ライフシフト・ジャパン代表・大野誠一が毎回、各界のオピニオンリーダーを迎えて、withコロナ時代の新しい生き方・働き方を語り合うオンラインイベント「LIFE SHIFT DIALOGUE~未来への対話」。第2回はゲストに『コロナ移住のすすめ』著者の藻谷ゆかりさんをお招きし、『withコロナ時代の働き方の未来―地方移住を考える』というテーマで語りつくしました。その内容をダイジェストでレポートします(2020年11月20日開催)

ゲスト:藻谷ゆかりさん(『コロナ移住のすすめ』著者)/証券会社、米国留学、外資系メーカー2社勤務後、1997年にインド紅茶の輸入・ネット通販会社を起業、2018年に事業譲渡。2002年に家族5人で長野県北御牧村(現・東御市)に移住。現在は地方活性化や家業のイノベーション創業を支援する巴創業塾を主宰。「起業×事業継承×地方移住」をテーマに講演・研修を全国で展開する。著書に『衰退産業でも稼げます』(新潮社)、『コロナ移住のすすめ 2020年代の人生設計』(毎日新聞出版)がある。

 ホスト:大野誠一(ライフシフト・ジャパン代表取締役CEO)/株式会社リクルートにて「ガテン」「とらばーゆ」「アントレ」等の編集長を歴任後、43歳でパナソニックに転身。ローソンHMVエンタテイメントを経て、59歳でファザーリングジャパン安藤哲也とともにライフシフト・ジャパンを起業。日本発のライフシフト社会の創造に取り組む。共著『実践!50歳からのライフシフト術』(NHK出版)がある。

 

増える「現役世代」の地方移住、その背景と3つのポイント

大野 2020年はコロナをきっかけに、多くの人がこれからの生き方、働き方を根本的に考え直した年でした。その結果「地方移住」に興味を持つ人が増えています。今日はご自身も地方移住者である藻谷ゆかりさんとともに、そのリアリティを考えていきたいと思います。では最初に藻谷さんから、最新刊『コロナ移住のすすめ』のエッセンスをご紹介いただきたいと思います。

藻谷さん(以下敬称略) 私自身は2002年に家族5人で千葉県浦安市から長野県に移住をしました。動機は3人の子どもたちを受験戦争のない地方でのびのび育てたいという「教育移住」です。私はインド紅茶の輸入・ネット通販会社を起業していましたので場所は選びませんでしたが、エコノミストとして独立した夫の仕事の関係で東京駅から2時間圏内で探した結果、出会ったのが北御牧村(現・東御市)でした。

当時の地方移住といえば、リタイア後の悠々自適な生活のイメージでしたが、現在では30代~40代の「現役世代」の移住が増えています。この流れは今回のコロナ禍によって加速していくと考えられ、その実践の一助になればと緊急出版したのが『コロナ移住のすすめ』です。私自身と20事例のケース、そしてそこから紡いだ理論を紹介していますが、今日は理論編のエッセンスをお話しします。

まず「現役世代」の地方移住が増えている背景には働き方や価値観の3つのパラダイムシフトがあります。

①メンバーシップ型からジョブ型へ/終身雇用・年功序列に代表されるメンバーシップ型の日本型雇用システムが崩れ、スペシャリストとして働く場所や働き方を選べるジョブ型社会に移行してきたこと。

②専業から複業へ/ジョブ型への移行にともない、複数の仕事を同時に行えるようになり、失業のリスクを減らせるようになったこと。もともと地方は兼業農家が7割。地方では当たり前の働き方が一般化してきたともいえる。

③所有欲求から存在欲求へ/物を所有するよりも「自分が必要とされている」ことによって豊かさを感じるような時代になったこと。人口が少ない地方は都会よりも存在欲求が満たされる機会が多い。

これらの変化はコロナ禍によってますます加速し、地方移住を後押ししてくれると考えられます。一方で、注意すべきこととしては、転居と移住は違うということです。移住は単なる引っ越しではなく、暮らし方を変えることですから、「覚悟」が必要。文字通り、どんな暮らしをしたいのか、心がどこにあるかを悟る必要があります。そこで移住前に考える3つのポイントをご紹介します。

①WHY、WHERE、WHATが重要/なぜ、どこに移住し、何をするのかを問うことが重要。特に「強いWHY」が重要で、WHY以外は移住後にマイナーチェンジすることもある。

②客観・主観・直感で考える/移住先は、最初は東京からの距離など客観的情報から考え、次は実際に現地を訪ねてどんなことを感じるか主観でとらえる。最後は「ピンときた」というような直観も大事。

③生涯可処分所得、生涯可処分時間を考える/地方移住では一般的に所得は下がるが、住居費が安いため可処分所得はそれほど変わらない。通勤時間が短くなり可処分時間も増える。自分にとってそれが豊かなことかを考える。

以上が理論編のエッセンスとなります。

多様化する移住パターン、コロナ後は住まいの見直しが動機に

大野 ありがとうございました。ではここからは、実践編ということで参加者のみなさんと一緒に地方移住について考えていきたいと思います。今日は30代から50代まで、具体的に地方移住を検討している方も多く参加いただいています。最初の質問です。「彼女の実家が長野で、将来婿入りして長野へ移住するかもしれません。藻谷さんは金銭面や仕事面での不安をどのように解消されましたか」

