ライフシフト・ジャパンは、7 月1日(月)に東京大手町にて「カイシャの未来研究会2025」拡大フォーラムを開催しました。「個人が自らの人生の主人公となり、『100年ライフ』を楽しむためには、その過半を過ごすカイシャが変わらなければならない」という問題意識のもと、昨年末から活動を続けてきた「カイシャの未来研究会2025」の成果をお披露目する場です。用意した150の席はほぼ満員、会場は熱気に包まれていました。

会社はカッパである

当該研究会の主査であり、ライフシフト・ジャパンの代表取締役CEOを務める大野誠一がマイクを握った。「研究会はこれまではクローズドの形で、この半年間で5回開催され、毎回、それぞれ濃密な議論が行われてきました。そこでの成果をもとに、これからはオープンな形で議論を続けていきたい。このフォーラムはそのためのキックオフという位置付けです」と、趣旨を説明する。

続いて、研究会のコアメンバーが紹介され、順番にスクリーンの前に用意された椅子に座った。
カゴメの有沢正人氏(常務執行役員 CHO最高人事責任者)、サイバーエージェントの曽山哲人氏 (取締役 人事統括)、サイボウズの中根弓佳氏( 執行役員 事業支援本部長)、ヒューマンリンクの和光貴俊氏 (代表取締役社長)、リクルートキャリアの藤井薫氏 (HR統括編集長)、法政大学キャリアデザイン学部教授の田中研之輔氏、ETIC.(エティック)代表理事の宮城治男氏、ライフシフト・ジャパン取締役の豊田義博の8名だが、さらにサプライズゲストとして、ライフシフト・ジャパンの顧問であるサイボウズ社長の青野慶久氏が加わった。「青野さんは仕事以上に育児にもお忙しく、本日は7時過ぎまでしかこの場にいられません」という大野の紹介に会場が沸いた。

今回やむなく欠席となったのが、ユニリーバ・ジャパンの島田由香氏 (取締役 人事総務本部長)と、明治大学大学院教授の野田稔氏である。

大野が話す。「個人の働く期間が会社の寿命より長くなる時代を踏まえ、働く場としての会社のあり方も変わらざるを得ません。2025というのは西暦2025年に向けて、という意味です。7年後の2025年は実は昭和100年にもあたります」

その大野が、研究会発足にあたり、大きな影響を受けた本があるという。サイボウズ社長の青野氏が著した『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない。』(PHP研究所)である。「上場企業のトップが書いたとは思えない過激な内容でしたが、賛同できるものばかりでした」と大野が述べ、青野氏に発言を促した。「最近、講演会などで、会社はカッパだという説を唱えているとお聞きしています。その話をぜひ伺いたい」。

それを受けた青野氏が「会社とは登記上の法人であって、実態は存在しません。そういう意味では、想像上の動物であるカッパと同じです。『会社のために働く』という人は『カッパのために働く』と言っているのと同じことでどこかおかしい。サイボウズはいい会社だとうちの若手が言いますが、僕はまったく嬉しくない。サイボウズというカッパではなく、僕という実態のある個人を褒めてほしい」と言うと、会場は爆笑につつまれた。

大野がスライドを使いながら説明する。
令和に入り、終身雇用を否定する発言が2人の大企業トップから発せられたことから始まり、そもそも一人の人間を「雇って用いる」という「雇用」という言葉に違和感があること、同じような意味で、「使用者」「採用」「人材」「管理職」といった、上下関係丸出しの違和感のある言葉が人事方面にはたくさん存在することに言及し、「定年」「老後」「余生」などを含めて、「こんな言葉は。もう使うのを止めませんか」と呼びかけた。

会社という言葉はどうか。「会社とはもともと福沢諭吉が作った言葉です。同じ想いを持った個人が何事かを成し遂げるために結成した組織を称してそう言います。日本の現在の会社はそうなっているでしょうか。『共通の想いを抱いてつながった関係』、この再興が肝になるのではないか、というのがわれわれの研究会が考える方向性です」

会社の変革は途上にある?

