7月24 日(金)20時~、LIFE SHIFT LIVE「事業承継でかなえる起業・地方移住」を開催しました。ゲストは、34歳のときに長野・渋温泉の老舗旅館を300万円台で落札し、証券トレーダーから旅館経営者に転身した石坂大輔さん(39歳)と、「独立した働き方」を研究する独立ワークスラボ所長の菊池保人さんです。当日は、地方移住や地方起業、事業承継に関心のある20代~60代のさまざまな立場の方20名にご参加いただき、充実した学びの時間となりました。以下、その概要をレポートします。

1.オープニングトーク(20:00~20:10)/人生100年時代を楽しむ『ライフシフトの法則」

まず大野誠一(ライフシフト・ジャパン代表取締役CEO)が人生100年時代を楽しむ『ライフシフトの4つの法則』を紹介しました。

2.ゲストトーク(20:10~21:00)

続いてゲストお二人をお招きし、河野純子(ライフシフト・ジャパン執行役員CMO)が聞き手となって、事前に参加者からいただいた質問にお答えいただくかたちで進行しました。

石坂大輔さん(小石屋旅館オーナー)。旅館フロント裏の事務室からの中継。

菊池保人さん(独立ワークスラボ所長)。
「アントレ」編集長を経て現職。

聞き手:河野純子 ライフシフト・ジャパン執行役員CMO

◎石坂さんが小石屋旅館のオーナーになるまでのプロセス

河野 石坂さんは、学生時代から「いつかは宿屋の親父になりたい」と思っていたそうですよね。その「想いの源泉」はどんなことだったのでしょうか。

石坂 学生時代からバックパッカーで世界を旅していて、いろんな宿に泊まってきました。設備が整った高い宿もあれば、虫はいるは、シャワーは出ないはみたいな、1泊1000円のぼろぼろのゲストハウスもあって。でも思い出に残っているのは、そんな安宿だったんです。何が違うのかと考えてみると、ハードではなくソフト、いわゆる「おもてなし」がその宿の評価を決めていることに気づきました。ソフトで人の評価を変えられるって、これは面白いビジネスだなと思ったんですね。だってお金がかからないですから(笑)。

河野 ただ就職のときは氷河期で、旅行業界は給与も安いしということで、証券業界に進みます。そして30歳のときにより深く金融ビジネスを学びたいとモナコの大学院に留学され、そこでのインターンシップで星野リゾートに入社したことが転機となりました。

石坂 そうですね。もともとヨーロッパの景気がよければ日本でインターンシップをすることもなかったし、星野リゾートでの配属も面接では沖縄か島根かという話だったので、最終的に長野県大町市に配属にならなければ、いまの自分はなかったので面白いものですね。とにかくそれまで長野とはまったく縁がなく、通勤と言えば満員電車だったので、北アルプスを見ながらの通勤は衝撃的でした。こんな生き方があったんだと。

河野 とはいえ、その後結婚をして、お子さんも生まれることになり、やっぱりもっとお金が必要だなと考えて、再び東京で証券トレーダーに復帰されます。そしてトレーダーの仕事の傍ら、裁判所の競売物件のサイトを見ていて、小石屋旅館と出会ったんですよね。

石坂 もともと競売物件を見るのが趣味で、いつか宿屋をやりたいという想いもあったので、いい物件が出ていないか見ていました。そこで小石屋旅館を見つけたときには、運命を感じましたね。星野リゾート時代に、渋温泉はインバウンドに人気のエリアであることを聞いていたので、これはいけると即見に行きました。

河野 今は日本中の競売物件をインターネットで見ることができるそうですね。でも素人が手を出すのは難しいのではないでしょうか。

石坂 BITというサイトですね。ずっと見ていると相場観がわかってきますよ。

河野 さて運命を感じた小石屋旅館。でもお金のために証券トレーダーに戻ってきたのに、よく決断できましたよね。不安や家族の反対はなかったのでしょうか。

石坂 もともと宿屋の親父になりたいという想いがずっとあったので、「いまがタイミングだ」と思ったんですね。妻には事後報告です。昔からなんでもそうなんで、あきらめているというか、お金さえちゃんと入れてくれればいいよという感じでした(笑)。

