PROFILE

町塚俊介さん(No.62)/株式会社ライフノート代表取締役、料理人、シェアハウス経営

■1992年12月、静岡県静岡市生まれ。現在26歳。慶応大学経済学部卒。大学時代に現代版寺子屋「Lifenote」を立ち上げる。新卒でリクルート住まいカンパニーに入社し、兼業で「Lifenote」を続行する。半年後に退社し、北鎌倉の古民家を拠点に株式会社ライフノートを起業。同時にシェアハウスを運営するようになる。パートナーの梨恵子さんとの間に子どもができたのを機に「拡張家族」を暮らしのコンセプトに掲げる。現在は、経営者向けコーチングを主業務とするライフノートと3つのシェアハウスを経営しながら、料理人として修行中。さらに拡張家族が大きく広がる「村づくり」の構想を進める。

■家族:妻、長女(1歳)、6人のシェアハウス住人。
■座右の銘:「人生は全人格を育む道である」「すべての存在はユニークで美しい」
■活動紹介ページ:
https://note.mu/machizuka/n/n1f97fa5c6e64

 

学生時代、地域コミュニティ活動にのめりこむ

北鎌倉駅から徒歩3分、築75年の古民家が、私とパートナーの梨恵子、1歳半になる娘、そしてシェアメイト6人が「拡張家族」として暮らすシェアハウスです。交替で食事をつくり、夕食はみんなで食べます。住人のなかには庭師もいるので、大家さんの許可を得て、住まいのリフォームや庭造りも継続的に行っています。娘の世話や教育は全員が助けてくれています。得意なことを活かしながら助け合って暮らす、それが私たちの選択した、この不確実な時代を生きる戦略です。

不確実な時代を生きる戦略が「拡張家族」。得意を活かしながら助け合って(町塚俊介さん/ライフシフト年齢25歳)

大学は、勉強して入れるいちばん偏差値の高い場所を選びました。その時点では大志とか、生きるビジョンは皆無。しかし、このようにして入った大学という場にはあまり魅力を感じることができず、当時住んでいたシェアハウスの先輩や仲間たちと「地域の課題解決」に取り組むコミュ二ティ活動にのめりこんでいくようになりました。この活動の中で、社会起業家など、多くの魅力的な生き方のコンセプトを持った人々と出会うことができました。そして自分の力を発揮していくためには、自分の気持ちに正直になること、「will」を大切にしていくことが重要だと気づいていきます。

就活を機に、「キャリアや働き方」への関心が高まり、4年生の夏には自分の生き方について見つめ直す現代版寺子屋「Lifenote」を立ち上げました。都心の寺を借りて、ダイバシティや自分らしさということについて、知恵を集めて考える。さまざまな場で活躍する影響力ある方々に直接アプローチして、ロールモデルとして参加していただきました。「それぞれの個人の自分らしさ」について、参加者一人一人が思い込みを外して考えて、ともに成長する機会にできました。

不確実な時代を生きる戦略が「拡張家族」。得意を活かしながら助け合って(町塚俊介さん/ライフシフト年齢25歳)

兼業申請して就職。地域活性を本業に、キャリア支援を副業で

卒業後は「地域活性」に取り組むために、リクルート住まいカンパニーに就職。「Lifenote」の活動を通じたキャリア支援は、兼業申請して続けることにしました。ベンチャービジネスの分野の大先輩からは「今が一番、多くの人が応援してくれる時期だから、新卒で起業すべきだ」という応援の言葉をいただいていました。しかし、学生時代100万円単位のファンディングは経験してきましたが、事業そのものの運営は経験したことはありませんでした。まずは事業作りを経験してみようと考えたのです。

しかし、入社して半年たったある日、起業家向けのイベントに参加して、いろんな方と話し合ううちに「やっぱり、自分はこっちだな」と感じ、退社して起業することを決意しました。

mustよりもwillを優先して、素晴らしい茶室のある古民家で起業

自分の気持ちに正直に、must(しなくてはいけないこと)よりもwill(したいこと)を優先した起業という決断。最初にしたことは、オフィスを探すことでした。北鎌倉については、梨恵子とともに映画「海街diary」を見たときから、私の故郷の静岡に似たところもあるいい町だなと思っていました。また、この町には尊敬する経営者の方も何人か暮らしていました。決め手となったのは、物件を探しに行って、北鎌倉の高台の上に素晴らしい茶室を持った古民家を見つけたことでした。「ここがいい!」と一言。場所優先で、2015年12月に会社を設立したのです。

