63歳で会社役員を辞任して旅に特化した書店「街々書林」を吉祥寺でオープンした小柳淳さん。在職中から漠然と書店に興味を持っており、全国の書店を巡ったり、棚貸し書店で「ひと箱店主」をして、オーナーから書店開業のノウハウを学びました。またもともと旅が好きで、旅行作家としても活動していたことが、大好きな旅と書店を掛け合わせたお店の誕生につながりました。開業からまもなく3年。今はお客さまと旅と本について会話する時間が何よりも楽しいという小柳さん。開業までのライフシフトの過程をうかがいました。

PROFILE

小柳淳さん(NO.135)

■1958年東京都生まれ。東京都立大学卒業後、小田急電鉄入社。旅客営業部長、執行役員CSR・広報部長、小田急トラベル社長、小田急電鉄取締役、ホテル小田急サザンタワー社長などを歴任。旅が好きで海外渡航120回以上。在職中から旅をテーマにした旅行作家としても活躍している。日本旅行作家協会会員。退任1年後の2023年に旅に特化した書店「街々書林」を吉祥寺でオープン。自ら選書した約2000冊の本や選りすぐりの雑貨が並ぶ。最新著書『旅のことばを読む』(書肆梓)。

■家族:妻

■座右の銘: なし

街々書林

鉄道会社で働きながら、旅行作家としても活動

私は大学卒業後、小田急電鉄に就職しました。当時はまだ70年安保のムードを多少引きずっていた時代です。インフラ企業なら世の中がどう変わっても社会貢献ができるだろうという思いで鉄道会社を選びました。ビジネスの面白さを知ったのは、入社から7年目、宣伝企画課に配属されたときです。初めてマーケティングに出会い、商品・サービスに関するいろいろな企画が楽しくなりました。

40代半ばになった頃、インバウンドの市場開発を企画・提案しました。今では当たり前の言葉ですが、まだ、この言葉を知っている人は非常に少なかった時代です。私は香港が大好きで、たびたび香港へ旅をしていたのですが、それまでの東京~香港路線は、日本人が使いやすい航空ダイヤばかりでした。でも機内で香港から東京に来る人が増えていることを肌身で感じていて、インバウンド向けのビジネスがひらめいたのです。1999年、新宿駅に日本初の鉄道企業による外国人専門カウンターを作りました。社内ベンチャー的な取り組みです。ちょうど運輸省(当時)が「ウェルカムプラン」という訪日客誘致計画を出していたので、その資料を社内に配り社内を説得して実現しました。するとこのカウンターが意外に良い伸びを見せ、成功したのです。このカウンターは25年が経った今も続いており、賑わっています。

残業も多かったのですが、休むことにストレスが少ない職場で、旅行にはよく行きました。これまでの累計126回の海外旅行のうち香港へは80回旅しました。香港は混沌としていて、パワフルで、私みたいにごちゃごちゃしてる人間には合うんです。その香港について5、60ページくらいの冊子を趣味で作り、友達に配っていました。それがある出版社の編集者の目に留まったのが、香港についての本を書くことになったきっかけです。会社員をしながら旅行作家の肩書も持ち、これまで9冊の本を出しています。

たまたま旅した香港で逞しくパワフルな街に惹かれる。仕事や生き方に強く影響を受け、何回も渡航。

何をするのか決めないまま63歳で早やめに退任

会社では人事部、宣伝、広報、クレジットカード部門、鉄道の企画部門、そして最後はホテル会社の役員として働きました。私は与えられた場所での仕事は一生懸命やる方でした。新しい部門に行くたびに、ルールを学び直し、アジャストしてきましたが、年齢とともに「早めに辞めて次のことをやろう」と考えるようになりました。サラリーマンとして会社の決定に従ってきた私は「辞め時は自分で決めたい」「もう誰かが決めた仕組みでの中で生きたくない」という思いがあったのです。

ただ、次に何をするのかはっきりと決めていたわけではありません。そのため60歳になったとき「これ30」というノートを作って、これからの30年を考えることにしました。じつは会社で「これ20」というプロジェクトがありました。20年後という長い視点で会社のあり方を考えようという取り組みです。人生100年時代なら、60歳を過ぎてもあと30年生きる可能性があります。じゃあ30年後を見据えて今を考えようと「これ20」をヒントにしたのです。生活面では年金で生きていけたとしても、毎日何もしなければ私はきっとだらしなくなります。はっと気がつくと「粗大ごみ」になってしまうのは避けたかった。旅が好きでも、旅は非日常なので、毎月旅をしていたら楽しくなくなってしまうでしょう。じゃあ日常で何をするのか。その時に出てきたのが書店でした。