ここから、大野が各メンバーを指名し、研究会での議論を踏まえてコメントを求めた。トップバッター、カゴメの有沢氏は、創業120年という伝統企業が副業解禁、長期の在宅勤務の許可、テレワーク全面推進と、働き方改革に乗り出していることを紹介するとともに、業務委託者の活用を大規模に進めていく構想の一端を紹介した。「終身雇用ははっきり言って邪魔です。副業・本業という概念もなくしたい」

続いて、サイバーエージェントの曽山氏は小集団経営について説明した。「フリーランス含め1万人の会社を約100の子会社に分割して経営し、その子会社の経営陣には、社歴関係ない実力者をあて、新人でもトップが張れるようになっています。それによって、社内が活性化し、退職率も大きく下がりました」

ヒューマンリンクの和光氏は先のカッパの話につなげて、「柳田国男の『遠野物語』にはカッパの話がよく出てきます。カッパに『尻子玉』を抜かれた村人は、腑抜けになって、日がな一日、ぼーっとしている。そんな感じの人は、昔の東北だけでなく、今の日本の大企業にも少なからずいます。滅私奉公のつもりで会社人間になり切り、自分が本当は何をやりたいのか、キャリア意識が朦朧としてしまったのです」という話を披露した。

転職マーケットの変化について言及したのが、リクルートキャリアの藤井氏だ。「企業の規模や報酬といった外的基準ではなく、自分がワクワク働けるか、成長できるか、という内的基準を重視する人が増えています。転職35歳限界説も、同業種同職種にしか移れないという説も、もはや崩れ去りました。転職によって、自分自身も把握できていない『多様な自分』を確かめたい、という欲求が高まっています」というのがその見立てだ。

続いて、法政大学の田中氏が新卒採用について言及する。「会社に入ったら、やりがいを感じる仕事に打ち込む。これが新卒採用が目指すべき理想だと思いますが、今の新卒一括採用ではなかなか難しい。通年採用に取り組む企業も増えていますが、全体としては他社の様子を伺っている状態。一括採用から通年採用への転換に、ブレーキがかかっているようです」。

エティックの宮城氏にマイクが渡る。「私は自分自身を教育者だと考えています。エティックでは、若者たちに自分が大切にしたいことのために起業する、新たな仕事を創っていく、そんな生き方があることを伝えてきました。NPOを立ち上げるなど、社会を変えることを仕事にしていく選択肢は、われわれの活動が軌道にのり始めた2000年頃までは日本に存在しませんでした。会社はカッパだという青野さんの意見に従うとすると、では学校は何なのか、カッパのための学校なのか、という議論もしないといけない」

ここで7時を回っており、特別ゲストの青野氏が退出せざる得ない時間となった。マイクを握った青野氏は会場に呼びかけた。「うちの会社も最近、変わってきたなあと実感している人は挙手してほしい」と。まばらにしか手が挙がらない。青野氏が「まだ少数派のようですね。マーケティングでいうキャズム(溝)に陥っているのかもしれません」とまとめた上で、「選択肢は二つあります。現状を変えようと頑張り続けるか、しょせん変わらないと諦めて転職するか。皆さんにはぜひ後者を選ぶ勇気を持ってほしい。人手不足が深刻な今、同僚も一緒に辞めますと言おうものなら、経営者は絶対に折れるでしょう」と檄を飛ばした。

各自のコメントが一巡したところで、大野がまとめる。「研究会での議論はまったくスムーズというわけでもありませんでした。事務局のまとめに対して、『ワクワクしない』『これを全部人事がやらないといけないと考えると気が萎える』といった感想も出ました。強い個人が前提の、欧米スタイルへの移行を強調しすぎたきらいがあったのです」

「日本発」のライフシフト社会を目指して

再び大野が、先ほどと同じ順番で各メンバーに発言を求める。
カゴメの有沢氏はキャリアを考えることの大切さを述べた。「キャリア開発は人事の責任である。われわれは社内でそう言い切り、キャリアコンサルタントの資格を持つ人事部員を拡充しました」

