんな気がしていました。これも留学の成果ですね(笑)。もちろん、かつての師弟関係と違って今は共同経営者。時には信じられないような喧嘩もしますが、それは2人とも「カナダで味わった花のある日常生活を届けたい」と本気で思っているからこそ。すぐにケロっとして仕事に戻っています。

和久井 女性2人で起業することに対して心配する人も多かったですが、今まで一度も辞めたいと思ったことはありません。花束などのデザイン的な部分は江澤が、経理や育て方・管理方法の知識が細かい園芸関係は私が、というように自然と得意分野で役割分担をしています。お客様に恵まれて、自分たちがやってきたこと以上の仕事を頼んで下さり、それに精一杯応えているうちに、少しずつ仕事の幅が広がってきて、今がある感じです。これからも2人の個性を活かしつつ、でも2人の世界に閉じこもらずに、いろいろなことにチャレンジいていきたいですね。

江澤 2人で考えたお店のロゴマークには、山に囲まれたウィスラーの地形をヒントに「ひとつ屋根の下、ふたりそれぞれの個性が共存し、互いに高め合いながら、私たちなりの山の頂を目指して行こう」という想いを込めています。お花屋さんから始めましたが、この先どんな進化をしていけるか、楽しみです。

まず動く。プロセスを楽しみながら、自分らしい人生をつくっていく

江澤 本当に今まで、たくさんの出会いに恵まれてここまできました。好きなことを仕事にしたいと思った時、大事なことは動くことだと思います。頭の中で考えているだけでは何も始まらない。動くことで周りから寄ってきたり、応援してくれる人が増えて、道が開けていくと思います。

和久井 そのプロセスを楽しむことも大事ですね。私は人からは薬剤師を辞めてしまったの? とよく聞かれますが、薬剤師も花の仕事もどちらも好きで、いつかつながっていくような気がしています。私のこれまでの人生は真っ直ぐの一本の線ではなく、まばらに点が存在しているというイメージ。これから先の人生で時間をかけながらその点を一つずつ線で結んでいって、最後はそれがひとつにつながって、振り返った時に結局は行きつくところはここだったんだ、これが私らしさなんだと実感できるような人生をつくっていきたいと思います。

(撮影/鈴木慶子)