「朝礼だけの学校」校長の藤原和博さんと、ライフシフト・ジャパン代表取締役CEO大野誠一の対談形式でお届けするオンラインセミナー「『60歳からの未来』を旅する6日間」。最終回となるDay6「あなただけの1万時間」が、12月12日(日)正午から開催されました。毎回、満席と好評を博した本シリーズ、最終回は増枠してのお届けとなりました。以下、その概要をレポートします。

■最初から正解があるわけではない佐藤(司会):みなさん、こんにちは。藤原和博さんが校長を務める「朝礼だけの学校」副校長の佐藤譲です。藤原さんの新刊『60歳からの教科書―お金、家族、死のルール』(朝日新書)の発売を記念して、7月からシリーズでお届けしてきたオンラインセミナー「『60歳からの未来』を旅する6日間」。いよいよ本日が最終回です。テーマは「あなただけの1万時間」。藤原さん、大野さん、よろしくお願いします。

藤原:人は誰しも、1万時間(5年~10年)をかけてスキルを磨くと、その道をマスターできます。今日ご参加いただいている40代~50代のみなさんも、20代で1つ、30代で1つというように、すでに2つぐらいの道をマスターしているのではないでしょうか。でも肝心なのはここから。これから3歩目として、あなたの1万時間を何に注ぐのかによって、あなたの希少性がぐんと高まるからです。

ではその3歩目をどこに踏み出せばいいのか。今日は、僕が普段講演では話していないことを2つ、お話しします。1つ目は、最初から正解があるわけではなく、試行錯誤を続ける中で、結果的に1万時間以上のエネルギーを注げる道が残っていくのだということです。

僕の場合は10年間の試行錯誤がありました。20代で営業、30代でマネジメントの道をマスターし、37歳から3歩目としてさまざまな挑戦を始めたものの、なかなか1万時間を注げるまで事業が継続できませんでした。47歳で、東京都で義務教育初の民間校長というチャンスをつかんだときも最初は試行錯誤。やっているうちに自分に合っていることがわかり、周囲にも認められて、結果的に5年間、1万時間以上、続けることができました。最初から「教育改革実践者」という3歩目があったわけではなく、結果的に残された道が3歩目となったのです。

■「報酬マトリックス」で方向性を可視化する

藤原 もう1つは、3歩目としてどこが正解なのかはわからないものの、働く報酬についての考え方は可視化しておいたほうがいいということです。働いて得られる報酬は経済的なものだけではなく、時間や社会的価値、スキルや権力などいろいろあります。それを図示したのがこちらの「報酬マトリックス」です。いま自分はどこにいて、どこに向かおうとしているのかを理解しておけば動きやすくなります。

会社員であれば、一般的にはAからスタートします。僕の場合もそうでしだ。営業の仕事が面白く、報酬もポジションも順調にアップ、朝から夜中まで働く毎日でしたが、30歳で病気になって、このままでは死んでしまうとBの領域、専門職に移行します。その後、37歳の時に「これからは自分のテーマをもって仕事をしよう」と考えて、家族を連れてロンドンビジネススクールに留学。Cにワープしたんですね。そして先ほどお話しした試行錯誤の時期を経て、47歳で和田中の校長になります。年収は1/3になりましたが、教育の世界をなんとかしたいという思いが強かったから、自分を安売りして、Dに身を置いたわけです。ところが1万時間を注いでみると、周囲の評価も高まり、講演のレートもあがり、Bが実現できました。いまは65歳で「朝礼だけの学校」を創業したので、またDに移行しています。

大野 人生を俯瞰するうえで「報酬マトリックス」はとてもよいフレームですね。僕も書いてみましたが、20代~30代はAにいて、40代でBに移行し、50代前半はDにいて、58歳でソーシャルベンチャーであるライフシフト・ジャパンを創業したいまはC。まだ数千時間しかやっていないですが、いずれはBに行きたい…そんな方向感が可視化できて面白かったです。

藤原 大野さんも旅人のように4つの領域を渡り歩いていますね。皆さんも一度、今どこの領域にいて、これからどこに向かおうとしているのか、可視化してみるといいと思います。

■今の仕事を続けながら、次なるテーマに時間を注ぐ

大野 では恒例の事例紹介に入ります。「自分が主人公の人生」を生きている人たちは、どのようにしてエネルギーを注ぐテーマを見つけ、そのテーマに実際にどれぐらいの時間を注いでいるのか、書籍「実践!50歳からのライフシフト術」(NHK出版)およびライフシフト・ジャパンHP連載の「ライフシフター・インタビュー」からピックアップしてみます。

◎古田弘二さん(77歳)・愛犬のお散歩屋さん
53歳でカネボウを早期退職して保険業で起業するも1年で失敗。失意のどん底にいたときに愛犬のしつけの良さが近所で評判になって、「愛犬のお散歩屋さん」で起業。実は子どものころから大の犬好きで、すでに犬のしつけや散歩には多くの時間を注いできたが、起業後は1日10時間×365日×23年間で8万時間以上を注ぐ。その間、月収35万円を下回ったことはない。


◎富永紀子さん(51歳)・外国人向け和食教室運営
会社員だった40歳のときに、10年後に海外移住をするという目標を定め、起業テーマを探し始める。44歳のとき、義母の手料理にひらめき「外国人向け和食教室」での起業を目指す。まずは副業として活動を開始。平日5時間(通勤3時間+ランチタイム1時間+帰宅後1時間)と週末を使って2年半活動。47歳、約5000時間を注いだ頃に退職し、本格的に起業。現在はFC校を100校展開。