サイバーエージェントの曽山氏からは「実力型終身雇用」という耳慣れない言葉が飛び出した。「日本企業の強みはやはり雇用が安定していること。それは手放すべきではありません。でもそればかりだと企業は停滞し、完全な年功序列になってしまうので、そこに実力主義を入れる。それが、私たちが標榜している実力型終身雇用です」

続いてサイボウズの中根氏が発言する。同社は社員が100人いれば100通りの人事制度を運用していることで知られる。「週2日しか働かなかったり、副業にいそしんだり、本当に多様な社員がいます。そういうユニークな機会や時間的な余裕、働く仲間、多様な経験といった“非金銭的報酬”も保証しているので、多様化せざるを得ないのです。今は転勤手当や転居のための一律の交通費支給を廃止したらどうか、ということを議論しています。うちでは意に沿わない転勤はないので、一律の手当はおかしい。金銭的報酬も非金銭的報酬もすべて含めて転勤は決定する、という考え方です」

その報酬の話を受けてヒューマンリンクの和光氏はこんな例を紹介した。「何を報酬とするか、という意味では、リトアニアのIT企業が面白い試みをやっています。エンジニアを確実に採用するために、eラーニングのプログラムを作り、大学と組んで、学生たちにそれを複数コース提供します。コースを一つ完了する都度、学生にはその企業が発行する仮想通貨が提供されます。その通貨はその企業の社員食堂などでの利用が可能になっています。すべてのプログラムを受講し終わると、入社パスがもらえます。日本企業にも参考になるのではないかと」

リクルートキャリアの藤井氏はこう話した。「機会という言葉があります。機は訓読みすると、『はず』と読めます。つまり、はずみ(その場のなりゆき)と出会いの大切さを表わす言葉だといえます。会社も同じで、誰かと誰かがはずみで出会わなければ、新しいアイデアが形になることもない。偶然の出会いを大切にしていかなければならない」

法政大学の田中氏は「最初に入った会社で職業生活をまっとうする。今の学生はそんなことはまったく考えていません」と、昨今の学生気質について語る。「給料が高いか、社会的に知名度があるか、そんなことよりも、この会社は自分の可能性をどう伸ばしてくれるかを見ているんです」

エティックの宮城氏は研究会の資料にあった「日本発のライフシフト社会」という言葉にこだわった。「あえて日本発と打ち出す意味は何か。そこが面白いと思いました。今回の試みも日本発の新しい会社の姿というところに意味があります。そもそも、日本は長寿企業が多い国です。それは、儲け一辺倒ではなく、社会的な価値の充足に軸足を置いてきた企業が多いからだと思います。その基本は押さえておきたい」

会社を「出会いの社(やしろ)」にしよう

ここで、大野がマイクを握る。
ライフシフト・ジャパンでは、ライフシフト自体を「旅」にたとえて、①(旅立ちに向けて)心が騒ぐ、②旅に出る、③自分と出会う、④新たなことを学びつくす、⑤(自らの人生の)主人公になる、という5ステージを経る、と説明する。

さらに、この5ステージの話をライフシフトのための第一の法則とし、「旅の仲間と交わる」が第二、「自分の価値軸(想い)に気づく」が第三、「『変身資産』(絶えざる変化を受け入れ、成長し続けるための考え方や行動特性)を生かす」を第四の法則としている。

このライフシフトの考え方に依拠し、「カイシャの未来研究会2025」の提言を大野はこのように説明した。「会社とは、自分の想いに気づく場所、旅の仲間に出会う場所、変身資産を高める場所、人生の主人公になれる場所であって欲しい。会社とはその字の通り、人が人と出会う社(やしろ)であって欲しいと思います。このキャッチコピーは、漢字に造詣が深く漢字博士を自称するリクルートキャリアの藤井さんのアイデアです」

聴衆には、あらかじめ、「想い」「旅の仲間」「変身資産」「人生の主人公」という4領域に関して、「会社を出会いの社」とするための、18の提言が描かれた資料が配布されていた。その中身を、研究会のとりまとめ役であるライフシフト・ジャパン取締役の豊田が「これまでの議論でも出てきたことですが……」と、足早に説明する。

