PROFILE

手塚 貴子(てづか たかこ)さん《No.013》

・有限会社フルーヴ 代表取締役
・新潟県6次産業化プランナー
・稲花-ineca-食べる通信from新潟 編集長(2018年5月より 「旅する食べる通信」 としてリニューアル創刊予定)
新潟県在住。55歳。独身。東京で、会社員、起業を経験した後、51歳で新潟市西蒲区岩室温泉に移住を決意。都会育ちで虫も苦手だったが、自分で食べる米を作ってみようと思い米作りを行う。さらには「作る人と食べる人」をつなぐ食べる通信の発行を目指し、移住から1年後に創刊。その後、食べる通信の発行や農家さんとの繋がりが評価され、新潟県の6次産業化プランナーに推薦され、現在は編集やプランナーの仕事、地域の特徴を文化として確立するための活動している。
座右の銘:「一期一会」
人との関係に限らずすべての出来事に対して、その時に出来得る限りのことをして接するようにしている。
http://taberu.me/ineca/

以前は、広告代理店営業という名の何でも屋さんで、毎日終電で帰宅、休日出勤は日常茶飯事という生活を送っていました。新しいことへの挑戦の連続でそれなりにやり甲斐もあったのですが、10年後もこの状況は変わらないと感じていたし、何より自分の人生に夢が何もなかったことで、このままではいけない!と思い、会社を辞めたのです。アラフォー目前の37歳でした。

2004年、それまでの経験を生かして起業、有限会社フルーヴを設立しました。自分のペースで仕事がしたいと思っての起業でしたが、景気に左右される売上に不安を持ち、依頼された仕事はほとんど受けました。起業当時の思いとは幾分異なる働き方ではありましたが、その結果、東京銀座から徒歩15分の〝ベイエリア〟にマンションを購入する事ができ、仕事の選択も可能になり、自宅兼事務所で快適な生活を送っていたのです。

しかし、結婚をしていなく、子どももいない私は、何のために生きているんだろうか? 今居なくなっても、誰も困らない存在ではないかと考えるように。ちょうどその頃、仕事や旅行で訪問する〝田舎〟に、いつか住みたいと漠然と考え始めるようになりました。

その後も会社は順調に売り上げを伸ばしたのですが、ある時、都会では人生を豊かに過ごすためではなく、家のローン支払いや孤独に過ごすかもしれない随分先の老後の備えのためにお金が必要で、そのために働いていると気が付かされたのです。そこで「今、私が一番やりたいことは何か?」を真剣に自問し「田舎でのんびり暮らすこと」という自答に至りました。

東京から上越新幹線で2時間、車なら関越自動車道で4時間ほどのところにある、以前仕事で訪れ、空気も景色も時間の流れも気に入った、新潟市西蒲区岩室温泉に移住を決意した時は51歳でした。2ヶ月後には引っ越していました。それから1年半は東京のマンションを維持しながら2拠点生活を送っていたのです。

せっかく新潟に来たのだから米作りをしてみよう!


移住して一番やってみたかったのが、コメ作りです。東京育ちで農業にも無縁、虫を見ただけでもぎゃーぎゃー騒ぐタイプでしたが、せっかく新潟に着たのだから、自分で食べる米を作ろう、無農薬で有機肥料を使い、手植え手刈り、ハザ掛けをする方法で作ってみようと思いました。

興味を持って始めた米作りでしたが、想像以上に大変なものでした。取っても取っても生えてくる雑草との戦い、自分の予定があっても田んぼの作業を優先してやらなければならず、おまけに作業後は疲れ切って食事もできないほど。田植えや稲刈りにはたくさんの友人知人が手伝いに来てくれましたが、日常は孤独な作業が続きました。初めての田植え後、さあこれからが米作りだ!という時に、用水路に落ちて救急車で運ばれ、肋骨3本を骨折したことも、大変さを痛感した大きな出来事です。

そして、この米作りを通して、「農業の大変さを都会の消費者は知っているのか?」と、自分のことは棚に上げながらも強く感じ、「作る人と食べる人」をつなぐ食べる通信の創刊を決意したのです。移住から1年後、創刊を果たしました。その後、食べる通信の発行や農家さんとの繋がりが評価され、新潟県の6次産業化プランナーに推薦されました。編集やプランナーの仕事、地域の特徴を文化として確立するための活動などで、東京にいた頃より忙しい毎日を送っています。一年ほど前からは北海道や沖縄まで出張しているほどです。

見るもの聞くもの全てが新鮮で興味深い

都心から農業が主幹産業の地に引っ越してのんびり暮らす予定でしたが、見るもの聞くものが何もかも新鮮で興味をそそられることばかりでした。これまでの仕事の経験を全て生かしながら、予想外の展開になっていることに驚きを感じつつも充実の毎日を過ごしています。今後は活動範囲が全国になるので、それも今から楽しみです。

生活面では、良くも悪くも自然と共存していることが何よりの宝物と感じて暮らしています。車で10分足らずのところに温泉地があり、もう少し足を延ばせば透き通った海水の日本海、スカイツリーと同じ高さの弥彦山山頂にも気軽に行けます。花粉症の症状がでないのも嬉しいこと。雪が降ったらまずは「雪かき」からスタートし、広い庭がある古民家に住んでいるので草取りや周囲の雑草の草刈りも楽しんでいます。

ちょっとした合間に庭の花草の手入れをしたり、落ち葉の掃除をしたり、満天の夜空を眺めたり、庭にイスを持ち出してコーヒーを飲んだり、近くの掛け流し日帰り温泉に行ったり、農家さんから頂いたり直売所で売っている新鮮な野菜や果物を食べたりと、ゆっくりした時間も気に入っています。

自分たちが食べているものがどんな風に作られているのかということを考えるきっかけを作っていきたい

今後の目標として、現在私が発行している「食べる通信」を通じて、自分たちが食べているものがどんな風に作られているのかということを考えるきっかけを作っていきたいと思っています。実際に食べること、料理を作ること、体験することなど、人によって興味の入口は異なると思いますが、特に子どもや若い世代の将来が豊かになるようなことをしていきたいと考えています。

自分の人生を楽しみつつ、これまで生きてこられたことの恩返しができたらいいなと思います。父は既に他界し、今は母しかいなく、弟夫婦には子どもがいない家族環境であることも、あまり血縁にこだわりを持たない理由かもしれません。

都会暮らしから新潟で米作りと、全く違う世界に飛び込んだ私ですが、ライフシフトにより充実した日々を送っていることは間違いありません。この先、10年、今のままで良いのかなとふと立ち止まったときは、ライフシフトのチャンスかもしれません。行き当たりばったりもよし、慎重に準備をするのもよし、まずちょっとだけ試してみるもよし。どんなきっかけでも、どんなやり方でも良いので、自分に合った方法で何か行動に移してほしいと思います。もしかしたらとても時間がかかるかもしれないし、考えていたことと全く違う結果になるかもしれませんが、それは、行動したからわかること。その経験がプラスになるはずです。