その瞬間に目の前に突きつけられたのは、月27万円というランニングコストでした。何もしなければ、会社は3ヵ月後に倒産するという現実。そこで自分に何ができるか考え、この場所をコワーキングスペースとして開放し、そのメンバーに「Lifenote」での経験を生かして、コーチングを提供することからはじめました。これを企業経営者やビジネスパーソンにも広げ、また企業向けのコミュニケーションカルチャーづくりや研修などの提供も行っていくことで、とりあえず会社を危機から救うことはできました。

子どもの誕生を機に「こんな時代に永遠を誓えるのか?」と考えた

ここに集まった初期メンバーの一人が、梨恵子です。出会ったのは、学生時代の地域活性活動を通じて。その頃は男女の関係というよりも、プロジェクトなどに協力しあう仲間という気持ちが強かったように思います。

少しずつ関係が成熟していって、2016年の暮れぐらいから、パートナーと呼べる仲になりました。2017年の春には妊娠の告知を受けました。そのときに考えたのは、人としての責任がとてつもなく大きくなったということでした。まずは経済的な安定を考え、月に100万円稼ぐことに決めたのですが、それだけではこの1年先もわからない変化の激しい時代に家族として生き残っていくことが可能なのか、自信が持てませんでした。

梨恵子のお父さんに会いに行き、結婚式の準備をする中で、『結婚』について突き詰めて考えました。どうしたらこの不確実な時代に「永遠」を誓えるのだろうか、と。この問いに向き合って得た答えが「自分たちは二人だけで生きているのではない」ということでした。夫婦二人だけでは心もとない絆も、 多くの人との豊かなつながりの中で互いを支え合うことで強くなり、 100年にも及ぶ長くて不確実な人生においても「永遠」が可能なのではないかと。

「栄縁」を誓う結婚式、そして拡張家族での子育てへ

結婚式は、夫婦のみで『永遠』を誓うのではなく、親戚や仲間と相互扶助しながら、ともに生き残っていくことのできる『栄縁(えいえん)』を目指していこうというテーマとしました。徹夜でコンテンツを練り、当日は『他』己紹介やブレスト、記念樹の植樹なども行いました。

不確実な時代を生きる戦略が「拡張家族」。得意を活かしながら助け合って(町塚俊介さん/ライフシフト年齢25歳)不確実な時代を生きる戦略が「拡張家族」。得意を活かしながら助け合って(町塚俊介さん/ライフシフト年齢25歳)

子育てに関しても、北鎌倉のシェアハウスに生活する全員を「家族」であると考えて、助け合う環境を作っていくことにしました。いわば「拡張家族」による子育てです。私たちが助けられるだけでなく、子どもにとっても両親の価値観しか知らない閉塞した環境の中で育つより、多くの人々に家族として関わってもらうことで、人間として成長していくために必要な様々な経験ができる場となるはずです。また、130人からなるFacebookページ「あーちゃんの記録」を立ち上げ、より大きな拡張家族が、子育てに参加して、困ったときには知恵を出し合うというような仕組みも考えていきました。

拡張家族を豊かにする料理人修行。そして『村』の建設へ

かつて読んだ遺伝学に関する本に「いちばん生き残る可能性の高いコウモリは、他者貢献をするコウモリだ」という言葉がありました。私はいま、助け合う力の強さをあらためて実感しているところです。現在シェアハウスは3カ所になり、現在は別々の『家族』として生活していますが、徐々に相互交流も進めていきます。

そして、最近はじめたのは料理人としての修行です。コーチングの仕事量を私の時間全体の40%ぐらいに抑え、近所にある割烹の大将を師匠にして、店を手伝いながら料理を教えてもらっています。元々料理は好きでしたが、自分が「拡張家族」の中で貢献できることを考え、プロの料理人としての技を得ることにしたのです。食は命にかかわり、人の幸福に貢献できるライフスキル。シェアハウスで生活する一人一人の生活のクオリティをより豊かにできる喜びがあります。

不確実な時代を生きる戦略が「拡張家族」。得意を活かしながら助け合って(町塚俊介さん/ライフシフト年齢25歳)

次のステップとして考えているのは「村を作りたい」ということです。人が生活していくためには、燃料、水、食料、建物、コミュニティがあればいい。身近な資源を循環させながら動かしていけば、大きな経済を持たなくても維持できるはずです。より大きな拡張家族としての村づくりの準備を、今年からスタートしようと思います。いうまでもなく、拡張家族といっても最初は他人。血縁家族同様に、ぶつかることもあれば関係性に悩むこともあります。人間関係から逃げずにそれを乗り越えていくことも人間修行。人生100年時代の中で、人は孤立して生きることはできません。助け合い、学び、それぞれのリソースとともに気持ちもシェアすることにより実り多いものになると信じています。