たとえば、「一人ひとりが『想い』に気付ける機会を創ろう」「人と会社は『想い』でつながろう」(以上、「想い」領域)、「日本の会社が持っていた共同体を取り戻そう」「『複業』を奨励しよう」(以上、「旅の仲間」領域)、「人が自分と向き合える機会を生み出そう」「一人ひとりを信頼して、託そう、任せよう」(以上、「変身資産」領域)、「人が『シフト』しやすくなる仕組みを創ろう」「会社は『去りし人』ともつながろう」(以上、「主人公」領域)といった具合だ。


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豊田が最後に強調する。「生え抜きの正社員が会社を辞めると、裏切り者と見なされ、二度と敷居をまたがせないという態度を取る会社が以前は多かったものですが、これからは、アルムナイ(OB・OG)ネットワークはますます重要になるでしょう」

今後はオープンな場に議論を移す

所定の時間が迫って来た。コアメンバーに、今後どのような議論や活動をしていきたいか、を述べてもらう三巡目の発言が始まった。

「各自が各自の想いをどう育むか、変身資産をいかに豊かに備えられるか、この二つは人事にとっても非常に重要なテーマです。経営とも話し合いながら、特にこの二つに取り組んでいきたい」と、カゴメの有沢氏が口火を切ると、「各自の才能をいかに開花させるか。タレント・キャピタル(資産)という考え方を社内で進めており、今日の議論との接点を探っていきたい」と曽山氏が続く。

「会社の変革を本気で進めていくと、税金や社会保険といった社会の仕組みとバッティングするところが出てくるでしょう。われわれの想いに共感し、一緒に取り組んでくれる仲間を数多く集めたい」と話したのが中根氏だ。

和光氏は「新しい報酬体系に興味があります」という。労働の対価はお金だけではない訳だし、更に言えば、モノとモノ、あるいはモノとサービスの交換という新しい互酬のあり方の議論につなげていきたい、というのだ。「連や講といった日本の伝統的なコミュニティのあり方を、今後の組織変革にどう生かせるのかも探っていきたい」

藤井氏は能の始祖、世阿弥の「初心忘れるべからず」を引く。「安易なほうに流れ、惰性に向かってしまう心を、いくつになっても断ち切っていかなければならない、というのが本来の意味です。『初』は衣編に刀と書きます。惰性の衣を刀で切っていく、ということなのです。これは個人にも企業にもあてはまります。惰性を断ち切る方策を考えていきたい」

法政大学の田中氏はこう話した。「今の若い人たちは、上の世代とはまったく違った志向の企業を創ろうとしており、そういう企業が現に私の周りで続々と生まれています。それに対して、一線を退いたものの、まだまだ元気な65歳以上のシニアが協働し知恵を授けてくれるような仕組みができないものか。そこを議論し、仕組みを考えていきたい」

宮城氏はあくまで言葉にこだわる。「先ほど大野さんが話した雇用や使用者、採用といった不愉快な言葉があります。ほとんどが英語などからの直訳で作られたものです。これらを、大和言葉など、もっと自然な日本語に翻訳し直してみたい。言葉は物事の原点であり、物事を変えるには言葉を変える必要があると思います」

豊田は聴衆をより意識した形で話す。「先ほど紹介した18の提言は特別なものではなく、皆さんの会社で既に実践されているものも多いはずでず。冒頭に大野が話したように、この研究会は本日からオープンなものとし、仲間を増やして取り組んでいくことにしました。皆さんも今後はオーディエンスではなく、会社を変える試みにコミットするメンバーとして、ぜひ参加していただきたい」

最後、今後の研究会の活動はFacebook「ライフシフト研究所」でのディスカッションやオープンなフォーラムなどを通じて積極的に展開していくことを大野が述べ、午後8時過ぎ、フォーラムの議論の部が終了する。その後は会場横のスペースで、参加者と登壇者が入り交じり、ネットワーキングの時間が続いた。

提言内容はこちら[PDF]

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