藻谷 私たちの場合、都会でしていた仕事を地方に持っていったので仕事や金銭面での不安はありませんでしたが、地方での生活は驚きの連続でした。やはり予想外のことは起こるものです。「嫁ターン」して婿入りされた方の話を聞くと、名前ではなく「〇〇家の婿」としか呼ばれないという辛さがあったそうです。女性が「〇〇家の嫁」としか呼ばれないという話の逆ですね。その方はPTAや近所の付き合いを地道に続けて、今では名前で呼ばれるようになったそうです。不安なときは、実際に仕事を探してみるとか、興味のある地域に行ってみるなど、具体的なアクションをとることが大事だと思います。少しずつ未来が見えてくるはずです。

大野 Uターンにも「嫁ターン」などいろいろなパターンがあるんですね。

藻谷 婿入りまでするかどうかは別として、妻の出身地に移住するのが「嫁ターン」。移住した夫婦を追って親も移住してくるのが「追いターン」です。我が家の場合も、夫の両親が移住してきました。祖父母が亡くなった家に、孫が移り住んでくる「孫ターン」というパターンもあります。親は東京に憧れて上京したわけですが、子どもたちは田舎のおじちゃん、おばあちゃんの家に良い思い出があり、親戚もいるので暮らしやすいようです。

大野 コロナの前と後での地方移住の違いはありますか?

藻谷 移住の動機はさまざまですが、コロナ後は都会の住環境の悪さがきっかけになる方が多くなっています。かつては家には寝に帰るだけでしたが、コロナによって在宅ワークが増え、生活が一変。狭い自宅での息の詰まるような暮らしに耐えられなくなった方が移住に踏み切っています。ある男性は夫婦と娘4人で2LDKに住んでいたので、仕事はベランダでするしかなく、田舎の実家に疎開してみたら、家も広いし、自然も豊かでいいことがいっぱいあることに気づいたと話しています。

大野 求められる人材の変化に伴い、これからは教育移住も増えるかもしれませんね。

藻谷 そうですね。長野県の例でいえば、書籍でも紹介している豊田陽介さんは、日本初のイエナプラン認定スクールである「大日向小学校」(佐久穂町)との出会いが移住の動機のひとつになっていました。軽井沢に2020年4月に開校した「風越学園」や伊那市の公立校「伊那小学校」もユニークな教育で移住動機になっています。

住みやすい地域選びから、移住後のアイデンティティまで話題は多岐に

大野 続いての質問です。「独身・女性・車なしで住みやすい地方はありますか?」

藻谷 県庁所在地がお勧めですね。一定の規模があるのでバスの便もよく、フラットな地形に形成されている場合が多いので自転車での移動もしやすいです。人口1万人以下の小さな町だと行政サービスが貧弱で驚くこともありますが、県庁所在地の規模であればあまり変なことは起こりません(笑)。まずは気に入った県庁所在地に住んでみて、そこから次を模索してもいいですね。

大野 「藻谷さんはいきなり家を買ったのでしょうか、まずは賃貸からスタートしたのでしょうか」との質問もいただきました。

藻谷 我が家の場合は、夫にこだわりがあっていきなり一戸建てを建ててしまったのですが、お勧めしません(笑)。まずは賃貸で四季を過ごしてみて、そこから本格的な家探しをされたほうが、いろいろな情報を得ることができてよいと思います。

大野 移住後に関する質問もいただいています。「移住後は地方の活性化につながる活動をしたいのですが、どうすればいいでしょうか」

藻谷 あまり地域を活性化しようと思いすぎない方がよいのではないかと思います。それが目的化してしまうと大変なので。焦らずにまずは消防団に入る、小学校のPTAをやる、商工会に入るなどして地元になじんでいけば、おのずと声がかかってくるものです。5年、10年で考えていけばいいのではないでしょうか。

大野 最後はアイデンティティに関するコメントです。「夫の出身地に移住して18年。ここが好きですし、東京や自分の出身地に帰りたいという気持ちもありませんが、いまだに自分はここの人間ではないという感覚、自分は何者なんだろうという揺らぎがあります」

藻谷 よくわかります。我が家の場合も、子どもたちにとっては紛れもなく長野が「地元」なのですが、私はいまだに移住者という感覚です。海外移住した移民1世もこういう感じなのかもしれませんね。私の場合は、仕事柄そういう感覚も大切にしています。

大野 時間となりました。最後に藻谷さんから一言メッセージをお願いします。

藻谷 今回のコロナ禍でテレワークが進み、どこでも働けることが明らかになりました。この流れを止めず、地方自治体にはお試し移住ができる場所や機会を整備してほしいと思います。ワーケーションやコワーキングスペースは有効な施策だと思います。移住に関心を持った方は、ぜひトライをしてみてほしいと思います。やはり不動産が安いことは大きな魅力です。まずは物件を調査してみるところから始めてはいかがでしょうか。

大野 ありがとうございました。

 

*『ライフシフトの学校@オンライン~人生100年&withコロナ時代の生き方・働き方を考えるワークショップ』を1月20(水)から開講します。詳しくはこちら。