もう15冊にもなる「これ30」のノート。日々の学びを記録し続けている。

学生時代は読書家というほどではなかったのですが、会社に入ってから通勤電車の中で毎日本を読むようになりました。50代半ばくらいから書店に興味を持ち、ノートに全国の個性的な書店をリストアップして、旅行がてら訪ねていました。長野、京都、奈良、金沢と、妻と一緒に行くこともあれば、一人で行くこともありました。2020年には、棚貸し書店を営む「BOOKSHOP TRAVELLER」の和氣正幸さんのところで「ひと箱店主」を経験させてもらいました。このとき和氣さんを質問攻めにして書店開業のノウハウを教わりました。本の流通の仕組み、取次との付き合い方など、包み隠さず何でも教えてくれ、彼がいなかったら、開業できなかったと思います。でも書店業界が儲からないこともわかっていましたし、本当に書店をするどうかかは決めていませんでした。

「BOOKSHOP TRAVELLER」に出店した初日の棚。

何をするか決めないまま62歳で上司に退任の意志を伝えたのですが、コロナ禍となり、会社が大きな影響を受けてしまいました。「敵前逃亡」という訳にはゆきませんので、「辞めるのやめます」と撤回し、コロナが落ち着いた2022年、63歳で退職しました。

会社員最後の5年間のホテル勤務は、前半の絶好調とコロナ禍に遭った後半のつるべ落としのような状況の天国と地獄を味わう。

物件と運命の出会いがあり3か月で開業へ

ちょうど退職後のタイミングで『旅のことばを読む』というエッセイを刊行し、しばらくはその最終推敲やPRなどで忙しく過ごしていました。しかし、あるとき吉祥寺で「FOR RENT」の看板を見つけ、「ここに書店を開こう」とピンときたのです。1時間後には不動産屋さんに行って、物件を借りる契約を進めていました。

そこから開業までの3か月は、とてつもない作業でした。取次とどう契約するか、什器備品をどうするか、内装デザインをどうするか。全部同時並行に行わなければなりません。一番大きなハードルは、取次との契約でした。大手取次と直接取引できれば、仕入れの自由度が高くなりますが、新しい小さい書店にはハードルが高いのです。かなり努力して取次との契約ができました。おかげさまで雑誌や地方の出版社の本も取り寄せられるという環境を作ることができました。

お店の内装は建築家の岡部憲明さんにお願いしました。関西空港のターミナルビルを設計したビッグネームですが、前職時代にお付き合いがあったのです。天井と壁が直角に当たっておらず、間接照明を導入するなど、素晴らしい仕上がりになりました。

店の奥の部分は貸ギャラリーとしています。理由の一つは収益源になることでしたが、これが大成功でした。ギャラリーを見に来たお客さまがついでに本を買ってくださることもあれば、その逆もあります。もう一つの理由は、この空間を全部本で埋めると、全体の品質が下がるからでした。選書はすごく大変なので、全部埋めようとすると、どうしてもゆるい本も混ざってしまいます。それはお客さまに失礼だと思いました。

日本の多くの書店と違い、当店は100%私が本を選んでいます。そのためよく4割程度といわれる返本率はずっと低くてゼロに近い水準です。出版社の出版目録を見たり、商談会に行ったりして、いいと思った本を仕入れます。吉祥寺は目が肥えているお客さまが多いので、いい本ならどんなにマイナーなものでも買ってくれます。そのため選書は当店の肝なのです。

吉祥寺駅北口から歩いて8分、中道通りに面した書店。

自ら選書した2000冊の旅の本を揃える

当店は旅の書店ですが、ガイドブックはかなり少なめです。「旅先への興味と敬意」をコンセプトとして選書しています。歴史の本が多いのは、土地の歴史を知らないと旅が深まらないからです。言語の本もありますし、辞書も置いています。神話、宗教、民俗、国境・境界、地理、地形、交通、食文化といったテーマの本があります。今、在庫は2000冊ぐらい、タイトル数では1700冊ぐらいでしょうか。

選書は今でも勉強の連続です。在庫が増えているのは、売れるのと同じペースで仕入れているから。商売としては下手ですよね(笑)。でも、この本も欲しい、あの本も置きたいと思ってしまうのです。

旅に関する雑貨も置いています。じつは私は“文具フェチ”で、たくさんの文具をこれまで見てきたので目利きを自負しています。他の書店にある雑貨コーナーとはちょっと違う、特徴ある雑貨を揃えることができました。