◎高林亮一さん(55歳)・クラフトビールブルワリー経営
富士通のエンジニアとしてカナダに駐在していた33歳のときに、ホームブリュー(自家醸造)に出会う。帰国後、エンジニアとしての限界を感じ始めた40歳のころから、ブルワリーを独学で学びはじめる。通信教育の受講、レシピコンテストに応募、アメリカ視察旅行など10年間の探究を経て、50歳で退職。51歳でクラフトビールブルワリーを開業。

◎続橋昌志さん(58歳)・農業
エプソン販売で営業畑を歩んでいたが、50歳を迎えるころから会社員という働き方に違和感を抱くように。同期2人と定年後は農業をやりたいと極秘プロジェクトをスタート。週末にフェアやセミナーに通ったり、体験農園で学ぶなど、4年間の準備期間中に適性を見極め、55歳で早期退職。東京都の就農研修を1年間受け、56歳で農業で起業。

◎藤田巌さん(76歳)・福祉美容業
富士通の営業部長だった45歳のとき、セカンドキャリア研修を受け、定年後も続けられる「何か」を探し始める。50歳のとき新聞記事で「福祉美容」に出会い、通信教育で美容師資格取得に挑戦。6年間かけて資格を取得。58歳で富士通退職、地元の美容院で2年間、ロンドンの美容院で3か月インターンとして働き、60歳で福祉美容院を開業。現在160施設にサービスを提供。

僕からの事例のご紹介は以上です。

■60歳からの未来は、「オタク」に戻ろう

藤原 みなさん、素晴らしいですね。共通しているのは、一時期、本業とは別に支線を走らせて、それを収益を狙わずに育てて、やがて本業から乗り換えていくという流れですね。それと、1万時間を注ぐテーマとの出会いは、運や偶然のケースが多い。運はすべての人に共通して注がれているものなので、それをつかむかどうかは、勘も含めて自分次第。試行錯誤をしながら、1万時間以上、続けることができた道には才能があったということなんですね。

それから、先ほどの「報酬マトリックス」を少し補足しておきます。このABCDの象限は、何を武器にして生きていくのかという戦略に置き換えることもできます。Aは「力」、Bは「技」、Cは「つながり」、Dは「好き」です。人事を自己決定する、人生のイニシアティブをとるうえでは、この視点から方向性を考えるのもよいと思います。

そしていずれはDの「好き」に行きたいという人も多いのではないかと思いますが、ここは要注意。食えない可能性が高いからです。なので、Dに行きたい人は、Cの人と結婚するとか(笑)、誰か稼げる人と共同戦線を張るという発想も必要です。

大野 確かに僕の場合、プータロー時代があって、そのときは妻に支えてもらいました。パートナーがいることがセーフティネットになって、新しいチャレンジがしやすくなるというのはありますね。

藤原 さて、7月から月1回お届けしてきた「『60歳からの未来』を旅する6日間」、そろそろまとめに入っていきましょう。さまざまなキーワードが出ましたが、あらためてライフシフト・ジャパンとしては、どんな未来を創っていきたいと考えていますか?

大野 そうですね。「新しい自営業」というキーワードを出しましたが、その人ならではのスモールビジネスがたくさん花開いている未来が豊かだなと思っています。Day3で、「老後資金の不安は、月5万円を稼ぎ続けることで解消できる」という話をしましたが、これは例えば、原価率などを考慮しても、月2000円を払ってくれる顧客が100人いれば達成できる金額です。これが1000人、1万人となると難しく感じますが、100人だったら実現可能と思える数字ですよね。そんなビジネスが生まれていくことを支援していきたいと考えています。

藤原 いいですね。「ウルトラニッチ」というキーワードも出ましたが、つまり「60歳からの未来」は、何かのオタクに戻ろうということかもしれません。

子どものころはみんな、何かに関心を持って夢中になるオタクだったと思うんです。それが「総合力」を育てる教育の中で削がれ、やがて大人として、あるいは父として、母としてという役割の中で、総合的にならざるを得なかった。でも60歳からはもう一度、オタクに戻って、自分の得意を3つぐらいかけ合わせて、「自分だけの屋台をひく」「○○だけの学校の校長になる」ことを目指す。そんな未来のために40歳ぐらいからは本線とは別に、いろいろな支線をだしておく。このあたりを結論として、6日間の旅を終えましょう。

6日間、お付き合いいただきありがとうございました。延べ400人近い方にご参加いただき、30万円強の参加費をいただきました。この収益は、ドキュメンタリー映画「和田中の1000日」第二部の制作費としてグループ現代さんに寄付をさせていただきます。この映画には、「大人のみなさん、地域の学校へ行きましょう」というメッセージが込められています。地域の大人が学校教育に参加することは、子どもたちにとってはもちろんですが、大人が自分を見つめ直すうえでもとても良い効果があります。中学生には名刺が通用しませんから、「あなたは何をしてくれる人なんですか」と問われるからです。自分の方向性に迷っているなら、ぜひ学校に行ってみてください。きっとヒントが見つかります。

それでは大野さん、ありがとうございました。

大野 こちらこそ、ありがとうございました。

 

*「『60歳からの未来』を旅する6日間」のレポート全回まとめ読みはこちらから。
●Day1「60歳成人説」 2021.7.7(水)開催
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●Day2「現役の未来像」 2021.8.8(日)開催
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●Day3「Death & Money」 2021.9.9(木)開催
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