河野 そうなんですね。でも物件は300万円台と安く買えましたが、2000万円かけてリノベーションをされていますね。これはどういうコンセプトで行ったんでしょうか。

石坂 インバウンドの方が泊まりやすい宿にしようと、何を求めているのか、何を不便に思うのか、これまでの自分自身の経験も活かして徹底的に考えました。その結果、土足で入れるようにしたり、ホテルのように布団を自分で敷いてもらうようにしたり。2000万円の予算ではできることは限られているのでハードは最低限の改修でしたが、あとはソフトを充実させて満足してもらえるようにしました。

河野 この資金は日本政策金融公庫から借りたそうですね。スムーズに借りられたのでしょうか。

石坂 最初は東京にある「銀座NAGANO」という長野県のアンテナショップ兼交流スペースでやっていた起業相談会に行ったんですね。そこに長野県の商工会の人がいて、そこから山ノ内町の商工会を紹介してもらって、その方が政策金融公庫に一緒に行って書類作成もサポートしてくれて、というような流れでしたね。

河野 1つの行動が次々とつながって、人脈が広がっていったんですね。それでも実際に収益があがってくるまでには時間がかかったと思いますが、その間の生活費はどうされたんでしょうか。

石坂 多少のたくわえと、実は証券会社時代に八丈島のペンションを競売で買っていて、その家賃収入もあったんです。なので無収入になることはありませんでした。

河野 副業が助けてくれたのですね。さて、菊池さん、ここまでの話をお聞きいただいて、石坂さんの起業プロセスにはどんな特徴があるといえますか?

菊池 まず「宿屋の親父にはりたい」という想いの強さと、ハードではなくソフトで勝負するためのトレーニングをずっと積んできたことが成功の要因ですね。何をなぜやるのかが明確で、いつどうやるかを狙いすまして実行したところが素晴らしいですね。

河野 起業には「これをやりたい」という想いが大切で、石坂さんはそれが明確でしたね。今日参加している方の中には、いつか起業したいけれど、何をしたらいいのかわからないという方も多いようです。起業テーマの見つけ方に関して、何かアドバイスはありますか?

菊池 自分の根っこを掘っていくことが大事ですね。子どものころまでさかのぼって、こんなことが好きだったとか、今の自分の価値観につながっている原体験を書き出してみるとか。そしてぼんやりとでも何か気づいたことがあれば、ちょっと副業にチャレンジして試してみるのもよいと思います。

◎地方で起業するメリットと難しさ

河野 続いて地方で起業するメリットと難しさについて伺っていきます。石坂さんは地方で起業するメリットをどのように感じていますか?

石坂 一番は競合が少ないということですね。この先、インバウンドがくるとわかっていても、地方の人はスピーディに対応できません。急に英語ができるようになるわけではないし、外国人の文化もわからない。対応に時間がかかります。その点、自分はスピーディにでき、うまく顧客をつかまえられたと思います。僕が旅館をはじめた2015年は、ゲストハウスブームで、東京や京都などの都会ではものすごい数のゲストハウスができました。そうなるとお金をもっている方が強いんですよ。地方はそんなことなはない。都会では当たり前でも地方では新しいんです。そのメリットは大きいですよね。

河野 一方で地方の難しさは閉鎖的な人間関係といわれます。石坂さんも苦労されましたか?

石坂 そうですね。もともと競売物件情報にも「温泉権はやらん、組合にも入れない」とはっきり書いてあったんですね。つまり買ってもいいけど仲間に入れないよと。だからインバウンドに人気のエリアで良い物件だったのに誰も買わなかったんです。でも自分はなんとかなるんじゃないかと思いました。相手は動物ではなく(笑)、日本語が通じる日本人なんだし、最悪、温泉なしでもやっていけるだろうと。それでまずは半年かけて渋温泉の旅館を泊まりまくって、帰るとときに「実は・・・」と挨拶しました。それが良かったかなと思います。田舎あるあるなんですが、そうやってちゃんと挨拶すると一人一人は「この地域にも若い人の力が必要だ。頑張れ」と言ってくれる。ところが組合の総会など組織になると急にブレーキがかかる。ただそれは前例がないだけなんで、時間をかければ解決できると感じました。実際に、その後いろいろな人が助けてくれて、組合にも入れましたしね。

河野 地元のみなさんが困っていることを率先して解決していったことも、受け入れてもらえた要因ではないかと思います。

石坂 地元のみなさんは江戸時代からの知り合いなんで、お互いに弱みは見せないんですが、部外者には気軽に悩みを教えてくれるんですね。茶飲み話の中で、外国人の対応に困っているとか、手書きの宿帳をシステム化できないかとか。ああ、これは自分が役立てるなと思ってサービスを開発して提供しました。感謝されましたね。これも田舎ならではですが、どこかが導入してくれると、うちもやってくれとすぐに広がりました。