知らないお客さまとの会話は旅と似ている

仕事をしていて一番楽しいのは、お客さまとの会話です。「明日パリに行くんだけど」「子どもの留学先に行こうと思って」といったお客さまとおしゃべりしながら、本探しをお手伝いします。旅先の写真を持ってきてくれる方や「新婚旅行で薦めてくれた街に行ったら良かったわ」と話してくれる方もいます。私が薦めた本を読んでくださり、「この作家が好きなら、これもいいよ」と教えてくれるお客さまもいらっしゃいます。知らない人と話すことはすごく面白いんです。まさに旅と同じです。

経営のほうは正直に言いますとまだ赤字です。当店のコスト構造を見ると、賃料が70〜75%を占めています。さらにバス代(私の往復の交通費)が5〜10%、光熱費もかかります。つまりコントロールできない費用が圧倒的に多いんです。ですから黒字にするには、売上を上げるしか答えがありません。選書を充実させて、「ここはいいね」と言ってくれる方を増やす。道のりは長いです。

働き方は週休2日を確保していますが、休みの日に用事をボンボン入れるので、自由時間はそんなにありません。夜も事務作業や選書の勉強をするので、ワンオペは大変です。それでもときには臨時休業をして旅には行っています。海外の時は1週間くらい休みます。「休んでいたらやっていけない」と言う人もいますが、旅を諦めてまでお店をやる意味はありません。お店を開くときに妻と約束したのは、「大赤字はダメ」「私をシフトに入れる前提はダメ」という2つで、これは守っています。

毎日お店に立つための健康対策はとくにありません。ストレッチもラジオ体操も、やったりやめたりで長続きしません。でも幸いなことに、書店を始めてからの2年9ヶ月、一度も風邪を引いていません。ホテル勤務時代に徹底的に実施した手洗いうがいの習慣が役立っているのでしょう。

蓄積を作っておけば、弾みがきたときに一歩踏み出せる

定年後、元の会社の肩書きで名刺を配っている人がいますが、私はそういうことは好みではありません。会社の中で立派だったかもしれないけど、辞めたらそれを引きずる必要はないと思います。過去にもたれかかる生き方は美しくないと思います。だから私も過去の肩書については極力語らないようにしています。

「定年後、何をやればいいかわからない」という人もいらっしゃるでしょう。そんな人は無理に何かやろうとしないで、再雇用で穏やかな人生を送る方がいいと思います。それは悪いことでも何でもありません。宇宙から見れば私たちの一生なんて一瞬です。人に迷惑をかけずに、普通に生きていればそれで十分ではないでしょうか。世間が描く「正しい老後」に合わせる必要もないと感じます。地域活動に参加すべきだという「べき論」もやめた方がいいと思います。

でもやりたいことがあるなら、動くしかないでしょう。そのためにはネットで調べるだけではなく、実際に人に会って、教わって、やってみることです。私もブックショップトラベラーの和氣さんのところで「ひと箱店主」をやらせてもらったことが今につながっています。「リスキリングが流行っているから」学ぶのではなく、自分がやりたいことがあるから自ずと学ぶ。その順番が大事です。人に会って、動いて、蓄積を作っておけば、いつか「弾み」が来た時に、必ず動けます。私自身を振り返れば、旅行作家を始めたこと、「ひと箱店主」をやったこと、吉祥寺で物件に出会ったことが人生を動かす大きな「弾み」になって、ここまで来ました。

知らない人と話す楽しさ、旅の楽しさ、本の楽しさ。この3つが重なる場所、それがこの書店です。お客さまが旅の報告をしてくれたり、本の感想を聞かせてくれたり。そういう日常が、とても豊かだと感じています。弾みで書店を始めたので、何歳まで続けるか計画はありません。でも3年で辞めるのはもったいないので、5年が最低ラインでしょうか。できれば10年は続けたい、体が持てばもっとでもいい。そんなふうに考えています。

(取材・文/垣内栄)

 

*ライフシフト・ジャパンは、数多くのライフシフターのインタビューを通じて紡ぎだした「ライフシフトの法則」をフレームワークとして、一人ひとりが「100年ライフ」をポジティブに捉え、自分らしさを生かし、ワクワク楽しく生きていくためのワークショップ「LIFE SHIFT JOURNEY」(ライフシフト・ジャーニー)を個人の方及び企業研修として提供しています。詳細はこちらをご覧ください。

\ 最新情報をメールでお届けします!/