河野 小石屋旅館の元の持ち主との関係性はどうだったのでしょうか。

石坂 小石屋旅館は私が落札した1年前に廃業していたので、引き継いだのは建物と名前です。築80年以上の建物なので、構造をよく知っているおかみさんには連絡して、力を借りました。おかみさんも建物を活かしてくれるならありがたいと協力してくれました。名前は外国人向けなので、最初は横文字にしたほうがよいかと思ったのですが、地元のみんなが「小石屋さんはよい旅館だった」とおっしゃるので残しました。それもおかみさんは喜んでくれましたね。いまも何かとお世話になっています。

◎事業承継のメリットと課題

河野 さてここからは地方で起業するひとつの手段としての「事業承継」のメリットと課題について考えていきたいと思います。菊池さん、整理して教えていただけますか?

菊池 はい。こちらがメリットと課題をまとめたものです。

事業承継の一番のメリットは、1からのスタートではないことです。石坂さんの場合も名前と建物が使え、また町の商工会や地域の方の支援が受けられましたね。課題としては、事前情報が少ないことです。石坂さんの場合は、競売物件を手に入れたので場所や条件などの情報が事前にわかりましたが、一般的には情報漏洩リスクを最小化するために、公募時に公開になる情報はごくわずかです。よってなかなか興味がわかないという課題があります。

河野 では案件をどのようにして探していけばいいのでしょうか。

菊池 小規模な事業承継案件が探せるメジャーなマッチングサイトとしては、バトンズトランピがあります。ただし企業名などが公表されていませんので、少しでも興味を持った場合、意思表明してより詳しい情報にアクセスしてみるとよいでしょう。また各県の県庁所在地には「事業引継ぎ支援センター」があります。この地域に移住して起業したいという希望が明確なら、足しげく通って情報が得るとよいですね。

河野 現地に足を運ぶことで、地元に知り合いもできますからね。『アントレ』としても事業承継に力を入れているそうですね。

菊池 はい。事業承継という選択肢をより多くの方に知っていただきたく、石川県七尾市のまちづくりセンターと提携して、企業名、写真などの情報付きで事業承継案件を掲載しています。予想通り反響がとても大きいので、今後も他の自治体とも取り組みを広げていきたいと思っています。

河野 情報の非公開性以外にも、事業を買うことには難しさがあるように思います。一般の会社員でもできるものでしょうか。

菊池 七尾市との取り組みへの反響をみていると、一般の会社員の方がほとんどです。コロナの影響で会社に頼ることに不安を覚えて動き出したというような方です。M&Aの経験がなくとも、自治体の支援も得られますから、誠実に対応していけば大丈夫です。また事業の引継ぎも焦らずに、半年から1年ほど一緒に働いてみることもお勧めしています。週末だけのインターンや、最初は二拠点居住もよいのではないでしょうか。

◎二拠点居住のメリットとデメリット

河野 石坂さんも現在、東京と長野の二拠点居住ですね。

石坂 はい。まあ自分が勝手に渋温泉に旅館を買ってしまったので、無理やり家族で移住というのは難しいですね。妻は東京で仕事をしていますし、6歳、3歳、0歳の子どもたちも都内の小学校、保育園に通っているので。一緒に住みたくなったらきてくれたらいいなという感じです。いまはビデオ通話もできますし、週に1回は東京に帰っています。

河野 石坂さんはあまり気負いがなく、軽やかですね。

石坂 移住というと「その地に骨を埋める覚悟が必要なんじゃないか」と思ったり、地元の人も当然ずっといてくれるだろうと期待しがちですが、自分は自分の好きなところに行ってやりたいことをやっているだけです。長野にもいいところがあるし、東京にもいいところがある。渋温泉は源泉かけ流しだし、フルーツもおいしいし、冬は仕事の合間にスキーに行ける。東京は次々に新しいお店ができて楽しい。両方楽しめればいいなと思っています。

河野 事業に対して失敗したらどうしようといった不安はないですか?

石坂 もし失敗しても、仕事なんてハローワークに行けばいくらでも紹介してもらえます。給与は高くないかもしれませんが、最低賃金は法律で保障されているわけですから、気楽な感じで働いています。こういう考え方はトレーダー経験が影響しているかもしれないですね。トレーダーは数字がその人の人格を決めるような世界で、クビになるとか、会社がなくなるとか、日常茶飯事なんで平気なんです。なんとかなる(笑)。

河野 参加者の中には、石坂さんはまだ30代で若いからできるのでは?と思う方もいるかもしれません。菊池さん、起業に「適齢期」はありますか?

菊池 『アントレ』の会員は28万人ですが、40代・50代が60%で、私はやる気のあるシニアが良い意味で「一番手に負えない」とよく言っています。変化についていこうというシニアはすごい。経験もあるし、人脈もあるし、お金もある。チャレンジし時だと思いますね。

河野 ありがとうございました。時間となりましたので、ゲストトークはここで終了します。

3.懇親会(21:05~22:00)

5分の休憩後には、少人数のグループでの懇親会を行いました。3グループに分かれて、自己紹介、ゲストトークで気づきのシェア、そして情報交換をしていただきました。各グループには石坂さん、菊池さんが10分程度ずつ訪問し、直接の質疑応答もしていただきました。以下、各グループでのディスカッション内容の報告です。

・私たちのグループは、30代、私たち40代後半の夫婦、そして60代と人生のフェーズの異なるメンバーが集まったので、多面的なディスカッションができました。例えば30代の方の「転職を考えている」という話に対し、60代の方から若いんだからぜひチャレンジした方がよいという意見が出て、また私たちからは夫婦の問題なので特に妻の意見を聞くべきといった話をしました。普段はなかなかできない多世代ならではの面白いでディスカッションでした(Uさん)

・私たちは50代3人、20代の大学生1人というグループでした。定年と就職という節目を前に、いまのコロナの状況もあり、先が見通せない中で、どういう働き方、生き方をするのか、それぞれの立場で意見交換ができました。石坂さんの話にも学びつつですが、結論らしいものは出ず、それぞれにもがきながら日々生活していくのだろうという話をしました(Mさん)

・私たちのグループには、「衰退産業でも稼げます」という著書で石坂さんを取材された藻谷ゆかりさんがいらっしゃり、石坂さんのビジネスモデルを補足いただきながらコロナ危機下のインバウンドビジネスについて意見交換をしました。石坂さんにも戦略を伺い、日本人や日本在住の外国人をターゲットとする、秋山郷「雄川閣」というもう1軒の宿を運営するなど、多角的な経営方針を知り、タフな生き方に感銘を受けました(Mさん)

以上のように、それぞれのグループで充実した時間となったようです。石坂さん、菊池さん、そしてご参加くださった皆様、ありがとうございました。

<参加者アンケートより>

・ライフシフトするにあたり、様々な課題があると思うが、実際にライフシフターの方、スタッフや参加者の方の考え方が聞け、非常に貴重な体験でした。今後の自分の行動に必ずプラスになると思えました。

・テーマの設定、ゲストスピーカーの取り組みの面白さ、全体トークのあとに小グループの懇談・意見交換会合のスタイルはとてもいい。

・実体験をお聞きできた事で自分の中でより具体的に行動へ移せるようなビジョンが少し見えました。また、やはり既存のコミュニティの外で繋がることで、自分の知らない情報も教えていただいたので、とてもおすすめできると思う。

・ライフシフトする前提として、個々の人生における固有の思いが重要であることを改めて確認できました(石坂さんの場合、「宿屋の親父になりたい」)。

・起業のしかた、ビジネスの継続を考えた戦略の考え方と実行力が勉強になりました。

・田舎へ新規参入する場合、個々では受け入れ易いが、組合などの組織となると外部者に対してブレーキがかかる場合が多く、足を運んで個々の方とコミュニケーションを取ることで解決していった、という話が汎用性が高い気がして非常に参考になりました。やはり何処に行こうが、人がビジネスをやっている以上、ドブ板営業が本当に大切だと心に残りました。また、世界中の旅館を回ったご感想で、思い出の価値はハードではなく、おもてなしの方が強いというお話もとても参考になりました。

・2拠点生活という働き方もとても参考になりました。

・ゲストの石坂さんの話をバックアップする菊池さんの事業承継の話がもっと聞ければさらによかったなと思います。

アンケートへのご協力、ありがとうございました。今後もLIFE SHIFT LIVEにご期待ください!(今後の開催予定はこちら